大ヒットの小説「アンマーとぼくら」かりゆし58と有川浩が込めた想いと大ヒットの裏側にあるもの
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かりゆし58xアンマーとぼくら
かりゆし58の代表曲のひとつ「アンマー」が題材になった小説が7月19日に発売され、早くも10万部を超えるヒットになっている。
『アンマーとぼくら』――『図書館戦争』『植物図鑑』『県庁おもてなし課』『空飛ぶ広報室』『三匹のおっさん』等、数多くのヒット作を持つ人気作家・有川浩が手がけ、有川本人が「現時点で最高傑作」と自らが絶賛しているように、読者からの反響も大きい。
まずは題材になった「アンマー」という曲はどういう曲なのか。沖縄の方言で「お母さん」という意味の、10年前に発売されロングヒットになっている泣ける名曲だ。YouTubeでの再生回数は2100万回(8/17現在)を超えている。かりゆし58は2006年2月にミニアルバム『恋人よ』でデビュー。その年の7月に初のシングル「アンマー」をまず沖縄限定でリリースし、8月に全国リリースした。ボーカルの前川真悟が、母への想いをストレートに綴った歌詞が大きな感動を呼び、ラジオや有線などで徐々にその人気が広がっていき、インディーズとしては異例のその年の「日本有線大賞新人賞」を受賞した。
かりゆし58
この曲について前川は「24歳の時、自分はこのままでいいのだろうかと自問自答している時期が続いて、高校の同級生でもあるメンバーと話をした時にバンドをやろう、まずは一年死ぬ気でやってみようと、手探りながら音楽活動を始めました。そうしたら一年後に縁あって今の所属事務所から声をかけてもらい、でも最初の作品は700~800枚しか売れなくて、そのうち100枚は母親が買ってくれていました(笑)。その後も売れなくて、次の作品が売れなかったらちょっと契約も厳しいかもという話になり、じゃあこれまでさんざん迷惑をかけ、お世話になった母親に手紙を書いて、それを曲にしてみようと思って出来上がったのが”アンマー”でした」と語っている。背水の陣で作り上げた作品は母に捧げる歌だった。ミドルテンポのサウンドに乗せ、母親へのまっすぐで、せつなくも力強い言葉を歌い、泣ける曲としてスタンダードナンバーになった。
そんな名曲の発売から10周年という節目の年に、何かできないかを考えた時、スタッフがこの曲は一つの物語として成立するのではと考え、是非有川にこの曲を元に小説を書いて欲しいという想いから、有川の元へこの曲が持ち込まれた。有川と前川はすぐに会うことになり、すぐに意気投合したという。しかし前川は有川に「アンマー」という曲が生まれた背景や、詳しい話はしなかったという。「有川さんが、『私は沖縄の人間ではないので、沖縄の物語を書く資格はないと思っています。だからビジターとして訪れて、沖縄の歴史も風土も知らない人間が、フラットに観たものを書きたい。だから”アンマー”という曲も、ひとつの曲として流れていく風のように聴きたい。詳しい話を聞いたら、そのままのストーリーになってしまいそうだから』と言って下さいました」と前川は語る。
有川はこの話を受け、初めて沖縄の地を踏んだ。しかしあいにくの天気で、小説の中でもポイントになる場所でもある残波岬を訪れた時は、まるで日本海の波を思わせるような荒々しい波が岩に打ち寄せていた。「有川さんは、『私が想像していた沖縄はいわゆる南国のイメージだったけど、ここ(残波岬)にはエネルギッシュな沖縄が宿っている気がする』と言って、どんどん残波岬での風景が物語に投影されていったようです」(前川)。
そうして『アンマーとぼくら』は生まれた。ストーリーは、主人公のリョウが久々に故郷・沖縄に帰省し、沖縄でガイドの仕事をしている二人目の母親と、三日間島内を旅行する。現在と過去が交差しながら、母親と息子の絆を描き、物語は進んでいく。
「沖縄の音楽の発祥の地と言われている、読谷村にある残波岬で感じたことが、物語に大きく影響しているということは、必然的な偶然が重なっている気がします」、そう前川は、音楽と小説との不思議な縁を感じずにはいられなかったという。「そうして書いてくださって、有川さんが『今までで最短で書いちゃったの。本当は短編のつもりだったのにこんなに長くなって……やっぱりご縁があったんでしょうね』と言って下さいました」と、有川の言葉に感激したという。
前川は音楽というものに対して独特の考え方を持っている。それは沖縄の先輩ミュージシャンから言われた「音楽は作っているんじゃない。そんなおこがましいことを考えてはいけない。そこにあるものに耳と心を傾けて、ゆっくり蘇生させてあげる作業だ」という言葉にハッとしたという。そして「有川さんに、どうやって小説を書くのかを聞いたら『わからない。登場人物達が勝手にしゃべって筆が動くの。私はそれをただなぞっているだけ』とおっしゃっていて、沖縄の先人たちの歌は祈りに近いものがあると思っているのですが、それに近い書き方だと思いました。何か通じるものがあると思っています」(前川)と、それぞれの作品作りに対するスタンスに共通点を見出し、縁を感じていた。
前川と有川は8月6日(土)にオンエアされた『王様のブランチ』(TBS系)に出演し、物語の舞台でもある残波岬で対談をした。有川は「筆がいままでにない転がり方をした。沖縄には独特な風土や文化がある」と語り、さらに「曲に込められた思いがすごく優しくて、物語性の高さに、『アンマーとぼくら』を引きだして頂いた」と名曲「アンマー」を絶賛した。前川は本の感想を「愛する人の為に優しく強くあろうとする母性と、愛する人の為に美しくあろうとする女性が描かれている、素敵な物語」と語っていた。さらに有川は「歌に導かれて書くという経験が初めてだったので、これは沖縄に書かせてもらった物語」と語った。
『アンマーとぼくら』は3日間、72時間の物語だが「そこには時間軸のねじれもあって、瞬間と永遠とが共存している不思議な感覚だと思う。有川さんも『私もこういう書き方は初めて。でも沖縄にいると、沖縄だったらこういうミラクルが起こってもいいんじゃないかという気持ちにさせてもらったので、こういう小説が書けた』とおっしゃっていました」(前川)と言うように、沖縄という土地が持つ不思議な力、空気に導かれて生まれた作品なのだ。
アンマーとぼくら
男と女、そして家族の物語でもあり、友情も描かれている感情を揺さぶられる小説だ。「アンマー」が涙なしでは聴けないように、『アンマーとぼくら』も涙なしでは読めない。導かれるように出会った音楽と小説の素敵な関係に、もれなくついてくるのは涙。その涙は愛おしい人の事を想うきっかけを作ってくれ、優しい気持ちにさせてくれる。
前川の沖縄の実家の壁にはかりゆし58や、「アンマー」が取り上げられた新聞や雑誌の記事の切り抜きが、所狭しと貼られているという。前川の母親の手によるものだ。この小説について母親はどんな感想を持っているのだろうか。「実はまだ聞いていないんです。でも、自分の息子のことが書かれている新聞や雑誌を切り抜いている時間って、母親にとってはちょっと誇らしい時間だと思うんです。それと同じようにこの小説を読んでいる時も、誇らしい時間になってくれると嬉しいです」、そう語る前川の母親への限りない愛情が『アンマーとぼくら』という小説を生んだといっても過言ではない。
前川は改めて沖縄という故郷の懐の大きさ、大切さに気づいたという。「自分達の曲を聴いた人から「いい曲ですね」と言われたら、以前は「そうなんですよ、いい曲なんですよ」と言っていましたが、今は「この曲に関わることができてよかったです」と言えるようになりました。「アンマー」という曲が、音楽の脈々と流れている歴史の1ページに残せることができているとしたら、こんなに嬉しい事はないです。暮らしから生まれて暮らしに帰るのが音楽で、音楽との距離や関係性を大事にしている島だと、先輩たちから色々と教えてもらってきたので、その影響は大きいと思います」(前川)。
また、前川が音楽活動に悩んでいる時期に、その悩みを解消してくれ、新たな一歩へ導いてくれたのも故郷・沖縄だった。「音楽活動を続ける事の難しさに直面して、東京で今後の自分の行く末を示すものを探していて、色々な人に話を聞き、ロジックやクリエイティブをかき集めようとしていました。そんな時、沖縄に帰ったら、この島で生きて行くのに、色々なものを必死でかき集めている時間と、それより自然体でのんびり友達と話をしている時間と、どっちが人生にとって豊かなものをもたらせてくれるのだろうと思うようになって、背伸びするのをやめることができたのも、沖縄という島が気づかせてくれたから」と、10年のキャリアを積んで、また新たな方向を見いだせたようだ。
そして音楽に対する意識も変わったという。「ここ1~2年で今までにないくらい音楽が好きになりました。熱量が増しているというか。今までは他のアーティストの事をずっと競合他社だと思っていました。それは沖縄のアーティストもそうだし、全てのアーティストがそうでした。でも最近はそんなアーティストのことを、“音楽の共同経営者”と思うようになってきました。他のアーティストの素晴らしい音楽に触れるのが今はただただ楽しくて、そこでインプットされて、それよりもいい音楽を作るぞという感じではなく、あんなにいい音楽がそこにあるのであれば、他の場所でもまたいい音楽をみんなに聴いてもらって、音楽を全体としてとらえて欲しい、その役割を全うしたいと思うようになりました。変な競争意識はなくなりました」(前川)。
沖縄という島が、『アンマーとぼくら』という名作を生み、かりゆし58の代表曲「アンマー」にスポットを当て、キャリア10年を迎えた沖縄をこよなく愛するミュージシャンにパワーを与えた。みんな沖縄からパワーと感動を与えられている。
文=田中久勝
有川 浩 (著)
アンマーとぼくら
休暇で沖縄に帰ってきたリョウは、親孝行のため「おかあさん」と3日間島内を観光する。一人目の「お母さん」はリョウが子どもの頃に亡くなり、再婚した父も逝ってしまった。観光を続けるうち、リョウは何かがおかしいことに気がつく。かりゆし58の名曲「アンマ―」に着想を得た、書き下ろし感動長編。
有川浩
有川浩
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2005年4月沖縄で結成の4人組バンド。
沖縄音階にロック、レゲエをチャンプルーしたサウンドと、かざらない言葉でメッセージを発信し、世代を超え人気をよんでいる。
2006年2月ミニアルバム『恋人よ』でデビュー。2006年7月にリリースの母への感謝の気持ちをストレートに唄った「アンマー」が多くの共感を呼び、日本有線大賞新人賞を受賞。
2009年2月リリースの5thシングル「さよなら」が松山ケンイチ主演ドラマ『銭ゲバ』主題歌に抜擢され大きな話題に。
2011年7月にベストアルバム『かりゆし58ベスト』をリリースし、初のオリコン総合アルバムチャート5位を記録し、2011年度オリコンインディーズアルバムランキング年間第1位を獲得!
今年10月には6thフルアルバム『大金星』をリリース。
さらに11月からアルバムを引っ提げての全国ツアー「ハイサイロード~大金星~2014-15」がスタート!
沖縄で生まれ育った彼らならではの『島唄』を全国に向け唄い続けている。