新国立劇場『ワルキューレ』ブリュンヒルデ役 イレーネ・テオリンに聞く【シリーズ『ワルキューレ』#4】
イレーネ・テオリン
イレーネ・テオリン
――テオリンさんは今まさに「旬の」ブリュンヒルデですが、キャリアの早い時期から大役であるこのヒロインを歌われてきたそうですね。
「とはいっても、最初の最初からではないんですよ。歌い始めてから10年は経っていたと思いますが、確かにリリック・ドラマティックにしては早くにこの役に取りかかったほうかも知れません。子供の頃から音楽が好きでよく歌っていましたが、オペラのことを知るまでにすごく時間がかかりました。私は早くに家庭を持ちましたので(16歳で最初のお子さんを出産し、20代半ばで3人の子の母となった)、通常のキャリアとは少し違う道を歩んできたのです」
――今や、世界が求めるブリュンヒルデ歌手になられました。
「ものすごく努力をしたんです。朝早くから夕方までずっと稽古をして……スタミナがないと出来ないですし、規律を持って生活をしないとオペラ歌手になるのは難しいのです。何より幸せなのは、こうして新国立劇場にまた返ってこられたこと! 一度だけではなく、二度、三度と呼んでいただくことほど嬉しいことはありません。私のことを覚えてくださっていた証拠ですから(笑)」
――(笑)イレーネさんは2010年にも全く別のプロダクションで日本でのブリュンヒルデを歌われていますね。今回のゲッツ・フリードリヒ演出のプロダクションは、そのときと比べていかがですか?
「今日が全くのファースト・コンタクトですので、これから何をやるのかを覚えていくプロセスに入っていきます。ですので、まだ比較はできないんですよ。演出コンセプトの説明を受けて、美術の写真などを見てイメージが湧きました。グリア(・グリムスレイ)が木馬に乗るのを早く見たいわ!(笑)」
イレーネ・テオリン
――グリア・グリムスレイさんとは、バルセロナでもヴォータン=ブリュンヒルデとして共演されたんですよね。
「そうです。私のお気に入りのお父さんなんですよ(笑)。すごく好きな歌手です。オペラやクラシックの世界に長年いると、どんどん世界が狭くなってきて……つまり、知り合いとの共演が増えてくるわけですが、お互いを知り合うプロセスが省かれるので、合理的なコラボレーションが出来るんです。相性的なものもありますが、歌手同士が仲良くなると「また絶対一緒にやろうね」と思うものなのですよ」
――なるほど。それにしてもブリュンヒルデという役は、過酷さという点でも技術の面でもソプラノの頂点に位置する役なのではないかと思います。これに何度も挑むことで、メンタル面も相当強くなりましたか?
「何年もかかってわかったことですが……この役をやるにはいつも全体が見えていないとダメなんです。『ワルキューレ』で登場した瞬間に、最後の『神々の黄昏』でやらなければならないことも把握して演じます。5時間のオペラですので、その場その場でやりすぎないように集中していくことも大事。それは筋肉が記憶しているんですよ。力まないように、力まないように、と」
――上演中に大きなトラブルが起こったことはありますか?
「この音楽が何を物語っているか、自分の役が何を象徴しているか、それを間違わない限り、大きな失敗はないと信じています。幸い、これまでに倒れたり骨折したりということはなかったので、大きなトラブルはまだ経験していないと言えますね」
イレーネ・テオリン
――あなたの姉妹である8人のワルキューレたちは、既に青あざだらけになっていましたが……。
「ああ、それはよくありますよ! 青あざは、私も気づくと出来ていることがあります」
――そうなんですね!
「ひとつ、思い出しました。ブリュンヒルデを演じるときにいつも感じるのは、ブリュンヒルデは『ジークフリート』で彼と出会うとき、自分の父親と同じように強くて賢い男だと期待するんですが、実際の彼はそこまで強くなかったということなんです。父親は完璧だけど、ジークフリートはそうではない」
――ブリュンヒルデにとって、ジークフリートは子供のようなところもあるかも知れません。ああいう男性は、現実にもいませんか?
「(笑)。ここでカメラを回すべきですよ(と、カメラマンさんに動画を撮るようにすすめるイレーネさん)。そうですね。オペラは現実のミニチュアなんですよ。オペラをたくさんご覧の方は、そのことを分かってらっしゃいますよね」
(取材・文:小田島久恵 | 写真&動画撮影:大野要介)
リヒャルト・ワーグナー 楽劇『ニーベルングの指環』第1日『ワルキューレ』
<新制作>(全3幕/ドイツ語上演/字幕付)
2016年10月02日(日)14:00
2016年10月05日(水)17:00
2016年10月08日(土)14:00
2016年10月12日(水)14:00
2016年10月15日(土)14:00
2016年10月18日(火)17:00
【演出】ゲッツ・フリードリヒ
【美術・衣裳】ゴットフリート・ピルツ
【照明】キンモ・ルスケラ
【フンディング】アルベルト・ペーゼンドルファー
【ヴォータン】グリア・グリムスレイ
【ジークリンデ】ジョゼフィーネ・ウェーバー
【ブリュンヒルデ】イレーネ・テオリン
【フリッカ】エレナ・ツィトコーワ
【ゲルヒルデ】佐藤 路子
【オルトリンデ】増田 のり子
【ヴァルトラウテ】増田 弥生
【シュヴェルトライテ】小野美咲
【ヘルムヴィーゲ】日比野 幸
【ジークルーネ】松浦 麗
【グリムゲルデ】金子 美香
【ロスヴァイセ】田村由貴絵
本公演は、フィンランド国立歌劇場(ヘルシンキ)の協力により上演されます
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/opera/walkure/index.html