ビートルズだけじゃない! 結成7年目をむかえ、進化を続ける「1966カルテット」のいまを聴く
1966カルテット
1966カルテット “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.6.4. ライブレポート
「クラシック音楽を、もっと身近に。」をモットーに、一流アーティストの生演奏を気軽に楽しんでもらおうと毎週日曜の午後に開催されている『サンデー・ブランチ・クラシック』。6月4日は、2度目の登場となる1966カルテット(イチキュウ ロクロク カルテット)が出演した。
この四重奏(カルテット)は、オフィシャルWEBサイトの表現に拠れば「クラシックのテクニックをベースに洋楽アーティストのカバー」をするグループで、その「1966」という名の通り、ザ・ビートルズをレパートリーの中心にしつつ(※註:ビートルズが来日し、日本中を熱狂させたのが1966年)、マイケル・ジャクソンやクイーンなどの様々な楽曲を、クラシック音楽的な要素も活かしつつカバーしている。プロデューサーを務めるのは、日本盤のビートルズ初代担当ディレクターとして知られる高嶋弘之氏だ。
『サンデー・ブランチ・クラシック』
『サンデー・ブランチ・クラシック』は、通常30分強ぐらいの短いプログラムが多いのだが、なんと今回のライブで彼女たちは書き下ろし編曲も含む、全10曲を熱演。さらには演奏の合間に爆笑トークを繰り広げ、気づけば約50分の大盤振る舞い。これでミュージックチャージが500円とは、にわかには信じがたいほど濃厚なステージとなった。堂々たるそのセットリストは次の通りだ。
1. 抱きしめたい(ザ・ビートルズ)
2. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(ザ・ビートルズ)
3. ヘイ・ジュード(ザ・ビートルズ)
4. クシコス・ポスト(難)(ネッケ作曲/松浦編曲)
5. 花のワルツ(チャイコフスキー/松浦編曲)
6. ペニー・レイン(ザ・ビートルズ)
7. ハード・デイズ・ナイト(ザ・ビートルズ)
8. エイト・デイズ・ア・ウィーク(ザ・ビートルズ)
9. 『アビイ・ロード・ソナタ』より第4楽章(加藤真一郎)
10. アンコール
言うまでもなくどの演奏も大変素晴らしいもので、トークとの相乗効果で会場を大いに沸かせていた。そして、代名詞であるビートルズカバーの見事さは、改めて褒めそやす必要もないであろう。彼女たちが試行錯誤しながら身につけた独自のスタイルは完全に板についたものであり、エンターテイメントとして最高に楽しませてくれるものであった。
1966カルテット
そうした中でもとりわけ印象に残った曲が3つある。1つめは「クシコス・ポスト(難)」(※読み方は「クシコスポスト カッコ ナン カッコトジル」)だ。運動会の定番音楽として有名なクシコス・ポストだが、「すごい大変なことをしている人が、常にどこかにいる……という編曲になっておりまして、それを見逃すとナンノコッチャっていうことになっております。だから皆さん瞬き厳禁です(笑)」と編曲者の松浦が語るように、珍しくクラシック音楽的な超絶技巧を披露をする1曲となった。チャールダッシュのようにテンポを落としてみたりすることで、この曲の新しい側面に光を当てたことも興味深かった。松浦が「今後披露されるかどうかは皆さまのアンケート次第(笑)」と語っていたが、拍手や歓声の大きさからも今後レパートリーとして定着するのは間違いないだろう。
松浦梨沙
花井悠希
2つめは、プログラム本編最後に披露された『アビイ・ロード・ソナタ』の第4楽章だ。その名の通り、この楽曲は単なるカバーではなく、ザ・ビートルズ後期の傑作アルバム『アビイ・ロード』(1969)に収録された楽曲を中心に再構成をおこなって全4楽章のソナタに仕立てられた作品だ。この第4楽章は、「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」の哀しい旋律にはじまり、その後細かなモティーフ(音型)が組み合わされたりしながら展開した後、ラストは「ゴールデン・スランバーズ~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」というビートルズファンにはたまらないオリジナル通りの順番でメドレーが続いていく。オリジナル通りに「キャリー・ザット・ウェイト」の中間部では「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」の旋律が登場するため、まるでソナタ形式の再現部のようにも聴ける……という凝った仕掛けになっている。
林はるか
江頭美保
加えて、「ゴールデン・スランバーズ~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」という流れは、現在ポール・マッカトニーのライブ終盤の定番でもあることを鑑みれば、今年4月27日に来日公演を聴いたばかりの彼女たちにとって『アビイ・ロード・ソナタ』の第4楽章は特別な感慨をもって演奏している曲なのであろう。事実、CDに収録された演奏よりも滋味豊かな味わいが感じられた。
1966カルテット
3つめ、最後に印象に残ったのがアンコールである。「この日のために“だけ”ご用意いたしました、今じゃなきゃ弾けない曲!」と松浦の紹介によって聴こえてきたのは映画『ラ・ラ・ランド』メドレー(ハーウィッツ/松浦編曲)だ。詳しくは後編のインタビューに譲るが、映画の終盤に流れる「エピローグ」を自由に再構成した編曲で、単にカバーするだけでなく、あくまでも自分たちの演奏スタイルが活きるように書かれたとても見事なものであった。
1966カルテット
50分間が余りにも短く感じられるほど、充実のライブを繰り広げた1966カルテット。なんと9月3日に、サンデー・ブランチ・クラシックへ再登場するという。新しい試みも披露されるとのことで、聴き逃すことのないよう今から手帳に書き込んでおきたいところだ(予約は8月3日から開始)。終演後のサイン会などを終えた彼女たちに、短い時間の中でたっぷりと話を聞かせていただいた。
――本日はとっても楽しいコンサートをありがとうございました! CDでは洋楽カバーだけを収録されていますが、実際のコンサートでは本日のようにクラシック音楽も演奏されるわけですよね。ロックを経験した後に、クラシック音楽の演奏をすることで何か気付かれたことはありますか?
江頭:クラシックをやっていたときは、クラシックの世界しか知らないので、奏法とか全てがナチュラルなものなんです。だけどロックの世界で色々なことを経験して戻ってくると、クラシックってこういうものだったんだなと再確認できるんですよ。だからこそ俯瞰でみることが出来たなと思います。
林:私も同じで、クラシックに戻ってきたときに更に美しさだったり、響きの豊かさを再発見できて本当に良い曲だなと思うときもあるし、戻ってきたときにロックとか色々なところで得た技術だったり奏法をもって、こういうアプローチも出来るんじゃないかなっていうのがアイデアを持つように出来るようになったなと思っています。
インタビュー中の様子
――今回は2曲、クラシック音楽のレパートリーを弾いてくださったわけですが、こちらの選曲はどのように決めていらっしゃるのでしょうか?
花井:ヴィオラがいない変則的な編成なのですが、メロディーとハモるオブリガードの部分をヴァイオリン2本でやることにより凄くピタッとはまって、歌のように聴こえる部分もあるんですね。だからクラシックでも、メロディーとかハーモニーとかが綺麗に飛ばせそうな曲を考えながら選んでいます。
――例えば今回のプログラムだと、まさに「花のワルツ」が、ツインボーカルならぬツインヴァイオリンの良さが活かされていましたね。
江頭:あと、ロックをやってからなんですけども、とにかくアップテンポでノリがいいものが好きなんですよ、みんな。クラシックをやる時でも、やっぱりそういう曲になったときのスイッチの入り方っていうのは違うものがあるなと。
――アップテンポというと、もう一方の「クシコスポスト(難)」がそれにあたるわけですが、何故こういった少し変わった編曲をされることとなったのでしょう? リーダーの松浦さんが編曲されたと伺いました。
松浦:はい、みんなで何をやろうと話に出たなかに「ラデツキー行進曲」(J.シュトラウス1世)があったんですよ。でも、これを4人でやってもなぁ……、つまんねえなぁ……みたいなのがあって。そういう系統の曲を色々探していたときに「クシコスポスト」やったら楽しそうやし、子どもが聴いて楽しめる曲をたくさん仕入れとこ、と思ったからこの曲に辿り着いた……んだが、普通にやっても面白くないなと思って。そのとき何となく子ども向けというイメージがあったから、「お姉さんたち、こんだけ出来るのよ!」っていう(笑)、「ス、スゴイっ!」って、子どもが「ディズニーとかを弾いている綺麗なお姉さんじゃないんだ、この人たちっ!」ってなる曲を作りたいなっていう思いから「(難)」が生まれたんです。
江頭:涼しい顔してみんなが弾いているよりは、みんなが「ヒーヒー」言いながら弾いている方が確かに格好いいよね。
松浦:ねっ! なんか「わぁ~~!!!(拍手)」ってなるやん。
花井:ビートルズとか弾いている格好良さと、また違う格好良さがありますよね。
インタビュー中の様子
――クラシックの演奏の際にひとつ気になったのですが、ピアノ以外のパートはすべての曲目で暗譜されていましたよね。クラシックの世界では通常、室内楽は楽譜を見て演奏するわけですが、なぜクラシックの演目でも暗譜をされるのでしょう?
花井:ビートルズとかのレパートリーをずっと暗譜でやってきたから、クラシックだけ譜面台を出してきたら、くそダサイじゃないですか(笑)。これまでやってきて、譜面台を置かない良さをすごく感じてきているので。自分たち演奏している側も、楽譜を見ているときより音ひとつひとつがちゃんと聴こえてくるし、感覚が研ぎ澄まされて演奏できる感じがするので、辛いけど覚える(笑)。
松浦:そんなカツカツに私は楽譜を用意しないんです。ちゃんと計画を立てて、これぐらいに編曲できました、楽譜渡しました、いつに合わせします、って。
一同:そうそう!
松浦:覚えられますよね? ……これで覚えられなかったときの圧力は凄いですよ!(ドヤ顔)
一同:(爆笑)
――アンコールの『ラ・ラ・ランド』メドレーも、初お披露目とのことにも関わらず暗譜だったので驚かされたのですが、こうして皆さんの計画性によって実現されているんですね。ちなみに、映画『ラ・ラ・ランド』は、今年の前半にとても話題になったわけですが。皆さんは映画はご覧になられたのでしょうか?
全員:観ました!
松浦:最後のシーンの顔が良かった……。
――演奏する際には、そうした映画の具体的なシーンを思い起こされるのですか?
花井:思い出しますけど、でもまず曲として美しいじゃないですか。
――確かにそうですね。そして折角、松浦さんが編曲され、皆さんも暗譜されたわけなので、今回こっきりではなく今後もレパートリーとして取り上げられるのでしょうか?
全員:でも、賞味期限が……(苦笑)
花井:DVD出ちゃったらダメかなぁ……?
松浦:DVDが出て、『アナ雪』のように盛り上がったらまた演奏しても良いけどね。でも、これはライブの途中には入れづらい。
花井:でも、やりたい。
松浦:そう!
花井:映画観ちゃうと、曲の良さをすごく感じるし、みんな弾きたいから弾いてるんだと思うけど(笑)。弾きたくなる曲だから「やりたい!」とはなるけど入れれないもんね、どこにもね……。
終演後にはサイン会も
――そう思うようにはいかず、悩ましいですね……。さて話は変わるのですが、花井さんは1966カルテットを結成される前から、ソロでメジャーデビューされ、CDを出されたり、『新堂本兄弟』などのテレビ番組に出演されたりしていましたよね。その頃と、今日の「ハード・デイズ・ナイト」でのようなシャープで、フィドル的なフィーリングのある演奏を比べるとまるで別人のようです。こうした演奏スタイルの変化についてご自身はどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?
花井:みんな、はじめは壁があったと思うんですけれど、自分たちがやってこなかったステージをこなしていくうちに、ロックな部分や格好良いと思える演奏スタイルが無理をせず自然に出せるようになってきた実感があります。それが板についてきた感じでしょうか。私と(松浦)梨沙ちゃんの演奏スタイルは初めはすごく違ったし、彼女はすごくロックに弾くのが得意な部分があったから、そっちから影響を受けている部分もすごくあると思うし、真似しようと真似してなくても見ているうちに動きとかどんどん、こう何というか、こんな……(と言いながらジェスチャーで表現しようとする花井)
一同:(……え?)
花井:侵食?
松浦:侵食されてんの私たち?(笑)
花井:融合!
江頭:化学反応?
――ポジティブに言えば「相乗効果」みたいな感じでしょうか?
花井:本当にそうです!
松浦:すごいグロテスクだったよね、侵食って(笑)。
一同:(笑)
――そうしたメンバーからの影響って、他の方はありますか?
林:良い意味でスタイルがみんな違うので。
江頭:でも、あんまり劇的に変化したというより、みんなが自然に一緒に変わってきた感じがあります。いつどこでというよりは、年月が経ってみたらこうなっていたという感じですね。
インタビューの様子
――最後に今後の活動について聞かせてください。個々のメンバーが何をしたいかというよりも、グループとして今どんな可能性を感じていらっしゃるかについて、お伺いできればと思います。リーダーの松浦さんはどのように考えていらっしゃいますか?
松浦:私の考えは、皆がよくわかっておる。
――では、他の方お願いします(笑)。
花井:ちょうどそういう話をここ最近していて、ビートルズやクイーン、マイケル・ジャクソン、クイーンをやってきたように、やっぱり洋楽をやるのがベースにあって、7年間ビートルズを続けてきたというのは私たちの大事な軸だなと思うんです。だからビートルズという軸があるならば、他の洋楽をアーティストごと丸々カバーするのではなく、私たちの編成で合いそうな曲とかそういうものを下手に型にとらわれずに、もうちょっと自由に良いと思う曲はやっていってもいいのかなって気がすごくしています。いま、ちょうどそうやってアレンジを作ってもらったりとかやってたりとか、音を実際に出してみたりとかもしているんです。1アーティストを十数曲やるのではなく、気になった曲をピックアップして、次回の『サンデー・ブランチ・クラシック』ではやろうと思っています。
江頭:色んな曲がある中から、本当にやりたい曲を選んでくることになると思います。ビートルズをやっていたときは、ビートルズの看板のもとでやっていましたけど、今度はもっとより自分たちの「これをやりたい!」が入ってくるんじゃないかな。
林:ビートルズの時とはまた違ったアイデアが生まれてくると思うので、そこでまた自分たちも成長できたらいいなと思っています。
――このあとには、東京以外での公演も控えていますね。
松浦:7月1日には岡山公演(おかやま未来ホール)、7月14日には名古屋公演があります。
花井:今年の4月にポール(・マッカートニー)の来日公演で聴いてきた私たちの感動を皆さんにぶつけたいと思います(笑)。
松浦:名古屋公演はvol.2になるので、前回のvol.1に来てくださった方にも楽しんでいただけるような、ビートルズなんだけど、なんかこう、前のビートルズとはまた違うぜ……みたいな。
花井:成長したってこと?
松浦:……とか?(笑)。他にも、vol.1では聴けなかったあの曲とかこの曲とか。
江頭:いっぱいあるもんね。
――vol.2もすごく盛り上がりそうですね(笑)。本日は楽しいお時間をありがとうございました!
1966カルテット
時には、クラシック音楽以外のジャンルも楽しめるサンデー・ブランチ・クラシックは毎週日曜の午後1時から。毎週、バラエティ豊かな一流音楽家の演奏を楽しめるので、まずは公式サイトで今後ラインナップをチェックしてみよう。
取材・文=小室敬幸 撮影=福岡諒祠
坂本真由美/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
7月9日
ピーティ田代 櫻/チェロ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
7月16日
藤田真央/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
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