ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』で初来日の女優オ・ソヨンにインタビュー

2016.9.1
インタビュー
舞台

オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)


ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』韓国版が2016年8月19日より東京で上演を開始した。『イン・ザ・ハイツ』は、現在ブロードウェイで史上空前の人気を誇る『ハミルトン』を生んだリン=マニュエル・ミランダが、2008年にブロードウェイで上演し大ヒットさせた“出世作”である。ニューヨークのワシントンハイツを舞台に、移民たちがエネルギッシュに生きていく姿を、ラップ、ヒップホップ、サルサなどを取り入れながらパワフルに描く。

2015年には韓国芸能事務所最大手のS.M.エンターテインメント(の関連会社)が『イン・ザ・ハイツ』韓国版を新たに製作し、話題を呼んだ。今回来日したのは、そのプロダクションである。主役ウスナビを演じるのはチョン・ウォンヨン、ドンウ(INFINITE)、Key(SHINee)のトリプル・キャスト。そのウスナビが恋心を抱く美容店員ヴァネッサを演じるのが韓国ミュージカル女優のオ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)である。8月27日夜~9月3日の東京全公演に登場する (同役WキャストのJ-Minは8月27日昼まで)

オ・ソヨンは、『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』(2005年)で舞台デビュー後、『ネクスト・トゥ・ノーマル』『パリの恋人』『ヘアスプレー』『ハイスクール・ミュージカル』『DECEMBER:終わらない歌』『ボニー・アンド・クライド』『レベッカ』など話題作に次々に出演、韓国ミュージカル界で引く手あまたの人気女優の一人である。美しい容姿に可愛らしい声、そして抜群の歌唱力が三位一体となって観客を魅了する。そんな彼女が『イン・ザ・ハイツ』出演のために8月24日の夜、初めて日本にやって来た。その翌日、限られた取材時間の中ではあったが、SPICE編集部に色々なことを話してくれた。

オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)

「困難な状況の中で力強く生きていくヴァネッサが好き」

--オ・ソヨンさんの出演するミュージカルは今まで何度もソウルで観ていますが、こうして東京でお目にかかれるとは無上の喜びです。

こちらこそ。今回インタビューのお話をいただき、驚きました。日本に私のことを知ってる人がいらっしゃるなんて思ってもみませんでした。だから本当に嬉しかったです。ありがとうございます。

--日本の舞台に立つのは今回が初めてなんですよね。

ええ、そうなんです。それどころか、これまで日本には遊びに来たことさえもなかったので、本当に初めての日本になります。私の従姉(いとこ)が日本人と結婚し東京に住んでいるんです。今回の舞台を観に来てくれることになっているので、再会できることをとても楽しみにしています。

--現在ソウルで上演中の新作ミュージカル『ペスト』に8月23日まで出演されてましたよね。それで、8月27日からは東京でミュージカル『イン・ザ・ハイツ』に出演されるわけですが、切り替えはバッチリOKですか。

前の本番の合間に『イン・ザ・ハイツ』をきちんとしたレヴェルで演じられるよう稽古を積み重ねていました。だから準備万端、整っています。

オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)

--その『イン・ザ・ハイツ』について、作品の感想をお聞かせいただけますか。

このミュージカルの音楽に初めて接した時はラテン音楽がとても楽しく、体が勝手に動いてしまいました。私は元々、クラシックよりもロックンロールなど明るくて楽しい音楽が好きなんです。だから『イン・ザ・ハイツ』のラテン音楽やヒップホップなどは私に合ってますね。

そして、私が演じるヴァネッサという登場人物を、とても魅力的に感じました。困難な状況の中でも力強く生きていく彼女の姿に愛情をおぼえました。だから、その役を自分が演じられることになって嬉しいです。

--ソヨンさんが『イン・ザ・ハイツ』に出演されると聞いた時、苦学生ニーナの役なのかなと思いました。私はブロードウェイのオリジナル・プロダクションを観たこともありますが、ヴァネッサのセクシーでワイルドなイメージと、可愛らしいソヨンさんが俄かには結び付かなかったからです。

ブロードウェイのヴァネッサは背が高くてセクシーな人が演じてましたからね。身体のセクシーさでは、もう諦めるしかありません(笑)。でも見た目については、カツラを被ったり、服装で肌の露出を多めにするなどして、それなりにカヴァーできるよう努めています。メイクの力に負う部分も大きいですよ(笑)。ただ、それ以上に、ヴァネッサという女性の内面から滲み出る要素を強調することが大事だと思っています。

以前の私は“受け身”の少女を演じることが比較的多かったんです。でも、私の性格って実は正反対なんですよ。だから“ガール・クラッシュ”風な役にチャレンジしてみたかったのです。『ボニー・アンド・クライド』(2014年)でボニー・パーカーを演じた時に、そのようなイメージを初めてお見せすることができました。その後『イン・ザ・ハイツ』への出演オファーをいただいた時に私も「ひょっとしてニーナの役なのかな」と思いましたが、ヴァネッサを演じさせていただけることになり「ああ、よかった」と(笑)。改めてそういう役にチャレンジできることが嬉しかったです。

--日本には肉食系とか草食系などという言い方があるのですが、ソヨンさんは肉食系なのですか。

両面性があります。でも、けっして内気とか大人しいという性格ではありません。

オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)

--今回のミュージカル・ナンバーの中で一番好きな曲は何ですか。

「96,000」!  私が思うに、この作品の代表曲ですね。舞台でも、宝くじの当たることを夢見る人々の気持ちが混じり合うそのシーンが、最高にパワフルな見せ場だと思ってます。

--「96,000」はヴァネッサの聴かせどころも大いにありますからね。そんなヴァネッサは、主人公ウスナビが思いを寄せる女性です。2015年のソウル初演の際には、ウスナビ役がクアトロ・キャストで、ソヨンさんは4人のウスナビを相手にしました。ヤン・ドングンさん、チョン・ウォンヨンさん、ドンウさん(INFINITE)、Keyさん(SHINee)、それぞれに感じられた印象をお聞かせいただけますか。

ヤン・ドングンさんは今回、東京には来ていませんが、有名なラッパーであり、俳優としても大変活躍されています。ウスナビのイメージを重ねやすく、一緒に演じていて本当に楽しかったです。年齢が醸し出す味わいもあって、「ワシントン・ハイツの街灯」というウスナビの綽名のとおりに私たちを温かく包んでくれました。

チョン・ウォンヨンさんとは所属する会社(The Pro Actors)が同じということもあり、知り合ってから非常に長い間柄です。とても愉快な方で、俳優たちをよく笑わせてくれます。今後も作品をどれだけユーモラスに盛り上げてくれるかが、楽しみです。

Keyさんとは、『ボニー・アンド・クライド』で共演したこともあります。彼はとても頭の良い方だと思います。K-POP歌手ですが、表現についての研究は俳優以上に熱心なところがあります。演出のダメ出しを演出家と一緒に分析し、本人がやりたいようには決してせずに、演出の指示を最後まで守り抜きます。そういった、まじめで賢いところがとても素敵です。

ドンウさんのことは実は最初、相手役として少し心配していました(笑)。というのも、一番若くて、ミュージカル初出演、演技も未経験とのことでしたから。稽古場では、グラフィティ・ピートという登場人物を、ブラッド・ピットと言い間違えたり(笑)、顔の横にマイクを装着しているにも係わらず自分の顔を叩くつもりでマイクをバンバン叩いてしまったり(笑)。色々なことが初めての経験で混乱していたのでしょう、瞳孔が開いたまま視線が泳いでました(笑)。でも、そういう純粋さがキャラクターの魅力として表現に活かされるようになり、今ではとても素敵な演じ手だと思えます。

--私たちは先日、演出家のイ・ジナさんにもインタビューしました。ソヨンさんは『イン・ザ・ハイツ』で初めてイ・ジナさんの演出を受けられたのですよね。

はい、そうです。イ・ジナ先生は、韓国演劇界ではヒット・メーカーと称せられるような存在です。興行を当てることが必ずしも演出の能力と結びつくわけではありませんが、イ・ジナ先生の場合は、もちろんその素晴らしい能力があってこそ作品が多くの観客から愛されるのだと思いますし、俳優としては、そんな先生の演出をぜひ受けてみたいと思っていました。

ただし、怖さもありました。先生と仕事をした或る俳優は「すごく良かった」と言い、別の俳優は「すごく怖かった」と言うのです(笑)。それを聞いて私は心配していました。でも、実際にご一緒させていただくと、とても愉快な方で、そのユーモラスな感じが作品にも反映されているのではないかと思います。また、俳優の個性も最大限まで活かしてくれます。俳優がどうしたら舞台で一番輝いて見えるかを研究し、そのコツをよく御存じなんです。だから俳優たちから厚い信頼を寄せられているのです。

--すると、ソヨンさんは直接には怖い目には遭わなかったのですね。

私に対してはありませんでした。でも、他の俳優さんに対しての、そういうところには居合わせたことがあります。「ああ、私じゃなくてよかった」と思いました(笑)。

オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)

「のどを大事にするために家ではずっと黙ってます(笑)」

--ソヨンさんご自身のことについて少々質問させてください。ミュージカル女優を志すことになった経緯を教えていただけますか。

小学校5年生の時に、子役としてミュージカルの舞台に上がったことがあるんです。1996年に『レ・ミゼラブル』の来韓公演が行われたのですが、子役だけは韓国人を使ったのです。私は、リトル・コゼットでした。その時の経験が忘れられなかったのですが、なにぶん私の家はチョナン(天安)という、ソウルから少し離れた場所にあり、両親が共働きをしていたこともあって、長い間ミュージカルからは縁遠い暮らしをしていました。それでも、『レ・ミゼラブル』に出演した際に貰ったサウンドトラックのCDだけは、10代の頃ずっと繰り返し聴き続けていました。それで大学に行く時、ミュージカル女優になろうと決意し、ミュージカル学科のある学校を選んで専門的な勉強をするようになったのです。

--女優としての本格的な舞台デビューは2005年の『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』という認識で正しいですか。

はい。大学を卒業してから、すぐにオーディションを受け、サリー・ブラウンの役につかせていただきました。

--サリーというと、名曲「My New Philosophy」をソヨンさんも歌ったわけですね。

そうです。

--それは聴いてみたかった……(笑)。2009年の『春のめざめ』もオーディションを受けて出演されたですか。

はい。主役のヴェンドラを目指してオーディションを受けました。ただ、ご承知のように、ヴェンドラを演じるには、俳優にとって重大な選択が迫られるシーン(※服を脱がされて初体験に臨む場面)がありますよね。私はそれを心配していました。でも、結局ヴェンドラにはなれなかったので杞憂でした(笑)。ただ、私も最終候補には残っていたのです。米国オリジナル・プロダクションのスタッフの方が選考にやって来たのですが、私が少し妖艶に見えたらしく(笑)、それで「ヴェンドラではないだろう」ということになったと聞いてます。私はテーアの役になり、ヴェンドラに選ばれたのはチョン・ソンミンさんでした。彼女はとても上手に演じていましたよ。

--チョン・ソンミンさんは後に『ネクスト・トゥ・ノーマル』の再演(2013)と再々演(2015-2016)で、ソヨンさんと同じナタリー役を複数キャストの一人として演じることになりますね。

はい。彼女と私は仲がいいですよ。

オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)

--『ネクスト・トゥ・ノーマル』は私が初めてソヨンさんを知った舞台です。韓国初演(2011-2012)を観て、その完成度の高さに心を打たれ、再演も再々演も観に行きました。韓国版のそれは世界最高の出来だと個人的に思っています。ソヨンさんのナタリーも、こちらが胸を締め付けられるような見事な演技で、ソヨンさん出演回だけでも十数回ほど足を運びました。

ありがとうございます。『ネクスト・トゥ・ノーマル』を通して、本当にたくさんのことを得ることができました。俳優として成長することができました。この作品に出演する前と後とでは、私は全然違います。今にして思えば、これに出る前は何もわからないまま舞台に立っていたようなものです。結果として、私に初めて賞をもたらしてくれた作品にもなりました(※韓国ミュージカル大賞助演女優賞、大邱ミュージカルアワード新人賞)。そんなこともあって、私の人生における代表作といっていい作品です。

--2012年6月には『ネクスト・トゥ・ノーマル』出演と並行して、『ヘアスプレー』にも主演されていましたね。肥満の少女トレイシーを演じるうえで、ソヨンさんの可愛らしい声質はこのうえなく合っていたと思いますが、問題は体型ですよね(笑)。太るために努力とかされたのですか。

とても努力しましたよ。でも、トレイシーのイメージに完全に重なるまでには太れませんでした。舞台でよく動き回るので、どんどん痩せていってしまうのです。

--ただ、あまり太っちゃうと『ネクスト・トゥ・ノーマル』のナタリー役を演じるうえでは好ましくなかったでしょう。

いいえ、ナタリーが細くなければいけない、という指定はありません。むしろ、色々なストレスを受け過ぎて太っていたという可能性だってあるのではないですか(笑)。

--たしかに(笑)。そんなソヨンさんがいつか演ってみたいと思う/思ってきたミュージカルの役は何かありますか。

 『美女と野獣』のヒロイン、ベルの役に憧れてきました。小さい時からアニメーションを幾度も観ていますから、作品に対する思い入れが強いのです。それから、子供の頃に『レ・ミゼラブル』に出演して以来、いつかエポニーヌを演りたいとも思っていました。でも映画版(2012年)を観てからはファンティーヌがいいなあと思うようになりましたね。そのためには、もう少し年齢を重ねる必要がありますけど。さらに年齢を重ねて『ネクスト・トゥ・ノーマル』のお母さん、ダイアナができたらいいですね。

--それら、いずれも観たいです。……ところでソヨンさんはソウルにお住まいですか。普段はどんな暮らしをされているのでしょうか。

犬を飼っているんです。犬を連れて「ソウルの森」をよく散歩します。それ以外では、舞台や映画を観に行くようなことがなければ、もっぱら家にいるタイプです。仕事上、のどを大事にしないといけませんから、家ではずっと黙ってます(笑)。

--最後に、日本の読者に向けてメッセージをいただけますか。

日本の皆さまは舞台公演に対して求める水準がとても高いと伺っています。そんな皆さまに私たちの『イン・ザ・ハイツ』をお見せできることは光栄です。韓国のミュージカルをより多くの皆さまに愛していただけるよう、しっかりと演じてまいります。そして私も、もっといっぱい日本に来たいと思っています。ぜひ『イン・ザ・ハイツ』にお越しください。


オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)

オ・ソヨン(오소연 / Oh SoYeun)

(取材・文:安藤光夫 通訳:奈良夕里枝 写真撮影:大野要介)

公演情報
『イン・ザ・ハイツ』 (韓国語上演、日本語字幕付)
 
■公演期間・会場:2016年10月16日(日)~11月4日(金) KAAT神奈川芸術劇場
■原案・作詞・作曲:リン=マニュエル・ミランダ
■演出・韓国語歌詞:イ・ジナ
■音楽監督:ウォン・ミソル
■振付:チェ・ヒョンウォン、キム・ジェドク
■キャスト: 
ウスナビ役:ヤン・ドングン/チョン・ウォニョン/ドンウ(INFINITE)/Key(SHINee)
ベニ―役:キム・ヒョンジュン(Double S 301)/ソンギュ(INFINITE)
ヴァネッサ役:オ・ソヨン/J-Min
ニーナ役:チェ・スジン/ルナ(f(x)) 他
料金:S席 16,000円 A席 11,000円 スペシャルシート 25,000円 (全席指定・税込)
■一般発売開始:2016年10月10日(月・祝)10:00~
■公式HP:http://musical-intheheights2016.jp/
■主催:S.M.Culture & Contents/Quaras