平成生まれが読む『この世界の片隅に』
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『マンガを掘りつくせ!Manga Diggin'』第3回は、Reader Storeのコミック&ラノベ担当・島村がマイブームに乗じて良質な作品をご紹介させていただきます。
昨年11月に公開が始まると、瞬く間にSNSなどで口コミが広がって大ヒットを記録したアニメーション映画があります。こうの史代原作の『この世界の片隅に』です(監督は『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直氏)。この映画の原作コミックと関連作品を、僭越ながら‟平成生まれ”の私ならではの視点でご紹介します。
私・島村の祖父は、本作の舞台となっている広島の呉市近郊の出身。このとても私的な理由から本作に興味を抱くようになりました。米寿のお祝いを今月迎えた祖父は、まさに主人公のすずさんと同じ時代、同じ場所を生きた貴重な生き証人なのです。
そんな祖父から戦争や原爆の話を聞かされ、学校では戦争について“決して繰り返してはいけないこと”と刷り込まれて育った私ですが、本作に出会うまで戦争をリアルに感じたことはありませんでした。平成生まれの私にとって、戦争はなんだか遠い昔に遠い場所で起こった悲劇くらいの感覚でしかない……。そんな私と同じような感覚をお持ちの方に、ぜひお読みいただきたいのが本作です。
今も昔も変わらぬ“がんばる女性の姿”
この物語の中心は、主人公・すずさんの日常生活。一見は穏やかな暮らしに感じられるのですが、その影に、戦争という“非日常”が潜んでいます。空を飛ぶB-29、家の中に落ちてくる焼夷弾、放置されたままの遺体を横目に街を歩く……。戦争も飢えもない時代に生まれた私たちにとっては、とても考えにくい状況ですよね。 そんな私たちの想像を絶するような“非日常”が身近にあるのが、すずさんが生きた時代なのです。
戦争という重厚なテーマを扱った作品ですが、本作最大の魅力は‟すずさんの中”に凝縮されています。日々の生活をとても丁寧に描くとともに、すずさんという1人の女性の心を繊細に描いているからです。
戦況が悪くなるにつれて物資や食料は少なくなっていきますが、すずさんは知恵と工夫で家族を支え続けます。野草を葉から根まで使って調理したり、かさ増しする方法で米を炊いたり……。こうの先生はさまざまな資料や文献を元に、戦中の生活を細かに描いています。質素ではありますが、食事が楽しく美味しそうに思えるのは素晴らしいことですよね。創意工夫で懸命に生きるすずさんの姿にはとてもリアリティがあり、今も昔も‟がんばる女性の姿”というのは変わらないのだなと感じさせられます。
だからこそ読者はすずさんに共感し、戦争が身近にあった時代を今までよりもグッと身近に感じることができるのかもしれません。71年前の広島の生活を、すずさんの姿を通してのぞいてはいかがでしょうか。
こうの作品のマンガ表現の多様性
ストーリーもさることながら、こうの先生の表現方法の多様さにも要注目です。
作中では、心象風景や背景がすずさんの描いた絵のようなタッチになったり、回想シーンが墨絵タッチになったりする場面が登場します。シーンごとに変化するタッチが物語により深みを与え、読者の想像力を膨らませてくれます。
物語の途中、すずさんは右手を失ってしまうのですが、先生はその後の背景のペン入れをあえて左手で行ったそうです。その歪んだ背景は、まるですずさんの傷ついた心を表しているよう。さらに、重要な登場人物であるリンさんの人生を回想するシーンでは、口紅を画材として使ったのだといいます。コミックはモノクロですが、原画は美しく鮮やかな朱色で描かれていたのです。
このように、シーンや人物の心情に合わせて画材や表現技法までも駆使して描く、こうの先生のこだわりや仕事の細やかさに脱帽させられます。原作を読む際はぜひ、細かな部分までチェックしてみてください。
「ヒロシマ」を知る
『この世界の片隅に』は戦争終結までのすずさんの人生を描いた物語ですが、現実世界での戦争の爪痕はさらに先の時代まで影響を及ぼします。
『この世界の片隅に』より以前に、こうの先生は『夕凪の街 桜の国』という作品を描いています。こちらは戦後の広島を生きる人々と、疎開などで離れ離れになった彼らの家族の物語です。日常生活や人間模様を中心に描かれているのですが、ここでも原爆の影が呪いのように付きまといます。
この『夕凪の街 桜の国』という作品も、ただ単に戦争の悲劇だけに焦点を当てた作品ではありません。ぜひ『この世界の片隅に』と合わせて読んでみてはいかがでしょうか。