大衆演劇の入り口から[其之拾六]舞台を照らして26年―劇団炎舞の照明・橘みつおさんの話
橘炎鷹座長(左)・橘鷹志さん(右) 光と影が美しい『お梶藤十郎の恋』。(2016/7/3)
画像右のボーダーTシャツの男性がみつおさん。(2016/7/3)
「俺の話で大丈夫かな…」
と照れながらも、インタビューに応じてくれた。橘みつおさん。十条・篠原演芸場で公演中の人気劇団、「劇団炎舞」の照明を務めている。この6-7月の劇団炎舞の東京公演。周囲の観劇仲間やTwitterを通して聞こえてくる評判は、役者さんの魅力や芝居の内容だけに留まらない。
「照明がすごい!ただ明るいんじゃなくて、影の美しさがちゃんとあるの」
「曲に合わせて、光の感じが全然違う!」
照明に感嘆する声がタイムラインに溢れた。
絶妙な暗さが厳冬の風景を作り出す『風雪流れ旅』(2016/7/3)
橘炎鷹座長。シルエットがくっきりと幕に映る。(2015/11/14) 半田なか子さん撮影
大衆演劇の舞台はいずれも、表舞台に出ない裏方さんによって支えられている。その直接の言葉を聞いてみたい。「ぜひお話を!」とみつおさんにお願いしたところ、7/3(日)夜の部終演後の篠原演芸場にて時間をいただくことができた。劇団炎舞をよく観ている友人一人と一緒に、筆者は演芸場二階のロビーでみつおさんと向かい合った。
スナックのママさんに勧められて
――炎舞にいらしてから何年になるんですか?
橘みつおさん(以下、み) ええとね…26年になるかな。
――26年!長いですね!当時、炎鷹座長は11歳ですか…
み 5年生くらいやったと思うね。子どものときから知ってる。そのときはボスが座長。「橘劇団」って名前やった。
※炎鷹座長…「劇団炎舞」を率いる座長・橘炎鷹さん。父親であるボスこと橘魅乃瑠さんの跡を継ぎ、2002年に座長となった。
――どんな子でした?炎鷹座長は。
み 女形やっとったから、女の子みたいやったね。劇団入る前はお客さんとして観に行っとったけど、そのときは女の子と思うとった。そしたらホントは男の子やった(笑)。
――お客さんとしてってことは、みつおさんは昔から大衆演劇がお好きだったんですか。
み いや、この劇団で大衆演劇を初めて観た。
――えっ?!
み 話せば長くなるんやけど(笑) 元々の出身は福岡で、勤めてた会社が北九州市の八幡っていうところにあった。建設会社がいっぱいあるでしょ、あのへんは。会社の出張で姫路に行ったとき、健康ランドでボスが公演してて。地元のスナックに飲みに行ったら、ママさんが“かわいい子が健康ランドに出てるよ”って。それで初めて観に行った。大衆演劇自体、それまで全然知らなかった。だからそのママさんがいなかったら、観てない。
――ママさん、運命を変えた人ですね!それでどうして照明をやる流れになったんですか?
み 昼、仕事が終わってから何回か観に行ってたんだけど…そしたら、座員さんと喋るようになって。ボスが、役者をやってみんかーって。でもね、いや無理ですって言ったの。もう、人前で演技なんて絶対できん(笑) 絶対無理。でも、裏方やったらやってみたいな~って。で、裏方に入ったの。仕事辞めて。
――ちなみに、そのときはおいくつだったんですか?
み えっとね、38か。今64やから。
――気持ちとして、30代後半で職業を変えるってわりと大きな決断かなと思うんですけど…迷いはなかったんですか?
み だってほら、嫁さんもおらん、家族もおらん、子どももおらん…だから劇団の裏方っていうのは、ちょっとこう、いいなぁと。それまでも色んな仕事やっとったから、共同生活いうのは全然平気やった。それで裏方として劇団に入って、一番最初にやったんが幕引き。当時の照明は、ボスのお母さんがやってたの。わりとすぐに、その跡を自分が継いで。それからもうずーっと投光。
「シンプルな方が俺は良いと思う」
ラストショー『風雪流れ旅』。中央が橘炎鷹座長。(2016/7/3)
――今日(7/3)の昼の部のラストショー『風雪流れ旅』、青くて暗い照明がすっごくきれいでした。
※『風雪流れ旅』…光と影、雪に包まれた、劇団炎舞名物のラストショー。ふるさとを遠く離れ、厳しい旅を続ける者たちの姿が描かれる。
み 『風雪流れ旅』は、今は最初の部分は青とぼかし(切れ目の見えない舞台全体を照らす照明)を混ぜてやってんの。で、座長が出てきたら、ぼかしだけにする。昔は同じショーでも、ぼかしじゃなくてただの輪っかだったけど、色々変えて…。
――全体に光の量を絞ってて、そんなにビカビカーってしてないのが美しかったです。
み うん。投光要らんな、と思ったら消して、もう舞台の電気だけにしてるときもあるし。
――舞台を観ていて、無駄な光っていうのがないんです。
み 舞台の邪魔になったりとかはしたくないからね。
――照明の機械が発達してきて、コンサートみたいな照明も流行っていますね。でも、ちょっとやかましいような気もします…。
み やっぱね、ライブハウスやないんやから。やっぱり、あくまでも大衆演劇やから。わりとシンプルな方が俺は良いと思う。
と、話が弾んでいた最中。お客さんがみんな帰ったため、二階も電気が全部消され、場がいきなり真っ暗になった。
――あ、光がなくなった!(笑)
み そこ(二階席)行こか。
――移動しましょうか(笑)
みつおさんがいつも照明をしている二階の客席へと移動。一階の舞台と客席を見下ろしながら、インタビューを再開した。
橘炎鷹座長。背を向けた女形と月の幻想的な光景が作り出される。(2016/7/3)
――この写真は、今日の昼の部の炎鷹座長の個人舞踊です。これも、ちゃんと影の美しさがわかる。
み そう、そういうこと。後ろ向いてるから、余計な照明は消していいでしょ。これは機械の照明は完全に消してる。もう舞台の明かりだけの状態。
――月はどうやって出してるんですか?
み 月も機械で色を変えて出せる。今日の月は白やったですね。いつもは黄色やけど。夕暮れの歌詞とか、朝焼けの歌詞やったら、ピンクに染めたりとか。
――歌詞の中身を読み取って照明が変わる…!物語性が照明でちゃんと構築されるんですね。
み だってこんだけ長くやってると、詞の内容が大概わかるでしょ。で、今日、俺は事前に曲を把握してなかったから、曲が流れてきたらすぐ構えて、準備して。
――すごく印象的だったのが、座長の傘を使った舞踊のときです。座長が花道に出るとき、舞台にいったん傘を置いていきますよね。そしたら、舞台に残された傘が照らされて…。
舞台に残された傘に照明が当たると、何とも言えない風情がある。(2016/7/3)
み あのね、それもここ(篠原演芸場)だとうまいこといかんの。照明の場所が狭くて、機械がぶつかりそうだから思いきってできんの。ホントは、最初から傘を照らしてるんじゃなくて、座長が花道から振り向いて舞台の傘を見た瞬間に、パッとつけんの。傘以外にも一升瓶とか、徳利とか、色々小道具があるでしょ。ああいうのは、座長が小道具をパッと見たら、その瞬間にパッとつけるの。
――そういった工夫も、何年も照明をやっていて段々増えてきたんでしょうか。
み うん、慣れてきたら、ちょっと変わったことしてみようかなーって。自分で勝手に始めたんだけどね。
――完全に自己流ですよね。
み うん、自己流。よその劇団もほとんど見る機会ないし。もう、勝手にやってる(笑)
「この針金が俺の命」
――みつおさんのお仕事しているところを見ていたら、足元に座布団を置いて立ってらっしゃいますよね。
み うん。機械が高いから何かを台にせんと。だから足が倍疲れる。昔の機械はスイッチが手元にあって、座ってでも操作できたの。今のは機械の上にレバーとかがあるから、座ってできない。だから立ちっぱなし。
――じゃあ昔のほうが肉体的には楽だったんですね…
み うん。簡単な操作やったしね。でも今の機械のほうがきれいやし、光も強いし。
――照明の機械もどんどん新しくなってるんですか?
み 新しいやつは、色がころころ変わるのがいい。でも以前からある機械はスムーズに動かせるの。新しいのはカクカク、カクカクなるの。
新しいLEDの機械(左)。長く使っている機械(右)。右の機械は同じものが2台並んでいる。
み こういうの(画像の赤矢印部分)がついとったら、ふわーっとこういう風に動かせるの(実際にキーコキーコと動かしてくれる)。新しい機械にはこの部品がないから、動きがカクカク、カクカク。スムーズにいかないの。やってごらん。カクカクってなるから。
――(レバーを動かしてみる) お、重たい…!
み (笑) でも、これはネジを緩くしとったら、自分でこう上がったり下がったりするから。だからネジを固くしとかんと…
――以前からある機械は、何年くらい使ってるんですか?
み もう10年くらい。古いけど、これのほうが新しい機械より癖飲んでないからね。新しいやつの光は、明るいけど青っぽいでしょ。
――ああ~…LEDの難点ですね。古い機械のほうが昔ながらの光が作れる。
み うん。機械を置く位置が難しくて、篠原(演芸場)に来てから3日間、ずっと位置を調整してたんですよ。今はこれ(LED)が一番奥だけど、真ん中に持って来たり…。篠原は照明の位置が斜めで、舞台と花道が直角になっとるやろ。だからかなり難しい。やっぱり正面から照らせる小屋のほうがやりやすい。
――機械にぶら下がってる、お守りって何ですか?
み これね、お守りじゃないの(笑) 機械があったまると、すーっと自分でレバーが下りちゃうの。だから下りないように、重しを付けてる。
――あ、これでレバーが向こう側に行かないようにしてるんですね!公演の無事を祈ってるお守り的なものかと思いました(笑)
機械の操作レバーに針金が結わえられている。
み この針金があるやろ。これは、自分で作ったの。
――え?!
み 2台同時につけとるとき、普通に操作しようとすると、片方が絶対おろそかになる。絶対遅れる。そうしたら、手が回ってない機械のほうがフラフラ、フラフラするやろ。だけどこの針金があるから、2台一緒に操作できるの。片方の機械をつけてるやんか、で、もう片方を胸に抱えて、支えて、この針金を引っ張る(レバーに結わえられた針金を引く)。だから、パッパとできるの。
――なるほど…! だから照明の動きが迅速なんですね。
み だから、これ(針金)が俺の命。自分で色々考えて…あ、ここに針金付けたら2台同時にパッパとできるやんって。
――で、しかも、温まったらレバーが下がってしまうから…
み だから重りしてんのや。
――もう、工夫の固まりみたいな機械ですね。
み うん。これは全部、ファッションじゃないの(笑)
――実利、ってことですね(笑)
「座長とは“あうん”」
――芝居やショーの中で、誰にどういう風に照明を当てていくかっていうのは、みつおさんが決めるんですか?
み うん、自分が勝手にやってる。座長がこうしたいとかいうのは言うてくれるし。そしたらそうする。言わない限りは自分で勝手にやってる。
――じゃあ照明がどうなるかっていうのは、他の人は誰も知らないんですか。
み うん。誰も知らない。だから新しい芝居は絶対稽古を聞いてて、誰がどこから出てくるか、把握しとかんと。照明の内容は寝てから考えるの。すると、よお頭に入るの。
――お布団の中で考えてるんですか?
み うん。芝居の稽古聞いとって、寝ながら頭の中でずっと繰っていく。で、この場面はこうしようとか考えるの。
――座長から、今日の照明は良かったとか、直接何か評価を言われるんですか?
み いや、もう、“あうん”。良かったもないし、悪かったもないし。でも、なんとなく舞台での反応があるから、大体わかる。
橘炎鷹座長。右上からみつおさんの照明が差し込む。(2016/7/3) 半田なか子さん撮影
――炎鷹座長の雑誌のインタビューに、“初めての演目をやったときは、まず照明さんに感想を聞く”とありましたが…
み ああ…鷹勝もよう聞く。どうでしたかーって。
※橘鷹勝さん…劇団炎舞の若手役者の一人。芸熱心さが、芝居や物語性の強い舞踊にも現れている。
――そのときみつおさんは、率直に感想を言うんですか。
み うん。悪かったらホントに悪かったって言うよ。あとは…芝居を照らすとき、光の輪っかの中に、この人は入っとっていいなと思ったら入ってこいと。邪魔になるなと思ったら、もう輪の中から出て行けって。そういう呼吸は、座長はよーうわかっとる。座長自身、自分が今は輪の中に要らんな、と思ったら自然と横に避けとる。これは、昔、座長やなかった頃からそうだった。
――そういう役者さんの意識も、照明を通してわかるんですね。
み うん。できる人はそういうのもわかってる。若い子はセリフ覚えたりとかで精一杯じゃないですか(笑) でもこれから、芝居覚えたら、あとの細々したこともわかっていってほしい。
――Twitterで炎舞のショーの画像が上がると、みつおさんの照明が素晴らしいっていう話がよく出るんですよ。
み あ、何日か前に聞いたんよ。飯食べる前に、鷹勝とかが、照明に対してお客さんの反響がすごくありますよって。そしたら他の子もそんなこと言い始めたから、ものすごく気持ちが良うなった(笑) でも、恥ずかしいやん(笑) 裏方やのに。
――いえいえ、今後も美しい照明を期待しています!
舞踊ショーの最中、時々後方の照明席を振り返ると、ボーダーTシャツのみつおさんが、手足をめいっぱい使って大きな機械3台を操作していた。その手元が迅速に動くたび、舞台を包む照明が変わる。柔らかくぼけた光。しんと暗がりに浮かぶ光。
「“しっくりいかない”って、朝までずっと機械の位置を調整してた。そんな投光さん、初めて見た」
篠原演芸場の従業員の女性が、心底驚いたようにつぶやいていた。
橘炎鷹座長。“月夜に月夜に”という歌詞のところで月がポカンと出る。(2016/6/26) 半田なか子さん撮影
橘炎鷹座長。黒の中の艶姿と月。(2016/7/3) 半田なか子さん撮影
舞台に浮かぶ、夜空の月。夜明けの陽。26年、役者さんと一緒に物語を作ってきた。
橘炎鷹座長。(2016/6/1) 半田なか子さん撮影
客席の一番後ろから。光ともす、舞台の外の至芸。
期間:7/1(金)~7/30(土)昼の部まで
事務所(平日午前11時から午後4時まで): 03-3905-1317
●JR埼京線「十条駅」または京浜東北線「東十条駅」より徒歩5分
地図はこちら(googleマップ)