キャラメルボックスが放つ120分2作品同時上演『きみがいた時間 ぼくがいく時間』『フォーゲット・ミー・ノット』レビュー

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2016.3.23
『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

劇団創立31年目を迎えた演劇集団キャラメルボックスが、「2時間の2作品を同一キャストで上演」するという挑戦を果たしている『きみがいた時間 ぼくがいく時間』『フォーゲット・ミー・ノット』が池袋のサンシャイン劇場で上演中だ(27日まで)。


その30年余の歴史の中で、これまでにも様々な「チャレンジ」に取り組んできたキャラメルボックスだが、120分の2作品を同一キャストによる2本立てで上演しようというのは、もちろん初めての試み。たっぷり2時間の、異なるストーリーであり、かつ互いに密接なつながりもある作品を、14名の役者全員が双方に出演して上演するというのは、並大抵の労苦ではないと思われるが、それをむしろ楽しそうに、生き生きと爽やかに演じているところに、この劇団の個性がくっきりと表れている。あくまでも重くなり過ぎることがなく、常にファンタジー性を感じさせるエンターテイメントが、この相当に負担の大きいだろう上演形態にあっても、崩れることはない。
 

『フォーゲット・ミー・ノット』

『フォーゲット・ミー・ノット』

作品は、SF作家の梶尾真治の傑作短編シリーズ、「クロノス・ジョウンターの伝説」からなる2つの物語だ。キャラメルボックスは、この「クロノス(時を司る神の名)シリーズ」と呼ばれる作品群を長く舞台化してきていて、『きみがいた時間 ぼくがいく時間』は大幅に改定を加えた8年ぶりの再演。『フォーゲット・ミー・ノット』は、シリーズの設定を使って、作・演出の成井豊が書き下ろしたオリジナルの新作となる。2つの物語に共通するのは「クロノス・スパイラル」と呼ばれる「物質を39年前の過去」に送り出す所謂、タイム・マシンの存在。ただし、このタイムマシンは開発の道遥かに半ばで、1度過去に戻ったら最後、現在に戻ってくることはできない。一方通行の過酷な装置だ。

『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

それを承知で「クロノス・スパイラル」に乗り、ただ愛する人を救う為に、39年前へと向かうのが『きみがいた時間 ぼくがいく時間』の秋沢里志(阿部丈二)。彼は、最愛の妻紘未(林貴子)と、紘未のお腹にいた2人の子供を交通事故で失う。事故当日に、自分が傍についてさえいれば、という後悔と無念に苛まれた里志は、その運命の1日に、紘未を守り抜こうとする一心で、自分が生きていた2009年の現代から、1970年へと時を遡る。当然その運命の1日にたどり着く為に、全く見知らぬ時代で、里志は39年間を生き抜かなければならない。そんな格闘の日々の中で、出会う人々、更に次々と降りかかる困難と運命が舞台に描かれていく。

『フォーゲット・ミー・ノット』

『フォーゲット・ミー・ノット』

一方、『フォーゲット・ミー・ノット』では、その「クロノス・スパイラル」に乗って、2010年から1971年へとやってきた春山恵太(筒井俊作)は、時を跳んだ衝撃で頭を打ち記憶を失ってしまう。彼が何の為に時を跳んだのか、それ以前に本人自身に未来からやってきた人間だという自覚がない。何かを思い出そうとすると、頭に浮かぶのは「クロノス・スパイラル」という謎の言葉だけだが、もちろんその意味は、倒れていた彼を助けた吉野てるみ(木村玲衣)をはじめとしたその家族にも、恵太本人にもわからない。わからないままに、恵太は吉野家が経営する鄙びた街の映画館で働くようになり、吉野家の人々と色濃い交流を持ってゆく。

『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

2つの物語に、引いては原作である「クロノス・ジョウンターの伝説」世界に共通しているのは、人が人を思う、その強さだ。おそらく人は、「もしあの時に別の選択をしていたら?」や、「あの時に戻ってもう1度やり直せるなら」の思いを、きっといくつかは胸に秘めているに違いない。時を駈けるタイムトラベルというSFファンタジーが、輝きを失わないのはその為だ。だが、この物語に登場する人々の思いは、自分自身の為にではなく愛する誰かの為に注がれている。彼らはその強い愛故に、むしろ自分の幸福は全く顧みずに時を跳ぶのだ。

『フォーゲット・ミー・ノット』

『フォーゲット・ミー・ノット』

ただ愛する人の為に。こうなると、まるで話は違ってくる。これだけの思いを誰かに持つことができるか?と問われて、おいそれとうなづける人はそう多くないのではないだろうか。それは、究極のラブストーリーであると同時に、ファンタジーでもあると思う。だからこそ、この世界はキャラメルボックスという劇団の個性にピタリと合致する。生身の人間が目の前で演じている、そのひたむきさの中に、どこか軽やかなもの、清々しいものがあって、現実にはおそらく有り得ないはずの奇跡のようなあれこれが、もしかしたら存在するのかも知れない。そう舞台を観ているひと時信じさせてくれる、キャラメルボックスの力が、劇中の人々を生き生きと輝かせている。

『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

『きみがいた時間 ぼくがいく時間』

特に今回は、2つの物語をもちろん単独で楽しむこともできるのだが、両作品に横たわる関係性に様々な仕掛けが施されているから、2作品を共に観た時の発見がとても多い。単純に2つの作品に同じ人物として登場する西川浩幸が演じる野方耕市、岡田さつきの若月まゆみ、前田綾の柿沼純子だけではなく、あ、この人物がつまりこうなるのか…というパズルのピースがはまっていくような感覚があって、引き込まれる。おそらく、結末を知ってもう1度観ると、更にこの感覚は増すだろう。そう考えると、リピートの魅力も大きいだろうし、願わくは、是非両作品を観て欲しい。それほどに魅力的な2作品だ。

『フォーゲット・ミー・ノット』

『フォーゲット・ミー・ノット』

何よりも強く感じるのは、よりラブ・ストーリー色が濃い『きみがいた時間 ぼくがいく時間』の主演に阿部丈二、どこかホームドラマの香りも持つ『フォーゲット・ミー・ノット』の主演に筒井俊作を配したことをはじめ、この難しい2本立て興行に挑んでいる14名のメンバーから香り立つ「劇団」としての強みと絆だ。特に、両作品を通じて何役をも演じ分ける役者たちが、ただ幾つもの役を演じているアンサンブルにとどまらず、あの人が様々な声と仕草と表情で、異なる役を生きている場に立ち会う快感につながるのは、劇団員としての彼らの「個」がキャラメルボックスの歴史の中で煌めいているからこそだろう。その意味でも今回の挑戦は、パンフレットにあるように「劇団にしかできない、劇団だからこそできることをしよう」が結実したものになっていたと思う。成井豊の脚本はもちろん、2つの作品に共通する「クロノス・スパイラル」を中央に置いて、両作品の世界を鮮やかに提示した、伊藤保恵の装置、黒尾芳昭の照明など、スタッフワークを含めたすべてに、演劇を愛する人たちの想いが息づいていた。総じて、創立31年目の見事なスタートを切ったキャラメルボックスの「ダブルチャレンジ」が、ファンタジーでエンターテイメントな、この劇団の確かな歩みを改めて感じさせてくれる時間となっていたことを喜びたい。

【取材・文◇橘涼香 撮影◇伊東和則】

公演情報
「キャラメルボックス2016ダブルチャレンジ」
 
『きみがいた時間 ぼくのいく時間』 
■原作:梶尾真治『クロノス・ジョウンターの伝説』(徳間書店刊)
■脚本:成井豊
■演出:成井豊+真柴あずき 
■出演:
阿部丈二 林貴子 西川浩幸 坂口理恵 岡田さつき 前田綾 筒井俊作
石原善暢 渡邊安理 小多田直樹 森めぐみ 毛塚陽介 木村玲衣 関根翔太
 
『フォーゲット・ミー・ノット』 
■原案:梶尾真治『クロノス・ジョウンターの伝説』(徳間書店刊)
■脚本:成井豊
■演出:成井豊+真柴あずき 
■出演:
筒井俊作 木村玲衣 西川浩幸 坂口理恵 岡田さつき 前田綾 石原善暢
渡邊安理 阿部丈二 小多田直樹 林貴子 森めぐみ 毛塚陽介 関根翔太

 
<東京公演>
サンシャイン劇場 (東京都)
16/3/11(金)~16/3/27(日)
 


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