加藤健一氏に聞く──『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD 〜ハリウッドでシェイクスピアを〜』
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加藤健一事務所公演『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD──ハリウッドでシェイクスピアを』 撮影/石川純
シェイクスピアの『夏の夜の夢』に登場する妖精の王オーベロンと、妖精のパックは、3組の結婚式を見届けた後、魔法の森に帰るはずだった。だが、パックが呪文の唱えかたを間違えたために、ふたりは1934年のハリウッドの撮影所へ来てしまう。偶然にも、そこでは『夏の夜の夢』が撮影されようとしていた。ハリウッドを舞台に巻き起こるファンタジック・ラブコメディ。
本当にあったマックス・ラインハルト監督の映画『夏の夜の夢』
──今回の『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD ~ハリウッドでシェイクスピアを~』は、1934年のハリウッドにある撮影所でくり広げられるコメディです。そこではシェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』が、映画化されようとしています。
加藤健一 1934年、ヒトラーの権力がだんだん大きくなってきたので、危ないと思って、オーストリアからアメリカへ亡命したラインハルトという舞台演出家が、ハリウッドで映画監督として『夏の夜の夢』という映画を撮ったんです。それは実際にいまでもレンタルビデオ店にあるんですけど……
──ここに登場するのは、実際にある映画なんですか?
加藤 そうなんですよ。だから、ラインハルト監督も実在ですし。
──それはシェイクスピアの『夏の夜の夢』を映画化した作品ですか?
加藤 もう、そっくりそのまま撮ってますね。
──じゃあ、今回の『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD』に登場する俳優たちは……
加藤 ほとんどが実在の人物です。
──映画には、当時はギャング役で有名だったジェイムズ・キャグニーも出てくるんですか?
加藤 もちろんキャグニーも。キャグニーはロバなんですけれども。
──ということは、『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD』に出てくる設定とまったく同じ。
加藤 はい。ラインハルト監督の映画『夏の夜の夢』を、たぶんケン・ラドウィッグが見て、この映画を撮影したときに、こんなことがあったら面白かったんじゃないかなとさかのぼって発想して書いた作品。ケン・ラドウィッグがこれを書いたのは、現代になってからですから。
──それは驚きました。ここに出てくる映画『夏の夜の夢』自体は、フィクションだと思っていましたから。
加藤 そうですか。だから、最後はわたしの演じるオーベロンとパックが、魔法の国へ帰らなければいけなくなって、人間の世界には一日しかいないんですけれども、帰ってしまう。それからその役を演じるはずだった本当の役者が「やっぱり出たい」と戻ってきて、それで撮った映画が実際にあるという。
──そのようにして最後の場面では、現実の出来事に戻るわけですね。『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD』で描かれるのは、オーベロンとパックが撮影所で過ごした一日の出来事ですね。そして、ちょうどシェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』のような、めくるめく一夜を描いている。
加藤 そうですね。夢のような一夜があったということです。
ヒイラギの森、魔法の森、聖なる森
加藤 そういうお洒落な構成に加えて、もうひとつはハリウッド(Hollywood)というのが、ハリー(holly)のウッド(wood)なんで、ヒイラギの森という……
──そういえば、昔はハリウッドに「聖林」という訳語もありましたね。
加藤 「聖林」というのは、ホリーナイト(holy night)と「ホリー」と間違えたんですって(笑)。
──あれは間違いだったんですか。
加藤 ハリウッドのハリー(holly)にはLがふたつあるんですけれども、ホリーナイトのホリー(holy)にはLがひとつ。
──ハリウッドのハリーは、ヒイラギの意味なんですか?
加藤 ええ。こちらのハリーはね。まあ、ヒイラギもクリスマスの飾りつけに使うんで、そこから「聖なる」と訳してもおかしくはないんですが、元々はLをひとつ見間違えたらしいんです。だから、「サイレンナイト、ホーリーナイト」っていう歌は「聖なる夜」の意味なんですけれども、ハリウッドはヒイラギの森。だから、辞書には「聖林」は誤訳と出てきます。
──そんなこともあったんですか。
加藤 そうですね。ハリウッドのハリーのウッドはヒイラギの森ですが、ハリウッドですから、そこではいろんな映画が作られるので「魔法の森」とも言われていて、「聖なる森」とも言われている。その一方で、『夏の夜の夢』の妖精たちが棲んでいる森も、アテネの近くに設定されていて、アテネは聖なる地ですから、妖精たちは「聖なる森」に棲んでいる。そして、妖精たちが棲む森も「魔法の森」だから、マジック・ウッドと呼ばれている。だから、あるとき、パックが、妖精の国へ帰ろうとして呪文を唱えるが、間違えてハリウッドに来ちゃうという。
──呪文を唱えて、目玉を3回右にまわすところを、うっかり3回左にまわしてしまう。
加藤 そうです。間違えて、ハリーのウッドに来ちゃう、別の森に来ちゃうという。
──この場面だけでも、何重にも意味がかけられているんですね。
加藤 そうですね。
──それで、同時に、今年はシェイクスピア没後400年ということもあり……
加藤 そうなんですか。ははは。知らなかった(笑)。
──加藤さんは、それに当てて『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD』を上演されるのだと思っていました。
加藤 シェイクスピア没後400年だなんて、ぜんぜん知らなかった。
──イギリスでは特別にロゴも作られて、さまざまな劇団で記念上演も決まっているようです。てっきり加藤健一事務所として、この舞台でお祭りに参加されていると思ったんですが、そうではなかった。それも楽しい偶然です。
加藤健一事務所公演『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD──ハリウッドでシェイクスピアを』のチラシ。
シェイクスピアの名台詞が随所で引用
──今回の『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD』には、劇中映画の『夏の夜の夢』だけでなく、さまざまなシェイクスピア劇の名台詞が、随所にちりばめられていますね。
加藤 ものすごくありすぎて、お客さんにはわからないから、まあ、3つ、4つ気づいてもらえればいい。
──舞台を見ながら、シェイクスピアの台詞をいくつ発見できるか……
加藤 「生きるべきか死ぬべきか」とか。そういうのがわかればいいかなという感じですね。
──シェイクスピアの台詞は長いし、しゃべるには技術が必要です。それは聞かせどころでもあり、大変なところでもあると思うんですが……
加藤 わたしが演じるオーベロンの台詞は、ちょっとシェイクスピアっぽいというか、長々としゃべるんですよ。だから、どうやってしゃべろうかって、いろいろ研究しているところです。
──オーベロンは、ときどき自分の言葉としてシェイクスピアの台詞を無断で引用しますが、そのたびに新人女優のオリヴィア・ダーネルが、『アントニーとクレオパトラ』とか『お気に召すまま』とか、即座にその出典を言う。すぐにどのシェイクスピア劇からの台詞の引用であるかがわかるほど、シェイクスピアに精通している。
加藤 そうですね。あまりにも引用がたくさん入っていて、翻訳者の小田島恒志さんと則子さんが、原作のなかから見つけるのが大変だったらしいです。
──ところで、シェイクスピアの台詞は、やはり小田島訳なんでしょうか。
加藤 小田島雄志訳を使わないと……
──言葉遊びやテンポのよさでは、小田島雄志訳にはかなわない。息子さんが翻訳の仕事を継ぐかたちで、お父さんの雄志さんが訳されたシェイクスピアの台詞を引用し、ちりばめながら、新作を訳してくださるのも、すてきことですね。
加藤 そうですね。この戯曲の何分の一かは、雄志先生の台詞ですからね。
『夏の夜の夢』から借りた花の汁の魔法
加藤 『夏の夜の夢』に出てくる、花の汁を目に垂らすと、起きて、最初に目に映った人を好きになっちゃうという魔法を知ってる人はどれぐらいいるんだろう?
──『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD』でも、同じ仕掛けを借りていますね。
加藤 『夏の夜の夢』の設定を知らなくても楽しめるように書かれているんですが、『夏の夜の夢』をハリウッドで映画に撮ろうという話だから、それを知ってると面白さが倍増する。
──加藤健一事務所の芝居にいらっしゃる観客は、ほとんどご存知なのではないですか。
加藤 演劇ファンの方が見に来るから、話は知らなくても、魔法の花の効果については知ってるかな……くらいのつもりで作ってはいるんです。あれが『夏の夜の夢』のパロディであることがわかると、非常に面白いんですが、この戯曲のために、あの仕掛けが考案されたと思われると、ちょっとドタバタすぎる感じがする。
──パロディであることがわかると、ちょうどシェイクスピアの『夏の夜の夢』で、夢を見ていた4人の若者のうちのひとりが、夢から覚めたときに「すべてのものが二重に見える」と語る気持ちがわかる。その台詞は『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD』にはありませんが、そんな世界が可視化され、展開されていく気がします。
加藤 シェイクスピアの『夏の夜の夢』の最後の場面は結婚式で、お祝いの余興として街の職人たちが演じる劇を見届けてから、自分の森へ帰ろうとしたところ、うっかりハリウッドへ来ちゃうんです。だから、舞台は『夏の夜の夢』が終わった直後から始まる。そういうところも洒落になっています。
稽古場に組まれたセットの前で語る加藤健一氏。
舞台になっている1934年について
──時代が設定されている1934年は、ヨーロッパの国々が次第に右傾化していく時期にあたり、オーストリア、あるいはドイツや、それら周辺の国々で、ヘイトスピーチや人種差別がだんだん深刻になっていく。それは現在の世界的な現象と重なるのですが、そういった状況も、加藤さんがこの戯曲を取りあげる要素のひとつですか?
加藤 まあ、そういうことはあんまり考えない(笑)。
──では、シェイクスピアの楽しさに惹かれてでしょうか。
加藤 楽しさと同時に、なぜラインハルトがそういう時代に『夏の夜の夢』を撮りたかったのかという、こういうものを撮りたくなる気持ちは大事にしたいと思っているんです。やっぱり、暗い時代に入っていくとき、こういう夢のようなものを撮りたかったんだろうなと思う。ラインハルト監督の映画『夏の夜の夢』を、今回の出演者、スタッフ一同で見ましたけど、あまり面白くない。CG技術みたいなものも使われていて、当時としてはすごかったんでしょうけどね。
──戦争へ向かおうとしている時期で、逼迫(ひっぱく)はしていたものの、なんとか移動はできた。
加藤 でも、もう逃げなければいけなかったようですね。
──第二次世界大戦が始まるのが1939年なので、舞台になっている1934年はそれより5年前ですが、すでにそういう空気が……
加藤 ケン・ラドウィッグが書いた台詞では、わざわざラインハルト監督に「危機一髪の脱出でした」と言わせてますからね、そういうことは大切にしたい。なかがドタバタ喜劇なもんですから、そういうところはしっかりやっていこうかなと。
──ドタバタ喜劇の背景にある、それを生みだした歴史的要因というか、時代の動きなども、大切にしていきたいと。
加藤 そうですね。それは演出の鵜山仁さんも大切にしてくださっています。
夢と魔法と妖精たち
──今回の舞台は、魔法や夢が全体を貫くテーマになっています。『夏の夜の夢』の夢に加えて、ハリウッドの夢、人生の夢が描かれていく。魔法や夢の世界を演じてみて、いかがですか?
加藤 あはは(笑)。わたし自身の役は、魔法の国の王なので、魔法を使っている感覚はあんまりない。魔法の国では、みんながふつうに魔法を使うわけですから……
──魔法は当然のもの。
加藤 そうですね。それから『夏の夜の夢』を読んだときはぜんぜん思わなかったんですけど、自分で妖精の王を演じてみて、こんな妖精がいてもいいのかなという……わたしが思い描いていた妖精のイメージとずいぶんちがうなと。妖精なのに女房持ちとか……
──パックという家来までいます。
加藤 家来はいいんですけど、奥さんがいて、しかも夫婦喧嘩の真っ最中。演じて初めて気がついたんですが、そんな妖精もいるんだなって。
──ギリシャの神々も不倫をしたり、夫婦喧嘩をしてるんで、ちょっと近いものがあります。
加藤 そうですね。神様もしばしば喧嘩してますね(笑)。
──では、魔法をふつうに使う存在なので、それは特別なものではないとして、妖精の寿命はどうでしょう。2千年、3千年と生きる設定になっています。
加藤 死なないっていうね。
──オーベロンにも、人間は「人生の絶頂期に達したらあとは衰えていく一方なのだから。やつらは終末に向かってよろよろと足を引きずり、歯を失くし、視力を失くし、嗅覚を失くし、何もかもを失くしていく」と語る台詞があります。妖精の王は、人間よりはもっと長期的な視点から、人間を見つめていますね。
加藤 それはシェイクスピアの『十二夜』に出てくる有名な台詞ですが、ケン・ラドウィッグはこの戯曲にどうしても入れたかったんでしょう、いい台詞だなと思って。それはギャクにもなっていて、若い女優オリヴィアといい関係になりそうなオーベロンに、パックが「年の差は気にならないですか?」と訊くんです(笑)。
──2、3千年のスパンで生きているから、オリヴィアとの20数歳という年齢のちがいなんて、もう誤差のうちにも入らない。そんなオーベロンなのに、たった一日で自分がいた世界に帰らなければならなくなる。
加藤 妖精の王なのに、すぐに若い女の子に惚れちゃうところも下世話です。
加藤健一さんの台本。
観客のみなさんへ
加藤 ケン・ラドウィッグという劇作家は、ずいぶんシェイクスピアが好きなんだなという思いと、どの脚本をやってもシェイクスピアの台詞が出てくるんですよ。そのうえ大変な芝居好きで、加藤健一事務所ではこれが5本目のケン・ラドウィッグ作品なんですが、そのうちの4本はバックステージもの。それぐらいお芝居の世界を愛している作家が書いた、しかもシェイクスピアの『夏の夜の夢』をパロディ化したコメディなので、楽しんでいただければいいなと思います。
──今回のキャスティングですが、どの役者さんもはまり役という感じ。しかも、これまでに植本潤さんは〈子供のためのシェイクスピア〉シリーズに続けて出演されていましたし、文学座の粟野史浩さんも『リチャード三世』の舞台経験を持っています。
加藤 今回はなんといってもキャスティングの面白さを楽しんでいただければ。
──手練れというか、芸達者な俳優が揃いましたね。
加藤 演出家が言う前に、いろいろやってくださるかたばかりなので、逆に手綱を引くみたいな演出になってます。ふだんだと演出家が率先して、さまざまな試みをするんですけどね。
──個性的な俳優たちがぶつかりあうことで、いったいどんな舞台ができあがるか。
加藤 まあ、闇鍋みたいになればいいかなと(笑)。何が出てくるかわからない。
──オールスターによるハリウッド版シェイクスピア。とびきりいい味が出ることを期待しています。
(取材・文/野中広樹)
■作:ケン・ラドウィッグ
■訳:小田島恒志・則子
■演出:鵜山仁
■日時:2016年8月31日〜9月14日
■会場:下北沢・本多劇場
■出演:加藤健一、植本潤、小宮孝泰、粟野史浩、丸山厚人、奥村洋治、土屋良太、永岡卓也、加藤忍、日下由美、瀬戸早妃、新谷真弓
■公式サイト:http://homepage2.nifty.com/katoken/