岩井秀人がコドモ発射プロジェクト『なむはむだはむ』で子供が書いた破天荒台本に七転八倒
岩井秀人
「山の手線の電車に跳ね飛ばされてケガをした」。志賀直哉の小説「城の崎にて」の冒頭の一節だ。いきなりのインパクト。コドモ発射プロジェクト『なむはむだはむ』滞在制作の成果発表が城崎温泉国際アートセンターで行われたのを見にいった。あたかも子供の発想に翻弄されるような舞台を見てゲラゲラ笑っている最中に、「こりゃ志賀直哉だわ、さすが城崎温泉」とふわっと心に浮かんだ(というか同じじゃないし)。「ことば好き」岩井秀人、「からだ好き」森山未來、「うた好き」前野健太が集まり、 大人が描こうとしても描けない、子供が思い描く「世界」を立ち上げた。ワークショップで子供が生みだした短い台本たちを3人が頭や体ほか持てるものすべてを駆使してめちゃくちゃ奮闘して表現する。個人的なことではあるが、最先端の演劇を追っかけてた東京時代と、田舎に移った今では演劇に感じる魅力が変わってきた。いま僕には岩井秀人が演劇の楽しさ、面白さを伝えてくれる王道だ。だからコドモ発射、城崎温泉が心地よい。温泉も4カ所に浸かった。
突発的に生まれたものを大切にする。
©igaki photo studio
--城崎国際アートセンターでの滞在製作はいかがですか?
岩井 最高ですね。僕はここができたころにハイバイの『霊感少女ヒドミ』で来たことがあったんです。そのときは3泊4日くらいで、便利な施設という感覚でした。今回は2週間いるんですが、数日では感じられないことがいろいろありました。
--温泉はコンプリートしましたか?(笑)。ここに滞在するアーティストさんには旅館に泊まったときに渡される外湯めぐりのパスがいただけるとか。
岩井 そうなんですよ。でもついついセンターに近い温泉で済ませてしまうんです。けれど精神的に温泉がそばにあるとすごく安心感があります。ゆとりを感じながら作品に向き合える。
--あら、もったいない(笑)。ではもう少し滞在製作の魅力を教えてください。
岩井 眠ろうとしたときにふわっとアイデアが思い浮かんだとします。誰かいないかなあとロビーにいくと、未來くんや前野くんがいて、まあ酔っ払ってたりするんですけど、そこで話し合いが始まるなんてこともありますよ。劇団の場合は僕がすべて決めて、みんなにその通りにやってもらうんですが、この作品では僕が「こういうことをやってみたい」と言えば、そこから未來くんがこういう動きになった、前野くんがこういう音をつけた、と提案してくれる。そんなふうにその場でどう反応するかが重要な気がするんです。もし同じことを東京でやっていたら、もっと決めごとをつくる気がして。家から稽古場までの道のりだけでも余計な情報がいっぱいあるので、作品を何かに入れてロックしておかなくちゃいけないような感覚があるんです。でもそれは稽古場でのトライ&エラーの可能性をせばめることにもなる。たとえば『なむはむだはむ』の成果発表も「どこまで決まっているの」的な面白さがあったと思うんですけど、そういうものは東京でつくるのは難しい気がしますね。
--しかも今回は子供の中で突発的に浮かんだ言葉をそのままつなげたみたいな台本たちですもんね。
岩井 だからこそ、やる側も今お話したような突発的な部分が大事だと思うんです。誰かが起こしたことに対応できる余力、遊びが。そういう意味で言えば、ここで一緒に生活しながら、ぼんやりいろいろな話もして、近づきながら作品を徐々に立ち上げていくということができたのは大きいですね。僕だけだったら子供の言い間違いとか表現力の幼さを笑うという方向になっちゃったと思うんですよ。だけど2人がいたことでそうならなかった。このバランスが良かったですね。
©igaki photo studio
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この企画は説明しているときが一番面白い(苦笑)。
--台本づくりのために子供たちとワークショップを行ったんですよね?
岩井 城崎温泉で地元の子供たちと2回、その前に東京の子供たちと3、4回やっています。彼らの影響がすごくある、すごく大きいです。子供たちの衝動的な言動がある意味で必要のないバリアを全部壊してくれるというか。僕の場合は青年団に入団して、現代口語を経てという文脈があるじゃないですか。あまり派手に始まるとドラマチックすぎるから、なんて書く前から考えてしまうんですよ。でも子供は「ガイコツがいた」から始まって、いきなり「野球のボールが当たってバラバラになった」ですからね。僕なんかはとりあえず「ガイコツの日常を少し書いたほうがバラバラになるギャップが大きい」なんて考えちゃうんですよ。子供のころは誰でも奔放だったと思うんですよ。衝動を信じているんですね、子供は。だから3人で稽古するときも、まず出しちゃえ、出しちゃったけどどうする?みたいな感じです。それってすごく健全というか、表現の根本な気がするんです。
森山未來 ©igaki photo studio
--始まりは野田秀樹さんから「子供の書いた台本をよってたかって演劇にすることはできないだろうか?」とアイデアを振られたんですよね。単純に面白そうですけど、どう展開するか悩みませんでした?
岩井 立ち上げるときにどうしようと迷いましたし、ひとまず台本を集めなきゃと思っていたころもまだ見当がつかなくて。ワークショプをやってるときに、この企画が一番面白いのは企画説明しているときだったなって思いましたもん(苦笑)。ただ僕が子供たち相手に台本を書いて、書いてって必死になっている姿を未來くんが横で見ていて、「そのやりとりがもう面白いよ」と言ってくれて。「ああそうか、その風景を見せれば立ち上がりがお客さんにも共有してもらえる」と思ったんですね。そのアイデアが出てからは安心感が生まれました。それで成果発表の最初のシーンをワークショップの様子から始めたんです。子供たちからものがたりを集めると、荒唐無稽なことを言うし、すぐに人を殺しちゃう。でもその前提があれば、めちゃくちゃな台本でもお客さんの中にすっと入る。あとは未來くんも前野くんも放っておいても見世物になるんでものすごく頼りにしています。
前野健太 ©igaki photo studio
--この作品は観客の参加の仕方が大事な気がします。品定めするように見られても困るだろうし、面白くないと思うので。
岩井 そうなんですよ。でもそれも僕ら次第かもしれません。城崎では『ハムスター』『おじさんの世界へようこそ』『ガイコツ!!』『虹色の馬』『長い毛』とやりましたが、まだ手をつけていない台本があるので、音楽や動き、それ以外の何かかもしれませんけど、東京での稽古も精度を高めながら、いろいろ探しつつ進んでいくんでしょうね。本当にどういうアプローチがあるとか見当もつかない。すごい自由度が高いんですよ。アフタートークでお客さんから「行き着くところは?」と聞かれましたがわかりません。誰も踏み入れてない領域なので、そのわからなさが面白いと思っています。恐れているのは、ただ読んだだけのほうが面白い場合ですよね、そう思われたら僕らの敗北です(苦笑)。
《岩井秀人》劇団ハイバイ主宰。劇作、演出家、俳優。1974年東京生まれ。2003年ハイバイを結成。2007年より青年団演出部に所属。東京であり東京でない小金井の持つ「大衆の流行やムーブメントを憧れつつ引いて眺める目線」を武器に、家族、引きこもり、集団と個人、個人の自意識の渦などについての描写を続けている。作品は韓国、イギリスなどで翻訳上演やリーディング上演され、国内外から注目されている。2012年NHK-BSプレミアムドラマ「生むと生まれるそれからのこと」で第30回向田邦子賞、2013年『ある女』で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。2014年『ヒッキー・カンクーントルネード』で処女小説を発表。代表作『ヒッキー・カンクーントルネード』『て』『ある女』『おとこたち』など。
取材・文: いまいこういち
前半割(2月18日~26日)4,000円/一般(2月28日~3月12日)4,500円 ※当日は各500円増
火・木・金曜19:00、水曜13:00/19:00(3月8日13:00)、
土・日曜13:00/18:00(2月18・19日18:00、3月12日13:00)、3/3・月曜休館
■公式サイト東京芸術劇場 http://www.geigeki.jp/