高関健が示す、ショスタコーヴィチの「ふたつの顔」

コラム
クラシック
2016.7.16
近年ショスタコーヴィチをよく演奏する高関健 (c)Masahide Sato

近年ショスタコーヴィチをよく演奏する高関健 (c)Masahide Sato

ことしは生誕110年と、それほどは切りのよくないけれど記念年だからか、数多くのショスタコーヴィチの作品が演奏されているように思う。なかでもユーリ・テミルカーノフとサンクトペテルブルク・フィルの来日公演、そして川瀬賢太郎の指揮した”かなごやフィル”(神奈川フィルと名古屋フィルの合同演奏会)による二つの「レニングラード」は話題となった。いまこの時にショスタコーヴィチ作品を大きく取り上げることに、何か指揮者たちに共通する思いでもあるのだろうか、それとも名作、大作曲家とはこうして”時代”に呼ばれて登場するものだろうか。

そして今月も、一人の指揮者がこれから続けざまに、二曲の傾向の異なるショスタコーヴィチの交響曲を二つのオーケストラと演奏する。その指揮者は高関健、演奏するのは「革命」として知られる交響曲第五番と、最後の第一五番だ。

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まずこの週末に演奏するのは、ショスタコーヴィチ作品の中で最も有名な交響曲第五番だ。「革命」の通称で知られるこの作品は、1936年に政府から名指しの批判を受けてしばしの沈黙を余儀なくされたドミートリイ・ショスタコーヴィチによる、いわば起死回生の一作だ。

当時まだ30歳前後の天才にかかったプレッシャーは如何ばかりであったろうか。もし、この作品で”名誉回復”できていなかったら、彼も「ロシア・アヴァンギャルドの熱狂」という歴史の短い一幕を飾る夭逝の才能の、その他大勢のひとりになっていたかもしれない。「革命」交響曲はそんなギリギリの局面で”社会の要請”と”自身の表現”を両立させる必要に迫られて、いわば”書かれなければならなかった”傑作なのだ。幸いにも彼はこの交響曲で才能を証明し、その後も何度か生命の危機に見まわれながらも天寿を全うして数多くの傑作を残してくれた。

交響曲第五番はまだ30代の若き天才の仕事だ

交響曲第五番はまだ30代の若き天才の仕事だ

この傑作を、高関は現在常任指揮者を務める東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会で演奏する。江東区と芸術提携関係にあるオーケストラが年四回開催する、ティアラこうとうでの定期演奏会の第46回だ(7月16日開催)。コンサート全体は「真夏に咲くロシアの情熱」と題されたロシア・ソヴィエト音楽による名曲プログラム、ソリストに仲道郁代を迎えたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番をショスタコーヴィチ作品ではさむ構成となっている。だからここは構えずに、「チャイコフスキーとショスタコーヴィチの代表作を楽しめる土曜のコンサート」として気軽に聴きに行くのがいいだろう。そして最初の曲ではショスタコーヴィチの交響曲では見せない、意外な一面が楽しめるだろうから、「タヒチ・トロット」をご存じない方には、とても聴きやすい作品なのであえて予習されないことをお薦めしたい。短い中にも若きショスタコーヴィチの才気が光る、見事なオーケストレーションが楽しめるだろう。

仲道郁代は得意のチャイコフスキーで魅せてくれるだろう (c)Kiyotaka Saito

仲道郁代は得意のチャイコフスキーで魅せてくれるだろう (c)Kiyotaka Saito

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そして次のコンサートは7月28日(木)に横浜みなとみらいホールで開催される神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会だ。

交響曲第五番から34年が経ち、ショスタコーヴィチはもう60代も後半のソヴィエトをいや世界を代表する大家である。旺盛な創作意欲を誇った彼も、この頃には創作ペースは交響曲では数年に一曲にまで落ち込んでいる(交響曲がなかなか書かれないことには別の理由もあるのだが)。「室内オーケストラのための連作歌曲集」の形をした第一四番から二年後に作曲した第一五番が、ショスタコーヴィチ最後の交響曲となった。

交響曲第一五番は独唱も合唱もない、四つの楽章からなる一見普通の交響曲ではあるのだが、作中にはワーグナーや自作ほかの引用が多く用いられ、夢のなかの語りのようにどこか脈絡なく展開する。そしてその終わりは弦楽器のロングトーンの上で繰り広げられる不思議な打楽器アンサンブルで終わる、実にショスタコーヴィチらしい作品でありながら、それ故になんとも受け取り方に困る作品でもある。この作品に自身の集大成たる意識があったのかどうか、作曲家に尋ねたい程だ。果たして、高関はこの晩年の作品をどう音にしてみせるだろうか。

高関は神奈川フィルとのプログラムではショスタコーヴィチの前に、彼と20世紀の作曲家、サミュエル・バーバーの代表作ヴァイオリン協奏曲を持ってきた。東西冷戦下の二人の作曲家の作品を並べたかっこうだ。今となっては冷戦なんて話題にも登らないが、旋律の美しさが印象に残るバーバーからとらえどころのないショスタコーヴィチへと、休憩を挟んで鮮烈なコントラストが生まれることで否応なく世界を二分した超大国の時代が想起されるだろう。神奈川フィルのソロ・コンサートマスターとして、またソリスト、室内楽奏者としてジャンルをも超えて幅広く活躍する石田泰尚ならば、美しさ、素朴な感傷、そして洗練された快活さとこの時代のアメリカ音楽の魅力を詰め込んだような協奏曲を魅力的に聴かせてくれることだろう。

コンサートマスター、ソリスト、室内楽とマルチに活躍する石田泰尚 (c)井村重人

コンサートマスター、ソリスト、室内楽とマルチに活躍する石田泰尚 (c)井村重人

なお、一曲目にロッシーニが置かれた意味は、会場でお確かめいただきたい……この曲をご存知なら、この並びを見ただけでお察しのとおりなのだけれど。

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「作品そのもの」のあるべき姿を追求する音楽家はたくさんいるが(基本的にクラシックの音楽家で作品より自分をアピールするような人はいない)、楽譜をどこまでも深く読み込み、ときにはスコアの校訂にまで遡るほどに探求するとなれば、そこまでできる音楽家はそうはいない。そんな学究的探求を日頃から行っていることで知られる才人・高関健が集中的にショスタコーヴィチを演奏するとなれば、注目しないわけにはいかない。

これほどに作曲された時期も、そのときの作曲家の立場も、そしてもちろん音楽の性格も異なる二曲を短期間に演奏する高関の目算は那辺にありや。その答えはみなさまがそれぞれに、会場でお確かめいただきたいと思う。ありがたいことに、どちらのコンサートも「名曲コンサート」でもあり、深読みも可能なプログラミングでもある。そんな二つのコンサートでは、聴き慣れた名曲は埃を払われて新たな姿を見せ、謎めいた作品に新たな読みが示されることだろう。高関健のショスタコーヴィチ、要注目である。

公演情報
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 第46回ティアラ定期演奏会

■日時:2016年7月16日(土) 14:00開演
会場:ティアラこうとう 大ホール
出演:  
指揮:高関健
ピアノ:仲道郁代
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
曲目:
ショスタコーヴィチ:タヒチ・トロット(二人でお茶を)
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第一番
ショスタコーヴィチ:交響曲第五番
■公式サイト:http://www.cityphil.jp/

 
 
公演情報
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 みなとみらいシリーズ 第320回

日時:2016年7月28日(木) 19:00開演
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
出演:
指揮:高関健
ヴァイオリン:石田泰尚(神奈川フィルハーモニー管弦楽団 ソロ・コンサートマスター)
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
曲目:
ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲
バーバー:ヴァイオリン協奏曲 Op.14
ショスタコーヴィチ:交響曲第一五番 イ長調 Op.141
■公式サイト:http://www.kanaphil.or.jp/
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