ガラスを運ぶだけの名作ナンセンス・コメディ『あの大鴉、さえも』が遂に大阪で上演--小林聡美&片桐はいりが語った!
『あの大鴉、さえも』合同取材会より小林聡美、片桐はいり(撮影/石橋法子)
小林聡美、片桐はいり、藤田桃子の3人芝居、舞台『あの大鴉、さえも』が今秋大阪で上演される。70~80年代の名作戯曲を、気鋭の演出家が現代の感性で読み解く東京芸術劇場の“RooTS”シリーズ第4弾。竹内銃一郎が前衛芸術家マルセル・デュシャンの未完のオブジェ「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」、通称「大ガラス」に触発されて書き下ろした岸田國士戯曲賞受賞作だ。男優3人のために書かれた芝居を、ダンス的表現を得意とする演出の小野寺修二が、女優3人で再構築した。3人の男たちがただガラスを運ぶだけのナンセンス・コメディ。東京、水戸、三重公演を終えた小林と片桐が大阪で4社合同取材会を開き、見所を語った。
「おじさん役ができるのも演劇の自由さだし、面白そうな要素が多すぎた」(小林)
--男性3人のアングラ作品を女性3人で演じる、ユニークな試みですね。
片桐:私たち世代にとっては教科書みたいな戯曲で。おじさんたちの話とはいえ、色んな方がやってきたでしょうし。それを女性だけでやるのは面白いなと。男が女の人の家を覗き見るという話でもあるんですけど。演出の小野寺さんはマイムやダンスのように、言葉じゃないことで表現される方なので、きっと何か面白いことを考えてくれるに違いないと。あと、最初にお話を頂いたときは「小林聡美さんが男役で参加してくれる」と聞いて、それは絶対に面白い。私が観たいよ!と思いました。
小林:私も6年ぶりの舞台がおっさん役だなんて、演劇でしかできない自由さだなと。その上、はいりさんがいて、フィジカルシアターの小野寺さんの演出で、3人芝居でがっつり組む環境も最高だなと。不安よりも面白い要素がたくさんありすぎて、ぜひ挑戦しようと思いました。
『あの大鴉、さえも』合同取材会より小林聡美、片桐はいり
--本作は、デュシャンの作品に想を得たということで、劇中にも自転車の車輪、チェス、覗き穴など彼にまつわる様々なモチーフが出て来ます。そんな作品の背景を知る勉強会のようなものは事前にあったのですか。
小林:こんな作品を作ってる人だけど、でもあんまり物事には意味を持たせない人らしいよ、とか。顔合わせのときに、みんなで雑談程度に話をしたという感じでした。
片桐:チェスが使えるんじゃないかという話になって、みんなで1日チェスをやる日を設けたり。デュシャンと聞くとすごく小難しくてやっかいなアートなんじゃないかと思われるんですけど。例えば、便器を逆さにおいて『泉』と呼んじゃうとか、私にとっては多分冗談の分かる人(笑)。面白い笑いが含まれたアートだって気がするので、そこはこの舞台にも共通する部分だと思います。意味を突き詰めるよりも、美術館でアートを見て何だか分からないけど、満足して帰るみたいな。そういう感じで楽しんでもらえれば。
小林:実際、美術館を意識した作りにもなっていて。展示がどんどん繰り広げられていく、そんな見方もできる舞台だと思います。
--劇中では、マイムで姿のないものに形を与えたり、実際に音が鳴ったり。想像力を刺激される仕掛けが多々あって、子どもでも意外に楽しんで観れそうです。
小林:そうなんですよ。知り合いの子どもたちも飽きることなく、最後まで楽しんで観てくれました。照明、音楽、影や動きだったり、目の前に広がっている出来事を感覚的に楽しめれば、台詞のやり取り以外でもすごく楽しめる要素が多い作品です。
片桐:やっぱり、体なりその存在が”そこに在る”っていうことから伝わってくる情報量って、言葉から伝わる情報量を上回っちゃう気がしますね。聡美さんも体育「5」で、私は「2」だったんですけど。動くのがすごく好きなんです。そこは、ぜひお伝えしたい。単純に楽しくなっちゃっている体っていうのは、きっと楽しい波動を伝えられると思っているので。
『あの大鴉、さえも』合同取材会より小林聡美、片桐はいり
--そういう意味でも、小野寺さんの演出法に興味があります。作品の捉え方など、ユニークだと感じる部分はありましたか。
小林:まず、みんなの意見を聞いてやってみて、良かったらそれを採用する。そういう自由な気風が稽古場にはありました。単に演出家の意見を聞くだけでなく、誰もが同等に意見を言い合える。みんなで作っていく自由さが面白かったですね。
--小野寺さんの場合、それが演技というより動きのアドバイスになるのでしょうか?
片桐:動きもそうですね。例えば、靴紐をほどくということで、何か動きを付けてみてくださいとか。役者の意見も取り入れる。そこから、専門家としてアドバイスを下さるので。出演者それぞれの個性が出るような舞台だと思います。ダンサーばかりの時はダンサーの、今回みたいに俳優が多かったらそういう動きになっている。
小林:小野寺さんもできないことを要求するよりも、その人のままでどうやって魅力的に表現できるかに焦点を当てて、振りとか動きを考えて下さるので。そういう所はすごく信頼できるし、安心してやれました。
「気取っても見れるし、笑おうと思えばとことん笑える舞台です」(片桐)
--小林さんは稽古前に、体作りなどをされて挑まれたのですか?
小林:日頃から体を使うようなトレーニングを特に積んでは来ていない私にオファーを下さるという時点で、体を使うことだけが全てじゃないんだろうなという開き直りもあって。最初は今の私の年齢で出きる範囲のことを表現できればいいや、ぐらいの気持ちでいました。とはいえ、ストレッチぐらいはしておこうと事前に始めたら、逆に膝を痛めてしまって……。
--そんなことがあったのですね。そこから、本番までに調整されて。
小林:リハビリと称してスクワットなどをずっと続けていたら、それが本番でガラスを運ぶ基本的な姿勢と同じで、最低限の動きや筋肉は身に付いていたようで良かったです(笑)。
『あの大鴉、さえも』合同取材会より小林聡美、片桐はいり
--(笑)。また小野寺さんからは「動きを台詞の説明にしない」というお話もあったとか。
小林:一応台詞がある台本なので、最初は普通に普段のお芝居の間や口調でやっていたら、「そこはもっと間をとっていいです」と言われたり。小野寺さんは間とかも一回分解して、そこから再構築していく手法だったので。普通の人間の生理とはまた違った流れの作り方というのが、最初は違和感としてありました。そこから、だんだんと感覚が体に馴染んで、それが動きにも繋がっていくという感じでしたね。
片桐:私はここ最近、演劇でもダンスでもない所を探りたくて、小野寺さんと一緒に作品をやらせてもらう機会が多いのですが。それが本当に難しくて。でもやっとこの作品で少し足掛かりが見えたというか、第三の道が開けたような気がしました。
ーーお話を伺っていると、やはりドラマを楽しむような演劇とはまた違う楽しみ方がありそうです。
小林:確かに違うかもしれないですね。
片桐:そういう部分もゼロではないとは思います。でも、また違う楽しみ方があるというか。例えば、虫がただひたすらご飯を運んだり、穴を掘り続けるとか。そういう一生懸命さって、ちょっと見ていて可笑しかったりするじゃないですか。それに近いものは再現できているような気がします。そこが面白かったり、泣けてきたり。決して真面目腐ったものではなく、笑いは忘れていないですよね。
小林:そうね、やっぱり舞台は楽しくないとね。ただ、泣く所はないですけど。
片桐:あ、そうですか? 私はやってて、たまに悲しくなりそうなことがあります(笑)。
『あの大鴉、さえも』合同取材会より小林聡美、片桐はいり
--すでに各地で上演され来ましたが、観客の反応はいかがでしょう。土地によってリアクションは違いますか?
片桐:今回は特に、内容が受け取り側の自由に任されているので、毎回「うわ~」っていうぐらい違いますね。見えないガラスをマイムの手法で運ぶ姿を、お客様がどう思うのか。そこにドラマを見たり、子どもは裸の王さまみたいに「何もないよ!」と言うかもしれない。気取っても見れるし、笑おうと思えばとことん笑える舞台なので。
小林:今まで誰も笑わなかったような、「こんなシリアスなはずの場面でも笑うのか!」とか。自由度が多い分、見る方もやる方も、その日によってどっちに転がるのか分からない。私たちも「今日はどっちだろうね」とか言いながら出て行ってますけどね。
『あの大鴉、さえも』合同取材会より小林聡美、片桐はいり
片桐:水戸でも三重でも2回ずつやりましたけど、どちらも見事なぐらいに違いました。東京も毎日違っていて、面白い経験でした。逆に大阪の方はどうなんだろう。無いものまでつついて食べてくれそうなイメージなので、楽しみですね(笑)。東京の方も「大阪で見たいな」って言ってますから。
--観劇というより、ライブのセッションに近い感覚でしょうか。
小林:それは心掛けていますよね。一緒に楽しんでもらおうと。
片桐:眺めるような作品ではないと思います。普通のドラマや人情喜劇だと、ここで盛り上げてここで泣かせてとか、あるじゃないですか。でもこの作品は、「お客さんはどっちに行きたがっているのかな?」というのを、誘導ではなくこちらも探りながらやっているので。自由度が違いますね。
-- 一緒に楽しむという意味では、約300人規模の小劇場はびったりの空間です!
小林:小さすぎず大きすぎず。滴り落ちるはいりさんの汗まで見ていただいて。
片桐:聡美さんは、本当に汗かかないですよね。
小林:いや、かいてるんですよ。かいてるんですけど、目立たない。
片桐:あ、女優魂で。
小林:いやいやいや。
片桐:私はびじゃびじゃになっちゃうんですけどね(笑)。
『あの大鴉、さえも』合同取材会より小林聡美、片桐はいり