文豪・谷崎潤一郎と劇聖・小山内薫の驚くべき傑作戯曲が現代劇として甦る!『お国と五平』『息子』
(左から)石母田史朗、七瀬なつみ、佐藤B作、佐藤銀平、山野史人、マキノノゾミ
『お国と五平』『息子』……タイトルだけを見て「よくわからないけど、地味そうな劇だなあ」などと決して思う勿れ。『お国と五平』は、あの谷崎潤一郎が大正11年(1922年)7月に発表した戯曲であり(文芸座での初演では演出も谷崎が手掛けた)、一方の『息子』は、近代演劇の革新者・小山内薫が大正12年(1923年)3月に発表した戯曲だ(その3ヶ月後には築地小劇場が開場する)。いずれも予想を裏切る面白さで観る者を虜にする。そして、両作品とも大正戯曲……と聞いて「なんだか古臭そうだなあ」などと決して思う勿れ。確かに、どちらも時代設定は江戸時代、しかも歌舞伎で上演されることが殆どだった。しかし一筋縄ではゆかぬ内容の両作品、現代劇として甦らせることで、「こんなに凄い戯曲だったとは!」と、大正戯曲の新しさを必ずや発見することになるであろう。
『お国と五平』は、次のような話だ--殺された夫の仇を討つため旅を続けてきた武家の後家・お国と忠義の若徒・五平。遂に見つけた仇の武士・友之丞に、実はストーキングされてたわ、秘め事を聞かれていたわで、事態が妙な方向へと転がってゆく……。『息子』のほうは--お尋ね者の若者が老爺のいる番小屋へ立ち寄り、身の上話をするうち二人が実は親子であることが判ってくるが、お互い素知らぬフリを続ける。やがて若者は捕吏に捕まりそうになって……。こちらは英国劇作家ハロルド・チェイピン『父を探すオーガスタス』を翻案したもの。どちらも上演1時間にも満たぬ短編だが、実に精妙な構造の、気の利いた戯曲なのである。
この両戯曲が、マキノノゾミの演出により現代演劇として甦り、毎回の公演の中で二本連続上演される。出演は佐藤B作、七瀬なつみ、石母田史朗、佐藤銀平、山野史人。このうち佐藤B作だけは両作品に出演する。また『息子』では佐藤B作と佐藤銀平の実の親子が共演する。というわけで今回の公演、さながら“役者・佐藤B作スペシャル”といった趣もある。
まずは2016年9月3日より岐阜県可児市にある可児市文化創造センター(ala=アーラ)で開幕、その後、長岡、黒部、射水、日田での巡演を経て、10月6日より東京は吉祥寺シアターで8日間の上演を行なう。本作は「ala Collection」と云って、alaを運営する公益財団法人可児市文化芸術振興財団がプロデュースする演劇シリーズの一環(今回は第9弾となる)として、公演開幕までの約1ヶ月間は関係者全員が可児に滞在しながら、alaの中で芝居が作られる。
その製作発表が8月上旬に可児市のalaで行われた。岐阜県可児市と云えば、尋常ならぬ猛暑でおなじみ多治見市の隣なり町。その日も外は40度近い暑さの中、SPICE編集子も干からびそうになりながら会見に出席した。
最初にala館長兼劇場総監督で本企画のプロデューサーを務める衛紀生が挨拶。今回の両作品は衛が若い頃に歌舞伎で観て以来、いつの日か現代演劇として上演したいとの思いを温めてきたものだったことが紹介される。
衛が最初に観た『息子』では、親父を二代目・尾上松緑、息子を初代・尾上辰之助という実の親子が演じていた。今回、佐藤B作に親父役を打診したところ、B作から「息子の銀平も俳優をやっている」と教えられ、思いがけず本当の親子共演が実現できるはこびとなった。しかしB作は「芝居をやる時は親も子もない。他人だ」と言うので、その態度がまた『息子』の劇構造に絶妙に重なってきて、演劇的に良い効果が出せそうだと、作品への自信を示した。
また『お国と五平』を歌舞伎で観た時には谷崎色が薄れていたのが気になっていたとのこと、今回のマキノ演出では理想的な上演にしてくれそうだと期待をかけていた。そして何よりも佐藤B作に、風情の全く異なる二役を演じてもらうことが今回最大の見どころであり、この話をB作に引き受けてもらうために、衛が佐藤をわざわざディープな居酒屋まで連れて行ったエピソードも披露された。
衛紀生
その佐藤B作は「3年前に、あと3年あるからどうにかなるだろうと軽い気持ちで引き受けたら、あっと云う間に3年が経ってしまった。おぼえる台詞の量が膨大で大変」「他の人々は可児市の名所など探してエンジョイしてるようだが、自分は膨大な台詞をおぼえる作業ばかり。役作りする余裕もない」と、苦しい境遇について愚痴をこぼす。
佐藤B作
『お国と五平』でお国を演じる七瀬は「近代古典演劇の戯曲ということで江戸時代の言葉を使うが、現代演劇としてはそれをきちんと自分の言葉として発話しなければならず、その兼ね合いが難しい」と言葉との取組みについて強調。「もうひとつ苦労しているのは、仇役のB作さんを心から憎まないといけないこと(笑)」 そのB作の演じる友之丞という侍から熱愛されるお国だから「ものすごい美人でなければならない」という理由で七瀬がキャスティングされたと衛館長が話すと、七瀬は「私で大丈夫ですかねえ(笑)」と。
七瀬なつみ
『お国と五平』五平役の石母田は「1ヶ月以上可児に滞在して、日常の煩わしさから離れ、1つの作品を集中して創ってゆけるのは、とても楽しいこと」と挨拶。「普段自分の家だと子供たちがいるので静けさとは全く無縁。ここではそれをしみじみと味わえる……けれど、ものすごく暑いなあ~」と。
石母田史朗
『息子』で息子の金次郎を演じる佐藤銀平は「通常、自分がやらせてもらえないような役をやらせていただき、マキノさんにも演出をつけていただくという、非常に恵まれた機会を与えていただいてる。親父(B作)にも感謝したい」と語り、父B作が思わず「おぉ」と感嘆の声を上げる場面も。しかし銀平はすぐに「親父の息子であることで、いままでいいことは何もなかった。今回のようなことは非常に珍しい」と笑わせた。
佐藤銀平
『息子』で捕吏を演じる山野は「初演では十三代目守田勘彌さんが、また二代目中村又五郎さんも、捕吏の役を演じた。かなり渋い役者が演じてきたと聞き、そういう人たちに負けないように自分も渋く演じたい」と抱負を語った。これに対して演出のマキノが「ぼくは、この役を渋いとは思っていない。山野さんは渋くするのですか?」と問うと、山野が「銭形平次のようにやろうと思う」と答え、マキノが「それはきっと違うと思うなあ」と突っ込んだところで会場爆笑。
山野史人
そのマキノは『お国と五平』について「谷崎が描こうとしたのは恋愛の残酷さだと思う。歌舞伎で演じられると、そのニュアンスが違ってくる。観ていてもう少しドキドキするようなものを創りたい。また、B作さんが演じる友之丞は、卑怯で弱虫でクヨクヨしていて武士にあるまじきキャラクター、それが笑えるほど徹底して描かれている。もちろんシリアスに作るけれど、とても面白い作品になることは間違いない」と展望を語った。『息子』については「父子が他人のフリをして会話をするという非常に演劇的な仕掛けが施されている作品。イギリスのハロルド・チェイピンの原作を小山内薫が翻案したことにより、戯曲の完成度が高まった。心が温まったり、ハラハラさせられたりと、ハードボイルドな、カッコいい芝居だと思ってる。B作さんが『お国と五平』の友之丞とは180度違ったキャラクターを演じるのが何といっても見ものだ」と述べた。
マキノノゾミ
大正戯曲を現代に復活させる狙いを記者から訊かれた衛館長は、「『お国と五平』の友之丞は明らかにストーカーであり犯罪者。そういう部分は現代的に見えるかもしれないが、マキノさんが言った恋愛の残酷さは、時代とは関係なく普遍的なもの。『息子』における親子の情も同様に時代を超えた普遍的なものだ。しかも今回の短編作品には、そのエッセンスが凝縮されて描かれている。現代演劇として上演することで、そうした“情”の普遍性が改めて浮かび上がる」と述べた。
佐藤B作、佐藤銀平
七瀬なつみ、佐藤B作
会見後には、本読み稽古も行われ、報道記者たちに公開された。
本読み稽古の風景
本読み稽古の風景
本読み稽古の風景
本読み稽古の風景
編集子は今回初めてalaを訪れたが、劇場愛に溢れた職員さんが、施設内を隅々まで案内してくださり、その行き届いた設備や環境に感心させられた。また、この日は外こそ灼熱の暑さだったけれど、やはり都会にはない可児ならではの“のどかさ”があり、人間らしさを取り戻せるような気がした。この土地では出会うと誰でも「こんにちは」と挨拶をしあう。そのことに佐藤銀平も感動していた。そんな市民たちに劇場は愛され、憩いの場として利用されている。多数のボランティアたちが芝居創りを手伝ってくれているとも聞いた。このようなところで時間をたっぷりかけて集中的に創る芝居は、都会で商業的に量産される代物とは当然ながら熟成感が違ってくる。それを東京で味わうのもよいけれど、できることならなるべく産地の空気の中で味わいたいとも思う。可児で作られた芝居を可児で味わう……これをぜひオススメしたい。名古屋から名鉄線に乗って1時間少々の場所にそれはある。
可児市文化創造センター
※SPICEでは『お国と五平』出演・七瀬なつみさんのインタビューを近日掲載します、お楽しみに。
(取材・文:安藤光夫 写真撮影:大野要介)
■出演:佐藤B作、七瀬なつみ、石母田史朗、佐藤銀平、山野史人
■原作:『お国と五平』谷崎潤一郎、『息子』小山内薫
■演出:マキノノゾミ
■日程:2016年9月3日(土)~2016年9月8日(木)
■会場:可児市文化創造センター・小劇場
■公式サイト:http://www.kpac.or.jp/event/detail_657.html
■日程:2016年9月15日(木)19:00
■会場:リリックホール シアター
■公式サイト:http://www.nagaoka-caf.or.jp/revue/lyric_revue/17297.html
■日程:2016年9月17日(土)19:00
■会場:黒部市国際文化センター コラーレ(カーターホール)
■公式サイト:http://www.colare.jp/utage/okuni/gohei_set.html
■日程:2016年9月19日(月・祝)14:00
■会場:高周波文化ホール(新湊中央文化会館)
■公式サイト:http://www.imizubunka.or.jp/chubun/
■日程:2016年9月24日(土)19:00
■会場:日田市民文化会館「パトリア日田」大ホール(やまびこ)
■公式サイト:http://www.patria-hita.jp/
■日程:2016年10月6日(木)~2016年10月13日(木)
■会場:吉祥寺シアター
■公式サイト:http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2016/06/ala-collectionvol9.html