与那城 敬(バリトン)「ドン・ジョヴァンニの“強さ”に惚れるんです」

2016.11.14
インタビュー
クラシック

与那城 敬(バリトン)©KEI UESUGI

“究極の悪い男”をどう演じるのか?
 
 バロック・ヴァイオリン奏者であり指揮者である寺神戸亮が、バロック・オペラの知られざる作品を中心に取り上げ話題となってきた北とぴあ国際音楽祭。今年は、モーツァルトの「ダ・ポンテ三部作」の完結編として、ついに《ドン・ジョヴァンニ》が上演される。題名役は、近年、東京二期会や新国立劇場の舞台で次々に大役を演じている“今が旬”のバリトン、与那城敬。その端正なマスクと深く柔らかな美声で、“究極の悪い男”をどう演じるのか。

「確かにドン・ジョヴァンニは悪党というイメージが大きいですが、多くの女性を虜にする魅力があることも確か。それは彼が、みんなに分け隔てなく愛を注いでいるからで、実は彼はとても優しい人なのだと思います」

 のっけからドン・ジョヴァンニへの共感を口にした。女性はともかく、男性にはウケが悪いと思っていたドン・ジョヴァンニだが、与那城は「好きな役柄」だと語る。

「社会で生きていれば誰しも自分の立場にとらわれて、やりたくないこともやらなければならない時がある。でもドン・ジョヴァンニは違う。彼は最後まで自分の信念を曲げなかった。その“強さ”に男として憧れるんです。彼のそうした“強さ”が端的に表れているのが第2幕ラストのニ短調で書かれた地獄落ちの場面です」

 殺してしまった騎士長の亡霊がやってきて、悔い改めろと迫るが断固として「ノー」と言い続け、ついに地獄に引きずり込まれてしまう。与那城はここの音楽が始まると「ゾーンに入る」と説明する。それは、音楽のエネルギーがドン・ジョヴァンニという人のエネルギーとリンクして、それまでと全く違う力が満ちてくる感じ、だそうだ。「演じた人でないとわからないと思うのですが」という微笑みに、この役を自分のものにしている自信が垣間見える。
 
カラフルなキャラクターを出していきたい
 
 与那城は、新国立劇場研修所の修了公演でこの役を演じ、その後はカヴァーとしてマリウス・クヴィエチェンやアドリアン・エレートといった世界的歌手たちの演技を間近で見てきた。そこから学んだことは、それぞれの歌手によってまったく違うドン・ジョヴァンニ像があるということだそうだ。

「僕は、ドン・ジョヴァンニのいろいろな面を見せられればいいな、と考えています。与えられている3曲のアリアは時間も短くそれほど大きくありませんが、そのすべてに彼の人柄が色濃く表れている。そこを意識して、カラフルなキャラクターを出していきたい」

 今回はピリオド楽器のオーケストラになるが、与那城自身、モダンのオーケストラとの違いはあまり意識していないという。むしろ、作品本来の姿が見えてくることで、より歌唱と演技の自由度が高まるのではないかと期待を寄せる。北とぴあ国際音楽祭のプロダクションは、オーケストラと歌手、合唱、すべてが一体となって自由に音楽を作り上げていくのが特徴だ。共演歌手も芸達者ぞろい。“与那城ジョヴァンニ”がその中でどんな風に生きるのか、ぜひ自分の目と耳で確かめてみたい。

取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ 2016年11月号から)

北とぴあ国際音楽祭2016
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》(セミ・ステージ形式)

 
佐藤美晴(演出)
寺神戸 亮(指揮) レ・ボレアード
与那城 敬(ドン・ジョヴァンニ)
フルヴィオ・ベッティーニ(レポレッロ)
臼木あい(ドンナ・アンナ)
ルーファス・ミュラー(ドン・オッターヴィオ)
ロベルタ・マメリ(ドンナ・エルヴィーラ)
ベツァベ・アース(ツェルリーナ)
パク・ドンイル(マゼット)
畠山 茂(騎士長)
11/25(金)18:00、11/27(日)14:00
北とぴあ さくらホール
問合せ:北区文化振興財団03-5390-1221
http://www.kitabunka.or.jp