奈良ゆみ(ソプラノ) フォーレ最晩年の4つの連作歌曲集
奈良ゆみ(ソプラノ) ©Brigitte Enguerrand
現代音楽の分野で世界的に知られるソプラノ、奈良ゆみ。恩師メシアンの歌曲集「ハラウィ」など、その多くのCDが定評のあるものだが、今回彼女が手掛けたのは、フォーレ最晩年の4つの連作歌曲集である。現代曲の尖りとは対照的な、幻想的で柔らかな近代の響きも、奈良の心と自然に呼応するもののよう。モニック・ブーヴェのピアノも美しい。
「留学先のパリで巡り合ったソプラノ、ノエミ・ペルージャは、私のそれまでの発声法や読譜力など、全てを壊し再創造して下さった先生です。彼女がフォーレの高名な歌い手であったので、私もフォーレをレパートリーに加えて、中期の作品を中心にした一枚は以前ベルギーで録音しました。でも、今回はノエミへのオマージュとして、最晩年の歌曲集に絞ってみました。聴覚を徐々に失ってゆくフォーレが、そこで作り上げたピュアな響きと独自の音楽語法が詰まった作品群です。『幽(かそけ)き』という言葉が一番合うかもしれません」
ちなみに、この4作を1枚のアルバムに収録したのは、今回が世界初になるそう。
「そんなこと、全く知らずに録音しましたよ(笑)。特に『幻想の水平線』は女声が歌うこと自体が非常に珍しいようですが、私はただ『歌いたい!』という気持ち一つで向き合いました。4作ともドラマティックな起承転結を持つものではありませんが、魂の安らぎや天上の恍惚感を与えてくれる音楽だと思います。最初の『イヴの歌』の第1曲〈楽園〉は長大な曲で、イヴが生まれた時の歌なのに、やがて罪も死も経験する人生の無常観が既に漂っています。でも、おしまいの『幻想の水平線』の終曲〈船たちよ、我らの愛は…〉には、まさしくフォーレ最後の歌曲なのに、命の蘇りを強く感じるのです。だから、4作全部を聴かれたなら、輪廻またはJ.ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』にある『終わりあるいは始まり』という感覚を連想されるかもしれません」
今回収録の4作とも、既にリサイタルでは披露済みとのこと。客席の反応が毎回二分して面白いという。
「音楽通の皆さんからは『なんでこんな地味な歌曲集を?』と不思議がられます(笑)。でも、初めてご来場の方ほど『ずっと浸っていたい、美しい響きですね』と仰るんですよ。2番目の『閉ざされた庭』は調性が明瞭で歌いやすく聴きやすいのですが、3番目の『幻影』は女性の私家版詩集による歌曲集で、それは不可思議な詩の世界です…。聴いて下さる方が、どの曲でも、ご自分の心を音楽に素直に委ねて下されば嬉しいです」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ 2017年1月号から)
CD
『フォーレ イヴの歌◎閉ざされた庭◎幻影◎幻想の水平線』
コジマ録音
ALCD-7207
¥2800+税
2017.1/7(土)発売