『ミス・サイゴン』エンジニア役、駒田一にインタビュー
-
ポスト -
シェア - 送る
ミュージカル『ミス・サイゴン』。エンジニアを演じる駒田一。 写真提供:東宝演劇部
「僕のエンジニアは、多分アメリカには行けないと思います(笑)」
10月の東京公演を皮切りに、現在全国ツアーが行われているミュージカル『ミス・サイゴン』。1970年代のベトナム戦争で引き裂かれた、ベトナム人女性キムと米兵クリスの悲愛を描いたこの物語で、狂言回し的な役割を担うのが「エンジニア」だ。キムや彼女の息子・タムを利用して、アメリカ行きのチャンスを得ようとするしたたかな男。キムとクリスの「清」に対して「濁」の部分を体現しながらも、その必死な生き様にどこか共感を覚えざるを得ないキャラクターだ。このエンジニアを演じるキャストの一人・駒田一は2014年公演で初めてエンジニアとして登場し、今回が2回目の挑戦となる。東京初日が開く前に、駒田にこのミュージカルについてたっぷりと語ってもらった。
■エンジニアの思いをもっと明確に、ドンと出してもいいかなあ。
──エンジニアは、他のミュージカルのキャラクターで類似した役がすぐには思い当たらないぐらい、異色の存在ですね。
そうですね。これって非常に重くて切なくて、誰しもが目をそむけたくなるような戦争の話じゃないですか? それをキムとクリスの話だけにせず、エンジニアのようなふざけた所のある男をポンとセンターに置いたことが、この作品の1つの成功だったんじゃないかと、僕は思うんです。
──緊張感のある物語をふっとやわらげる、あるフィルターみたいな役割に思えます。
あの頃ってエンジニアみたいな人間が、うじゃうじゃいたと思うんです。良い悪いじゃなくて、ただ生き延びるために。そんな人がキムとクリスに関わっては離れてを繰り返すのが、あの時代の象徴であり面白さだと思います。でも一番いいフィルターは、やっぱり楽曲の素晴らしさ。
──『ミス・サイゴン』ならではの楽曲の良さというのは?
本当にメロディラインがきれい。誰もが口ずさめて、でもちゃんと歌おうとすると難しいという(笑)。この時期の激しい背景が反映されてるのかどうかはわからないけど、落ち着いてないんですよ。特に一幕は、全体的にキーが高い。カーン! カーン! カーン! って感じで、その人のその時の心情だけでなく、時代の空気も音楽で作っている気がします。
──その中でもエンジニアといえば、二幕の『♪アメリカン・ドリーム』が非常に印象的です。
それが俗に言うエンジニアのテーマなんでしょうが、実は僕は一幕の「生き延びたけりゃ俺、見習え」辺りから、ラストまでの一連がすごく好きなんです。エンジニアがタムを見つけて「新たな成功の材料が来た!」という流れから(キムの)『♪命をあげよう』が来たら「はいどうぞ、泣いてくださーい!」ってなるじゃないですか(笑)。たまらないですね、本当に。
──最初にエンジニアを演じた時の思い出は。
前回は(Wキャストの)市村(正親)さんが休演したこともあって、必死すぎて、毎日どうだったかよく覚えていないんですよ。記憶が飛んでる(笑)。でも自分がこの役をどこまでできたか、やりたいことは何だったのかを考えたら、まだまだ浅はかだったと思うんです。もっともっとこの男に興味を持って、もっともっと好きにならなきゃいけない。でも今回はすでに「この男が大好きだ!」という段階から稽古場に行くことができますから、次は彼の思いがもっと明確に…これはエンジニアだけでなく、エレンやジョンなどの周りの人たちもなんですけど、抱いている思いをもう少しドンと出してもいいかなあという話し合いを、今しています。
──それで駒田さんが演じるテナルディエは…。
あ、テナルディエの方がずる賢いですよね。
──すいません! エンジニアでした。(注:テナルディエは『レ・ミゼラブル』で駒田が長年演じている役)
いやいや、テナルディエの話もしましょうか? 全然しゃべれますよ(笑)。彼らには共通点があるんです。どちらも生きることに一生懸命で、そのためには手段を選ばないから、実際に最後まで生き残る。だから演出家にも(プロデューサーのキャメロン・)マッキントッシュにも「(駒田)一はテナルディエをやってるから、エンジニアもできるはずだ」と、最初に言われました。ただテナルディエは死体から平気で金歯を抜き取るような奴だけど、エンジニアは死体を見たら「(おびえた声で)おおお…」ってなる人(笑)。やっぱりテナルディエの方がしたたかですね。
エンジニアはベトナム戦争の過酷な状況から、必死で生き残る道を見つけていく。 写真提供:東宝演劇部
■「生き延びる」ということに純粋な男を、ただ一生懸命演じたい。
──話を戻しますと、駒田さんのエンジニアは「やんちゃ」という印象を受けました。
そうですね。僕(のエンジニア)は多分、アメリカに行けないと思う(笑)。行くとしてももっと遠回りして、次はカンボジア辺りにいるんじゃないかと。生きるために本当に必死こいてやってるんだろうけど、もっと正攻法で行きなさいよ、君! みたいな。
──演じながらツッコミたくなると。
なりますね。でも市村さんのエンジニアは、いつかアメリカに行きそうな気がするんです。それは演出家も言ってたんですけど、それはその人の考え方でかまわないって。最後のページに「行けますよ」って書かれているわけではないので、どういうアプローチで演じてもいいという。
──新しく加わるダイアモンド☆ユカイさんも、また違うアプローチになりそうですしね。
僕はユカイさんが新しいエンジニアに決まったと聞いた時「わっ! ぴったりだなあ」と思ったんですよ。すごく礼儀正しくて真面目な方なので、これから稽古でどんどんいい所を発揮されると思いますけど、多分それぞれのエンジニアになると思います。市村さんと駒田とユカイさんで全然違う。
──確かにエンジニアは自由度が高い分、役者の個性が一番出やすい役という気がします。
そうですね。演出家にも3人キャストがいたら、三者三様のエンジニアがいていいと言われますし。どれが正解というのがなくて、あっちからもこっちからも、上からも下からも攻めていける役だという言い方はされています。
──たとえば前回、市村さんのエンジニアから学んだ所とかはあったんですか?
舞台の段取り的な部分は真似しましたけど、心の中に関しては「真似することなんか何もないよ」と。実際「なるほどな」という部分もあれば「僕ならこうするのにな」と思う時もあったし、それは市村さんも僕に対してあったと思う。でもそれがまったく違ってても、この役はOKですからね。
──本当に悪い人と思っても、悲しい人と思っても、どっちもありだと。
でもね、そう決めつけて演じるのは、僕はすごく違う気がする。あるいは滑稽な人だと思っても。「ここはこうやった方が、かわいそうに見られるんじゃないか」「面白い人に見られるんじゃないか」と思って演じるのが、一番失敗するんですよ。彼はただ生き延びる手段として人を利用しまくるし、アメリカで夢をつかむために人にへいこらする。その辺りは純粋な男だと思うんですね、とっても。そこをとにかく一生懸命演じて、お客さんに「おかしいなあ」とか「かわいそうな奴だなあ」と、いろいろ思われたらいいのかなあと。
──純粋さを懸命に演じた上で、それをどうとらえられるかはお客様の自由ということですね。
実際、絶対エンジニアの評価は分かれるんですよ。100人いたら、100人とも意見が違うというぐらいに。だから僕自身が「こう思ってほしい」という風に演じちゃうと、それは嘘になると思うんです。そうじゃなくて、ちゃんとした嘘…って言ったら変ですけど、役者として、演劇としての正当な嘘が付けたらいいなあと。難しい話ですけどね。
──また世界が不穏な動きを見せている中で、戦争の生み出す悲劇を描いたこの作品が今上演されることには、大きな意味があるような気もします。
そうなんですよね。今はベトナム戦争を知らない人の方が多いかもしれませんが、その時代その時代で共感できることはあるだろうと思います。ストレートプレイで生々しくやったらえらいことになりそうなぐらい、すごく重い戦争の話の舞台が20年、30年演じ続けられているというのは、きっと何かが良いからなんですよ。やる側としてはそれをちゃんと感じて、そして考えて演じなければならないなあと。
──名作を次の世代に引き継ぐ役割もあると。
この作品の上演を続けていただけることを望んでいますね。今それをやっているのは僕たちだから、責任重大だと思っています。
(取材・文・撮影:吉永美和子)
ミュージカル『ミス・サイゴン』
<福岡>
■日時2016年12月23日(金・祝)~25日(日)
■会場:久留米シティプラザ ザ・グランドホール
<大阪>
■日時:2016年12月30日(金)~2017年1月15日(日)
■会場:梅田芸術劇場 メインホール
<名古屋>
■2017年1月19日(木)~22日(日)
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール
■オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
■作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
■音楽:クロード=ミッシェル・シェーンベルク
■演出:ローレンス・コナー
■出演:エンジニア:市村正親/駒田一/ダイアモンド☆ユカイ(交互出演)
キム:笹本玲奈/昆夏美/キム・スハ(交互出演)
クリス:上野哲也/小野田龍之介(交互出演)
ジョン:上原理生/パク・ソンファン(交互出演)
エレン:知念里奈/三森千愛(交互出演)
トゥイ:藤岡正明/神田恭兵(交互出演)
ジジ:池谷祐子/中野加奈子(交互出演)
■製作:東宝
■公式サイト:http://www.tohostage.com/miss_saigon/