尾上松緑が主演した『荒川十太夫』、新作歌舞伎の優れた脚本に贈られる「大谷竹次郎賞」を受賞
(左から)尾上松緑、竹柴潤一
2023年1月18日(水)に第51回 令和四年度「大谷竹次郎賞」の授賞式が、松竹株式会社の本社・東劇ビルで行われ、『赤穂義士外伝の内 荒川十太夫』の脚本を担当した竹柴潤一に賞が贈呈され、主演をつとめた尾上松緑が祝福に駆けつけた。
新作歌舞伎の優れた脚本に贈られる「大谷竹次郎賞」(松竹株式会社、公益財団法人松竹大谷図書館 主催)は、毎年1月から12月までに上演された作品が対象。
選考委員は、水落潔(演劇評論家)、平岩弓枝(作家)、齋藤雅文(劇作家・演出家)、古井戸秀夫(東京大学名誉教授)、大谷信義(松竹株式会社 取締役会長)、山根成之(松竹株式会社 専務取締役・演劇本部長)の6名。昨年12月に行われた審査の結果、令和四年度は、10月歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎』(令和4年10月4日初日~27日千穐楽)の第一部で上演された『赤穂義士外伝の内 荒川十太夫』が選出された。「大谷竹次郎賞」はこの二年間、受賞作がなかったため、令和元年度以来、三年ぶりの受賞作となる。
令和4年10月歌舞伎座『荒川十太夫』 /(C)松竹
授賞式では、選考委員の水落潔より選考経過報告の後、大谷竹次郎賞を受賞した竹柴潤一へ賞状と賞金、副賞の記念レリーフ(荒川明照製作)が贈られた。第48回 令和元年度の「大谷竹次郎賞」で新人を対象とした奨励賞を『本朝白雪姫譚話』(令和元年12月歌舞伎座)で受賞した狂言作者の竹柴潤一は、今回、初の大谷竹次郎賞受賞となる。
(右)竹柴潤一
選考委員を代表し、水落潔より、今回の選考理由として、「歌舞伎でもなじみ深い忠臣蔵ものの講談を新作歌舞伎として上演した作品で、俳優の個性を生かしながら登場人物をしっかりと描き、人間の情に訴えかけたまとまった作品として仕上げた点が評価されました。その作者の竹柴潤一さんはもちろん、企画から主演をなさいました松緑さん、色々とご苦労もあったかと思いますが、その成果が上がったことに敬意を表します。おめでとうございました」と選考経過報告があった。
そして竹柴潤一から受賞の言葉、『荒川十太夫』で主演をつとめた尾上松緑の祝辞があり、選考委員からは作品に対する称賛の声が多くかかる中、最後に記念撮影が行われ、授賞式は和やかな雰囲気で締めくくられた。
竹柴潤一 受賞の言葉
竹柴潤一
この度は大谷竹次郎賞を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。自分が書いたホンだけではなく、松緑さんをはじめご出演いただいた俳優の皆様、音楽の皆様、衣裳や鬘を考えてくださった皆様、そして、日々の公演を支えてくださいました劇場の皆様、全員で頂戴したものを、代表して僕が頂戴させていただいているのではないかと思っております。夢のようでございます。
お話をいただいた時に、講談を歌舞伎にするということは、かつて河竹黙阿弥さんが講談から題材を取ってきて歌舞伎にするということが多くございましたので、狂言作者の末流にいる僕がそんなことをやっていいのかなと思ったんですけれども、元より大好きな演芸の道でございますので、喜んで取り組ませていただきました。コロナを挟みましたので少し時間がかかりましたが、皆様と協議を重ねて、このようなホンが生まれ、初日を迎えることができました。
以前、大谷竹次郎賞で奨励賞を頂戴した際に、選考委員でもある(新派文芸部の)齋藤雅文先生が「自分が書いたホンを自分で進行するのは大変だよ」ということをおっしゃいまして、いつか僕にその時が来るのかなと思ったんですけれども、今回、自分が書いたホンを自分で進行するということは、自分が書いた脚本をどこかで客観視することが大変で、そのことに少し時間がかかりました。おかげさまで病気もなく、怪我人もなく、ひと月の公演を無事に終えられたことはとてもありがたかったです。改めて御礼申し上げます。
最後に、自分のことで申し訳ないんですけれども、僕がこの狂言作者の世界に入った時に、昔の歌舞伎座の楽屋口のところで、たまたま亡くなられた十八代目の(中村)勘三郎さんとすれ違いました。その時にはまだ右も左もわからないような僕に、中村屋さんが「君ね、ホンが書けるようになりなさいよ!」って言い残して、帰られたんです。それを聞いて、いや、本当にそんなことができるのかなとずっと思っていたんですけれでも、今回の受賞で、少しは中村屋さんに恩返しができたのかな…。まずはご報告ができるようになったのかなと思っております。
この賞がゴールではなく、演芸の方で言えば、やっと真打披露ができるのかなと思いますので、これからも精進して、皆様に楽しんでいただけるホンを書いて、歌舞伎の裾野を広げる、世間に広げられることができればいいなと思っております。本日は皆様、本当にありがとうございました。
尾上松緑 祝辞
尾上松緑
本日はありがとうございました。そして、この作品を選んでくださいました皆様、本当にありがとうございます。私は講談がとても好きでございまして、講談を高座に上がっている講釈師の方から聞くときに、あ、この作品はどうやったら歌舞伎になるかなということをよく考えながら聞いておるわけでございます。そんな中で、この荒川十太夫という作品を聞いた時に、もうこれはそのまま歌舞伎になるなと思いました。
今、色々な作品が新しい歌舞伎として生み出されている中で、私の考えとしては、やはり、今まで歌舞伎にあったセオリーを組みかえるだけで、歌舞伎の約束事の中で新作の歌舞伎というものは生まれてくるのではないかということ。もちろん、セリやすっぽん、ライティングは使いましたけれども、極力、新しめの、奇を衒ったようなことをしないで、新作を作っていきたいということがベースでありました。
そのことを潤一君もそうですし、松竹の制作、演出の西森さんと相談しながら作っていった結果が、このように皆様に評価していただけることとなったのは、本当にありがたいことですし、また協力してくださいました神田松鯉先生、伯山先生にも顔向けができるのではないか、という風に非常に嬉しく思っております。神田松鯉先生、伯山先生もよくおっしゃっていることではございますけれども、講談は宝の山だというようなことを、私も講談を色々と聞いている中で、やはりこれは歌舞伎に適しているなと思うような作品というのは多々ございます。
講談ではなく落語でございますけれども、『人情噺文七元結』や『怪談乳房榎』も歌舞伎に移植されまして、それが今ではもう当たり前に歌舞伎の狂言として、見取り狂言の中に掛かっています。この『荒川十太夫』もそういう風になっていけばいいなと。また、次にもし掛かるチャンスがあるのでしたら、ブラッシュアップをしなければいけないところは、もう頭の中にございますし、まだまだ講談の中から掘り起こしたいような作品というのはたくさんございます。
『荒川十太夫』を作る時に、本当にしつこいぐらい潤一君にもみんなにも話をしていたのは、真山青果作品や岡本綺堂作品の系譜に通じるようなものを作っていきたいということでした。『荒川十太夫』は『元禄忠臣蔵』に割と寄せて作っていったものだと思うんですけれども、その中でこのノウハウを生かした新作ができ、作り上げられたというのことは本当に嬉しく思いますし、これからもこういう試みはやっていきたいと思います。そのためにも、潤一君にもまたこれから力を貸していただけかなければいけないと思います。
カンパニーが一丸となったことが、潤一君が賞をもらって、お客様に喜んでもらえたことだと思っておりますので、これを糧に、また、古典も自分の中では大事なものでございますけれども、その古典に準じたような新作をこれからも、皆さんと協力して作っていきたいと思います。またどうぞ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
(祝辞の後に選考委員とやりとりする中で)
僕自身はどちらかというと、ハッピーエンドよりも、バッドエンドの作品が好きで、歌舞伎の書き物でも『暗闇の丑松』や『名月八幡祭』、『坂崎出羽守』など、父(初代尾上辰之助)のイメージがあるからなんですけど、非常にシンパシーを感じています。
ただ、今、このコロナの中で、いくら名作だからといってバッドエンドのものをやっても、お客さんは望まれないのではないか。今回の『荒川十太夫』という作品が、大きいハッピーエンドではなくて、本当にささやかなものかもしれないんですけれども、逆にそういうものをお客さんが求めていたんじゃないかな、という風に思いました。特に今のように、人の心が優しくなく、疲弊してる時には、ちょっとほっこりするような気持ちで、そういうものを目指して。ささやかなハッピーエンドということは、みんなが目指す目標のゴールとして、その旗が立っていたので、みんなが同じ方向に向けたというのを、すごくありがたかったなと、やっていて思いました。
(左から)竹柴潤一、尾上松緑
なお、尾上松緑は2月2日(木)歌舞伎座にて開幕する、『二月大歌舞伎』(第一部『三人吉三巴白浪』、第二部『船弁慶』)に出演する。
公演情報
歌舞伎座『荒川十太夫』特別ビジュアル