日本人の信仰心を軸に、B級遊撃隊がいま再び問う幸福論とは? 『満ち足りた散歩者』

2016.6.22
インタビュー
舞台

劇団B級遊撃隊『満ち足りた散歩者』チラシ表

初演から16年──難産の末生まれた佃の秀作が、神谷演出で再生

“名古屋のミラーマン(締切をきっちり守る劇作家の鑑)”と呼び名の高い、佃典彦率いる劇団B級遊撃隊の『満ち足りた散歩者』が、愛知県芸術劇場にて6月24日(金)から上演される。本作は2000年6月~7月に初演された作品で、実に丸16年ぶりの再演となるものだ。

舞台は、5階建ての古いテナントビルの屋上。そこにはお稲荷さんの神社があり、どんな願いも叶うと評判で街の人々がさまざまな願いを祈念しに訪れる。ところが、霊験あらたかな御神体の正体は祠の中に住む一人の男で、人々の願いを叶えるべく「街の便利屋」として活動しているのだった。そしてそこにはもう一人、男の命を狙う殺し屋の姿も…。

B級遊撃隊といえば、近年は作:佃典彦、演出:神谷尚吾と分業体制が定着しているが、この作品の初演時は演出も佃が担当していた。当時、佃はどのような思いで本作を書いたのかや、16年の時を経て再演することになった経緯、そして神谷は今回どんな演出を考えているのかを両者に尋ねるべく、稽古場のアトリエへお邪魔した。

稽古風景より

── まず最初に、当時この作品を書こうと思われた経緯から教えてください。

 これを書いた頃はですね、作劇に一番悩んでいたすっからかんの頃で、タイトルも本棚を適当に指さしたら、「満ち足りたナントカ」っていうのと「ナンタラの散歩者」ってなったので、『満ち足りた散歩者』って付けたくらいなんです。それで、ワンシチュエーションでずっと書いてたから、まず場所を決めなきゃと思って。それまで何本か書いてる中で、今まで使ったことのないシチュエーションは何だろう? と絞り出して、屋上のお稲荷さんっていうのはやったことないし、見たことないなぁと思って。

── 何かきっかけがあったわけではないんですね。

 車を運転してる時にね、いろいろとネタを探すじゃないですか。そしたら、屋上にお稲荷さんのあるビルがあったんですよ。で、「これにしよう!」っていうところで考えていったので、何かをきっかけにしてとか、こういうことが書きたいっていうことじゃなく、まさにカラッカラの雑巾から絞り出すかのごとく書いてたうちの1本なんです。……なんだけど、その頃のホンて自分の中で好きじゃなかったんだけど、東京で上演した時に結構評判が良くて、これを観てくれて文学座の仕事も決まったし、流山児★事務所の塩野谷(正幸)さんも「いつか演りたいから」って後々、蓬莱(竜太)君の演出でやってくれたりとか(2006年上演)。
絞り出した中でも、読み直してみると案外面白いなと。この公演の次の週(7月1日)に、劇団BB★GOLD(佃が指導したシニア演劇講座の受講生が立ち上げた劇団)の『ミノタウロスの悪夢』という公演もあって、それもちょうどこの時期に絞り出した1本なんですけど(B級では2002年に初演)、それも今創っていて「すごい面白いな、このホン」と思ってる。

── 執筆時間もいつもより掛かったんですか?

 掛かってるんじゃないかな、稽古初日には上がってたけど。とにかくそんな感じだったんだけど、この時期があったんで今、台本をずっと書いていられるという感じではある。

稽古風景より

── 今回の公演は、最初からこの作品を再演しようと決まっていたんでしょうか。

 もう100本近く書いたホンがあるんだけど、もったいないなぁとずっと思っていて。いつか昔の作品をやりたいというのはずいぶん前から思ってたんですけど、『土管』にしてもかなり書き直したし(1996年初演、2011年に『土管2011』として再演)。手を入れ出すと、僕は毎回ほぼ新作みたいなことになっちゃうから。だから、時代背景とセリフのひと言ふた言をちょこっと直しただけで、そのまま再演っていうのはこれが初めてなんですけど、ようやくやれたなぁと思って。これと『どんどろ』(2003年作)をみんなで読んで、「どっちやろう?」って言ったら、みんなの手がこっちに上がったんです。

── キャスティングについては?

 初演で出てたのは、僕と神谷と山口さんだけで、お稲荷さんをやっている男と、その男の命を狙い続けている男っていうのがずっと屋上に居るんですけど、僕と神谷が前回とは逆の役になってます。

── 劇団員以外の方は二瓶翔輔さんだけですが、起用されたのはどういった理由で?

 身体の線が細くて、ちょっと得体が知れない感じがするところがいいなぁと思って。

── 今回は神谷さんが演出ですが、ご自身が演出された初演時と比べて変化を感じている点などはありますか?

 初演は僕が演出っていっても、2人でずっと出てる芝居で神谷も意見を言ったりっていう中でやってたので、やり方自体はそんなに変わらないかな。ホン的にわかりやすいというか、あっちゃこっちゃ行かず中心部に向かっていってる感じがあるので、そこはあんまりズレないんじゃないかな。


不条理を得意分野としてこれまで100本近い戯曲を手がけ、岸田戯曲賞も受賞、今や自他共に認める“ミラーマン”の佃にも、劇作に苦悩した時期があったのだ。一方、演出を手掛ける神谷は…

稽古風景より。右は演出をつける神谷

── 前回は出演だけで、今回は演出と両方ですが、どんな感じなんでしょう。

神谷 大変ですね。やっちゃいけない領域に入っちゃった(笑)。

── 作品によって出演されることもありますけど、今回は出演シーンが多いんですよね?

神谷:めちゃめちゃ出ますね。結局、細かいところを見ようと思うと代役を立ててやる形になりますね。中に入って演出のことをやるとセリフが出てこないし。若い時は別になんとも思ってなかったんだけど、今はちょっと大変ですね。昔はあんまり考えてなかったんだと思う。いろんなことに対して、進歩したんだろうなと(笑)

── 再演にあたって、新たに立てた演出プランはありますか?

神谷 気づいたのは、初演は僕と佃さんの役が主役だろうと思って演じたてたんだけど、演出をやってみると脇役なんだなぁと。メインは屋上に来る人たちなんだと思ったことが大きく違うことかな。

── それは年齢や経験を重ねたことで視点が変わったということなんでしょうか。

神谷 視点はね、一緒なんですよ。チラシにある“幸福論”、論って言っちゃうと大袈裟なんですけど、初演の時も仲井戸麗市の「いつか笑える日」という曲があって、その歌詞を気にはしてて、それは変わらないんですけどね。各々の〈幸せ〉とか〈業〉みたいなもの? 大袈裟に言うと。それが若い時よりも今の方がなんとなくわかったり、その当時とはちょっと違ってたり。若い時には感情の流れとかが理にかなっているように思ったりするんだけど、人間ってそうじゃないから。破綻してるかもしれないけど、許容できるように人間が広くならないとやっぱり大変なんだなぁということは思ったかな。前回との違いとしては。

稽古風景より

── 台本はほぼ変えていないということですが、演出の立場から変えた方が良いと思うような場面はなかったですか?

神谷 僕、基本的にね、あまり台本を変えない人なので。演出をし始めた頃は変えてたんだけど、それが演出の仕事だと思っちゃって。今はそうじゃなくて、やっぱり佃さんの世界観と自分の世界観でどうなるか、っていうこと。その方が広がるんではないのかなぁと思ったりするので。

── ここってどうなのかな? とか、引っ掛かったりする部分などは?

神谷 それは毎回思いますよ(笑)。自分のセリフの中でも、なんとなくわかるんだけど、なんでこれを言うんだろうな? とかさ。それを理解するために自分がいろんなことを考えるから、その方が豊かになるんじゃない? 結局、2つの世界がぶつかったり融合した方が良いだろうと思うから。だから作:佃、演出:神谷と分かれてると思うので。一方的な世界観だけだと世界が浅くならないかなぁ、と。音楽の世界もそうですしね…って、ちょっと生意気でしたね(笑)。

── 舞台美術や照明、音楽などはどんな感じになるんでしょう。

神谷 舞台美術は前回とあまり変わりはないですね。鳥居の位置が変わったり、登退場の見せ方が少し変わってるけど、前のセットも綺麗で好きだったので、それをわざわざ変えることはないだろうと。音楽もラストの曲だけは変えずに行こうかなぁと。

── ラストの曲というのは?

神谷 前は、ユーゴスラビアの崩壊を描いた『アンダーグラウンド』っていう映画のサントラから使ったんです。その時ね、ちょうどクセックACT(1980年に名古屋で設立。スペインの作家の作品を中心に、日本人特有の肉体性と言語表現によって「動く絵画」と言われる舞台を創出している)の影響が強くて大好きだったので、劇中で使われている曲を探して、「あぁ、この人の曲か」と。エミール・クリストリッツァというパワフルな映画を作る監督で、いつも同じ音楽家(ゴラン・ブレゴヴィッチ)を起用してるんです。
(初演時に)音楽の選曲をしたのも、ラストの仕掛けを提案したのも自分だった気がする。演出もちょこちょこ言ってたような気がするな、あの当時くらいから。

稽古風景より

── そうすると、作品の見せ方については当時からブレていないということなんですね。

神谷 当時のことはあんまり覚えてない(笑)。覚えてると思ったら覚えてなくて。やっぱり、キャストが変わると変わりますね。みんなその当時より歳とった分、見えてくるものがあったりするし、初演とは違ったものが出たりするかなぁとは思います。

── 今回、唯一の客演である二瓶さんについて、佃さんは「線が細くて得体が知れない感じが良い」と仰っていましたが、神谷さんが思う魅力はなんでしょう。

神谷 器用ですね。最近まで違う劇団に所属してたので、やり方が違って擦り合わせるのにちょっと時間は掛かったけど、前の劇団の時とは違った感じが出だしてるかな、と僕はワクワクして見てます。代役も喜んでやってくれるし、便利な男です(笑)。


初演時を少し振り返ってみると、当時のチラシにはこんな記述がある。
《今回のテーマは重い。なぜなら・・・まずは【都市と自然】についての考察であり、次に【人間と宗教】の関わりを見つめ直し、さらには【生活と儀式】を媒介として【無駄と怠惰】に想いを巡らせた結節点がこの作品のテーマだからである…》
雨不足の異常気象を背景に、信仰心を軸として不穏な人間関係や人の心の弱い側面を描き、幸福とは何か? を問う本作は、字面を追うと確かに重苦しいテーマに見える。しかし、妙なシチュエーションやおかしなキャラクターを伴って展開される舞台は、思わず笑ってしまうシーンも少なくない。その滑稽さも含め、登場人物たちの不確かな心の有り様を自身に重ねつつ、私たちは苦笑しながらこの作品を観ることになるのだろう。

前列左から・長嶋千恵、まどか園太夫、大脇ぱんだ 後列左から・徳留久佳、佃典彦、山口未知、神谷尚吾、二瓶翔輔

『満ち足りた散歩者』チラシ裏


 
公演情報
劇団B級遊撃隊 第58回公演『満ち足りた散歩者』

■作:佃典彦
■演出:神谷尚吾
■出演:佃典彦、神谷尚吾、山口未知、徳留久佳、長嶋千恵(Wキャスト)、まどか園太夫(Wキャスト)、大脇ぱんだ、梅宮さおり、二瓶翔輔(フリー)

■日時:2016年6月24日(金)19:00、25日(土)14:00・18:00、26日(日)14:00
■会場:愛知県芸術劇場 小ホール(名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センターB1F)
■料金:一般前売2,800円(当日3,000円)、ユース(25歳以下)2,500円、高校生以下1,000円 ※ユース、高校生以下は前売・当日同料金、要証明証
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線「栄」駅下車、オアシス21地下連絡通路経由または2F連絡通路経由
■問い合わせ:劇団B級遊撃隊 052-752-6556
■公式サイト:bkyuyugekitai.wix.com/bkyuyugekitai

 

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