角野隼斗×フランチェスコ・トリスターノ、ジャズの聖地・ブルーノート東京に登場!~楽屋裏トークを交え “Unstoppable” な公演を振り返る~
筆者にとっては初ブルーノート。日頃コンサートホールでクラシックを聴いている人間にとって、洒落た入り口から地下へと続く階段を降りていくだけでも、やや緊張する。だが、会場内に入ると、料理のいい香りと、各テーブルに揺れるキャンドルの明かりに優しく包まれ、すぐにリラックスできた。
この日はなんと、スペシャル・カクテルがあるという。角野隼斗をイメージして作られたというではないか。やや言い訳じみているが、「これもお仕事!」と割り切って、お酒をいただくことにした。なんとも爽やかなレモン色のカクテルが運ばれてきた。イメージにぴったりだ!「ハ」ヤト・「スミ」ノから連想して八角を使っているという。とても飲みやすい優しいお味。さりげなく酔いしれてしまうこの感じ、まさに角野の音楽そのものだ……
スペシャルカクテル(撮影=飯田有抄)
などと浸っているうちに、客席が暗くなり、いよいよ角野とトリスターノが登場。近い! ブルーノートのステージ、近い! 筆者は上手側(ってこういう場所でも言う?)の後方テーブル席であったか、それでも二人が「そこにいる」感が十分にあった。ワクワクする。
冒頭はジョー・ザヴィヌルの代表作「バードランド」。フレンドリーでノリのいいナンバーで幕を開け、さっそく客席からも手拍子が響く。角野も笑顔で応えていた。
「トリスターノはクラシック、エレクトロニクス、ジャズなど垣根なく活動しているところが素晴らしい。1年越しで今夜のライブを実現することができました」
そうした角野のあいさつに続いて、2曲目のJ.S.バッハへ。
やや意外であるが、二人が選んだのは原曲がオルガンのための作品であった。《パストラーレ》ヘ長調BWV590だ。弱音の序奏で幻想的に世界が広がる。じわじわと音楽の輪郭が姿を現し、角野とトリスターノのバッハが展開していった。二人のみずみずしいクリエイティヴィティと、ドイツ音楽の土壌とが目の前で掛け合わされてゆく。角野はつぶやくような音色で即興的にメロディーを紡ぎ出す。高音域のハーモニーも実に繊細だ。トリスターノはクラシカルなタッチで主旋律を浮き立たせ、安定感のあるパルスを感じさせる。互いの音を聴き合い、尊重し、対話することで、立体的で理想的なポリフォニーの音場が生まれた。そうなると、ごく自然にオルガンのようなサウンドになるのだった。
どこまでが楽譜通りで、どこからが二人のオリジナルなのか、そして即興なのか、もはやよくわからない。わからなくなっていいのだと思う。音楽がごく自然に、その場に生成されていくことに立ち会えることが尊い。
本番に先立つリハーサルにおいて、この曲のセッションについて、角野は次のように語っていた。
「楽譜から離れることは、楽譜を深く理解しているからこそできる。それを今回、僕はトリスターノとの演奏を通じて改めて感じました。二人でバッハのアレンジを弾きますが、イントロに幻想的なインプロを加えたり、ハーモニーを変えたりもします。楽譜通りに弾かないところをどうするか決めるのは、バッハの音楽がネイティヴ言語のように習得しているという確固たる感覚がないとできない。ぼくはまだ不安もあるけれど、トリスターノはその豊かな経験から、その感覚を持っている。実際二人で弾いてみると、バッハ的なサウンドに一層近づけたりするので、とても刺激的です」
トリスターノもまた、角野との演奏には特別なものを感じているようだ。
「初めて会った時、一緒に弾きはじめて5分も立たないうちに、僕らは問題なくタイミングが合った。だれとでも合うわけじゃない。僕らはリズム語法で通じ合えるものがあると感じた。一方で、ハーモニーはお互いに違う感覚をもっているんだ。そこで音楽的な対立や摩擦が起こるのは、実はとても重要。違いやコントラストがないと面白くないからね。僕の弾くハーモニーに対して、かてぃんは思いもよらない響きで反応する。『そうくるか!』と僕がまた応えると、彼はまたスピーディーに面白く返してくれる。そうやって、僕らはリハーサルでありとあらゆる可能性を試し、広げている。毎回変わるんだ。本番では二人ともまだ経験していない領域にいくと思う」
その言葉通り、早くも2曲目のバッハで、二人はこの夜にしか生まれ得なかった、新しい境地の音楽を聴かせてくれたのだった。