東京初! 謎多き日本画家の回顧展『没後40年 幻の画家 不染鉄』をレポート

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『没後40年 幻の画家 不染鉄』(会期:7月1日~8月27日、会場:東京ステーションギャラリー)

『没後40年 幻の画家 不染鉄』(会期:7月1日~8月27日、会場:東京ステーションギャラリー)

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東京ステーションギャラリーで、7月1日(土)から8月27日(日)まで『没後40年 幻の画家 不染鉄』が開催されている。苗字は不染(ふせん)、名は鉄(本名は哲治)。過去に美術館で開催された回顧展はたったの一度きりと、その画業の大半が謎に包まれた、まさに“幻の画家”だ。本展は、没後40年の節目に東京で初めて開かれる回顧展。代表作はもちろんのこと、新たに発見された作品や絵はがき、焼物など約120点で不染の画業に光を当て、その魅力に迫る。

生涯を通して描いた「家」

「家」を画題にした初期作品

「家」を画題にした初期作品

不染が晩年に至るまで描き続けた画題が「家」だ。1891(明治24)年、不染は東京・小石川で僧侶の父と由緒ある家柄の未亡人の母との間に生まれたが、20歳前後で両親を亡くした。家族というものから縁遠かっただけに、「家」というモチーフを好んで選んだのには家族への思いや憧れが根底にあったのかもしれない。作品全体にどことなく寂しげな雰囲気が漂うのも、そうした出自が影響しているといえそうだ。かといって、悲壮感が前面に出るのではなく、温かみを感じるのは不染の心持ちや人柄からくるものなのだろう。

手前は《ともしび(裏面 海)》(昭和40年代後半、奈良県立美術館蔵)

手前は《ともしび(裏面 海)》(昭和40年代後半、奈良県立美術館蔵)

また、不染作品の特徴の一つに、絵の中にしばしば綴られる言葉が挙げられるが、その素朴な筆跡やほっこりとする言葉遣いからも不染という人間が垣間見える。

大正期に描かれた初期作については、展覧会という形でお目見えするのはほぼ初めてとのこと。中学卒業後、1914(大正3)年に日本美術院研究会員となった不染は、墨の濃淡やぼかしを使って表現する「朦朧体(もうろうたい)」や「片ぼかし」といった、日本美術院の当時の画家たちがよく用いた手法を取り入れつつ、独自の表現を追求していった。

自由な視点で、独自の「薬師寺東塔」と「富士山」を描く

「家」の他に、不染が繰り返し描いたのが、奈良の「薬師寺東塔」と「富士山」だ。いずれも見たものをそのまま描くのではなく、自身の心に浮かぶ情景を融合させ、新たな風景を再構築して絵にしている。

左は《薬師寺東塔之図》(昭和40年代頃、個人蔵)、右は《奈良風景》(昭和21年、奈良県立美術館蔵)

左は《薬師寺東塔之図》(昭和40年代頃、個人蔵)、右は《奈良風景》(昭和21年、奈良県立美術館蔵)

《薬師寺東塔之図》(昭和40年代頃、個人蔵)では、中心にある薬師寺東塔を真横からの目線で描いているのに対し、背景である奈良の里山は俯瞰したような目線で描かれている。現実ではありえない複数の視点からの景色が一つの絵になっており、パッと見て不思議な感覚に襲われる作品だ。さらに近づいて見ると、稲刈りをしている人や畑を耕している人など、俯瞰では見えるはずのない、小さな里山の日常風景が細かく描き込まれている。その細やかな描写には、人々の暮らしに対する不染の慈しみの心を感じずにはいられない。

《山海図絵(伊豆の追憶)》(大正14年、木下美術館蔵)

《山海図絵(伊豆の追憶)》(大正14年、木下美術館蔵)

富士山を描いたもので同じように一見して不思議な感覚に陥るのが、《山海図絵(伊豆の追憶)》(大正14年、木下美術館蔵)だ。絵の下から1/3に太平洋の海岸線が描かれていると同時に、富士山の向こう側には雪の積もった日本海側の集落が見える。まるで本州を横断するかのように全体的には俯瞰しているにも関わらず、太平洋の海を泳ぐ魚や日本海沿岸の家々などは細密に描かれている。“俯瞰”と“接近”の2つの異なる視点を交えて描いた不染の代表作の一つだ。

場所も時間も超越 心で“旅した”画家

東京で生まれ育った不染だが、若いころは方々を転々としてきた。日本画を学んでいた20代前半に突如として伊豆大島へと渡り、漁師のような暮らしをしながら3年間を過ごしたかと思えば、その後、27歳で京都市立絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)に改めて入学し、首席で卒業。帝展にも度々入選し、高い評価を得ていたが、戦後は画壇を離れ、50代半ばからは奈良に定住し、晩年に至るまで制作を続けた。

左:《南海之図》(昭和30年頃、京都国立近代美術館蔵、展示は7月30日まで)、右:《南海之図》(昭和30年頃、愛知県美術館蔵)

左:《南海之図》(昭和30年頃、京都国立近代美術館蔵、展示は7月30日まで)、右:《南海之図》(昭和30年頃、愛知県美術館蔵)

不染が生まれた東京・小石川の光円寺にある「お化けいちょう」を描いた作品

不染が生まれた東京・小石川の光円寺にある「お化けいちょう」を描いた作品

定住したとはいえ、不染はある意味、“旅人”であり続けたといえる。若かりしころの放浪の旅は、不染の心に様々な風景を焼き付けていったに違いない。目の前の対象から、心に浮かぶ風景へと旅することで、複数の視点を交えて自由に描くことができたのではないだろうか。そして、制作三昧の日々を送った晩年には、時間を旅するかのように人生の記憶を辿り、伊豆大島での暮らしを呼び起こすような「海」や「漁村」、生家にあった大きな「いちょう」を度々描いている。

不染鉄

不染鉄

「芸術はすべて心である。芸術修行とは心をみがく事である」との言葉を残した不染鉄。美術館での初の回顧展は、奈良県立美術館で開催された21年前のこと。果たして、次にこれだけの不染鉄作品が一堂に会するのはいつになることか。この機会にぜひ、不染鉄の心を映した作品群を目にしてほしい。

イベント情報
没後40年 幻の画家 不染鉄
 
会期:2017年7月1日(土)~8月27日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
休館日:月曜日(7月17日は開館)、7月18日
開館時間:10:00~18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで
入館料:一般900(800)円 高校・大学生700(600)円 中学生以下無料
※( )内は20名以上の団体料金
※障がい者手帳等持参の方は100円引き(介添者1名は無料)
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/

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