コンビーフときのこと経年劣化した輪ゴムについて
拝啓
こんにちは。お変わりないですか?
僕はと言えば今、キッチンでこの手紙を書いています。どうしてそんなところで手紙を書いているかというと、もちろん一刻も早くあなたに伝えなければならない究極のアップルパイのレシピが完成したからとかそういうわけではなく、うどんを茹でているからです。
うどんが茹で上がるの待ちながら、この待ち時間になにかできることはないかと考えて、そうだ、あなたに手紙を書こうと思い立ったんです。これがうどんじゃなくて、スパゲッティだったらもう少しおしゃれだったかもしれませんね。
でも残念、今日はうどんです。スパゲッティは先日作りましたから。
最近料理を始めたんです。僕は平均的な働きアリみたいにそこそこマメで、家事をこなすことは苦手ではないんですが、料理についてはずっと目を背けてきてこれまではまるっきりやることがありませんでした。
食事はすべて外食か、コロッケだか鶏の唐揚げだか象の姿煮だか、とにかく出来合いのものをその辺の店で適当に買って食べていました。手間を惜しんでいたわけです。独り身の男性には、まあ珍しくないでしょう。
しかし、最近考えを改めました。確かに手間はかかるものの、自分で料理を作れば自分好みのものを作れるし、健康にも気を使えるし、食費もかなり浮くし、いいことがたくさんありますよね。
それにかっこいいじゃないですか、料理が作れる男性って。自作のローストビーフを肩に担いであなたとピクニックに行ったりしたいんです、僕は。
ところで、僕が料理に対して長らく消極的な態度を取っていたことには大きく二つの要因があります。
一つ目は、先ほどから書いているように、やはりその手間です。
面倒くさいんですよね、要は。調理するだけならまだいいんですが、「料理」には運命をともにするいじわるでかわいくない兄弟がいるじゃないですか。洗い物っていう。
始まりがあれば終わりがある。料理をすれば後片付けもしなければならない。当然なんですが、これがどうもやる気を起こさせなかったんです。
もう一つの要因は、包丁です。
調理器具のなかでも象徴的な存在と言ってもいい包丁を、僕はうまく使うことができません。実をいうと、僕は先端恐怖症で刃物が苦手なんです。包丁を長い間見ていることができないんですよ。エクレアの端っこも尖って見えるので、縁日の焼きとうもろこしのように横からかじって食べるくらいです。まあ、それは嘘ですけど。
それに指を切ったりして怪我をするのも嫌じゃないですか……
ということで僕は、料理を始めるにあたってまず先ほどのふたつの壁にあたらない料理を作ってみることにしました。
要するに①手軽で ②包丁を使わない料理です。
いろいろ悩みましたが、スパゲッティにしました。
目玉焼きとかもっと簡単な料理はあるけど、それだと手軽すぎて料理している気がしなさそうだし、具材も切る必要のないものを選べば包丁を使わなくて済むので。
具材にコンビーフときのこを使った、コンビーフときのこのスパゲッティ(そのままですね)を作りました。
はりきって作った結果どうなったかというと、これが、大失敗しました。
僕がまともにできたのは鍋に水を張るところまでで、その後はスパゲッティを長時間茹で過ぎてべちょべちょにしたり、炒めた具を炭にしたりと散々でした。
ようやくできあがったスパゲッティは経年劣化した輪ゴムの束みたいな見た目をしていて、味もだいたいそんな感じでした。
おまけに僕には、乾燥した状態の重量がグラム表記されているスパゲッティが茹で上がったあとどれくらいの量になるかを推し量る能力「スパゲッティグラム感覚」が欠如していて、「だいたいこんなもんだろう」と300グラムもスパゲッティを茹でたので、僕ひとりで食べるのに三人前くらいの経年劣化した輪ゴムの束がうまれました。
うーん、さすがに落ち込みましたね。
料理をするときはレシピをきちんと確認した方がいいですよ。
その後大量の輪ゴムをどうしたかというと、もちろんすべて食べましたよ。
たまたまキッチンの棚にあったカレー粉をまぶして食べました。「ジャングルでは捕獲したヘビなどの野生動物にカレー粉をまぶして食べる」という海外で傭兵をしている人のサバイバル術を思い出したからです。いやあ、意外な形で役に立ちました。こうするとなんでもおいしく食べられるんですね。本当に助かりました。まさかコンクリートジャングルで使うことになるとは思いませんでしたけど。
そういえば、手紙を書くことに夢中になってうどんを茹でていたことを忘れていました。
ちょっと鍋の様子を見てきますね。
……戻りました。
うーん、また失敗ですね。うどんがとろとろになっています。なかなかうまくいかないものですね。
でもくじけずにもっと料理をたくさん練習しておきます。いつの日かきっとあなたに最高のローストビーフをごちそうしますよ。
念のためカレー粉も用意しておきますが。
それでは。
いつかまた宇宙のどこかで。
敬具
チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。