境界を見つめる視線 神田開主写真展『壁』レビュー
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写真家・神田開主の写真展『壁』が、東京中野のギャラリー冬青で開催されている。神田開主は1986年埼玉県生まれの写真家だ。2011年に日本写真芸術専門学校研究科を修了した後から、人間と自然、場所と場所を繋ぐ「境界」をテーマに制作を行っている。
ある年の夏、神田の暮らす地域では干ばつが続き、干上がった近隣のダムが連日ニュースに映し出されていた。その干上がったダムの姿に神田は魅きつけられ、今回の作品を制作するきっかけになったのだという。
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"壁"という存在は、どこかネガティブなイメージを持って語られることが多い。ゲットー、パレスチナ、ベルリン――。壁は、断絶し、隠匿し、破壊するための悪しき保護膜として存在してきた。それを見上げる視線は苦しみに満ちている、と人々は歴史の中で記憶してきたのだ。「壁の効用は、壁の向こうにある絶望から自らを守る事である」と信じていたかつての人類を恥じるかのように。
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神田開主の写す壁は、そういったネガティブなイメージとは別の次元を見つめる作品である。作家は、壁たるダムの上に登り、その向こう側を覗き込む。人間の手によって引かれた境界のその際(きわ)を、じっと見つめる。壁の上から真っ直ぐに見下す視線は、淀んだ水の粘り気のある流動と、そこに浮かび上がる新たなる秩序――人間の手による秩序を離れた、混沌による秩序の存在に目を向ける。
際には魚が棲みつき、雲が反射し、光ではなく影が、表層ではなく深層が支配している。そこにはもはや壁の“効用”はなく、人間の思索も届かない。ハッセルブラッドを構えた作者の覗き込む影が、ただ水の表面に虚しく映り込むだけだ。
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壁の登場により引かれた境界には、人が壁の向こうを絶望と決めつけている間に、人の手を離れた新たな秩序や体系が生まれ育っていた事を見せつけられる。まるでスミッソンのランドアート作品と、その経過による環境の変化を見ているように。
ニューオーダーの誕生は、自らを守るためのはずであった壁の、まさにその際で起こっていた事に写真家は気付き、そっとシャッターを切るのだ。
壁はいつか崩れるだろうか。壁の向こう側を見下ろす視線が現れた時、その壁も表情を変え、新たな効用を手に入れるかもしれない。
日時:2016年8月5日(金)~8月27日(土)
会場:ギャラリー冬青