加藤昌則が自らの企画・構成による『ベンジャミン・ブリテンの世界I ~20世紀英国を生きた、才知溢れる作曲家の肖像』を語る
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加藤昌則
クラシック音楽には、難解さや、とっつきにくさを感じるひとも多いかもしれない。しかし、一度、入口から中に入ると、心躍る豊饒な世界が広がっている。作曲家・ピアニストとして活躍する加藤昌則(かとう まさのり)は、コンサートを通じてクラシック音楽への扉を押し開く手助けをしてきた。演奏の合間に、解説やトークを挟みこむ趣向が好評を博している。加藤流の解説は、初心者だけでなく、音楽を専門的に学んできた人にとっても「目から鱗」だ。彼がパーソナリティーを務めるNHK-FM「鍵盤のつばさ」(2016年4月から放送)は、そのことを実感させるプログラムとなっている。その加藤が、今年の『東京・春・音楽祭』で企画・構成したのが「ベンジャミン・ブリテンの世界I ~20世紀英国を生きた、才知溢れる作曲家の肖像」。今年から5年間にわたって、国内外で活躍するトップアーティストたちと共に、英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンを紹介する。今、ブリテンを取り上げるのは何故か。クラシック音楽への愛と情熱溢れる彼に、ブリテンの魅力とコンサートで届けたい想いを聞いた。
■ブリテンは、噛み締めていくうちにじわじわくるような作曲家
――今年から始まるこの企画では、5年間という長い期間をかけてブリテンの作品が聴けますね。ブリテンの世界にどっぷり浸れる、またとない機会だと思います。加藤さんとブリテンとの出会いはどのようなものでしたか。
僕は、大学に入るまでマーラーやシェーンベルクといったドイツ音楽に傾倒していました。大学に入ってからフランス音楽を聴きましたが、ちょうどスペクトル楽派(現代音楽シーンにおける潮流のひとつ)が始まったころでした。両方の音楽を聴いていたものの、どちらかに傾倒するほどの理由が僕の中にはみつからなかった。そこで、両者の中間、つまり中庸の立場だったロンドンに行けば、自分の立ち位置が見つかるのではないかという漠然とした気持ちがありました。半年間のロンドン滞在中、毎日のように演奏会へ通い、イギリスの現代音楽がドイツともフランスとも違うと感じましたし、20世紀のイギリスの作曲家には、調性をもちつつも新しさのある作曲家が多いことを知りました。そして、こうしたイギリスの音楽は、一体、どこから始まっているのか……と紐解いていってブリテンに出会ったわけです。
――ずばり、ブリテン作品の魅力はどのようなところでしょうか。
ブリテンが20世紀の音楽で独自のポジションを保てたのは、作曲技術が卓越していたからです。楽器に対する知識がものすごく豊富。さらに調性を放棄せずに独自の世界観を表現しています。
ブリテンは、言われるほど刺激的ではなく、記憶に残るメロディーがあるタイプの作曲家ではありません。マーラーの《千人の交響曲》や、ベートーヴェンの第九を聴くように、ブリテンの《戦争レクイエム》を聴いてみてください。一瞬、掴みどころがないと感じますが、聴き終わった後に深い感激がやってきます。何か……噛み締めていくうちにじわじわくる。現代は、刺激的で感覚に直接的に訴えかけてくる音楽が賛同を得やすいですが、静かに語りかけてくれる音楽も大事なものだと思っています。ブリテン作品を通じて、そういった音楽の楽しみ方を感じて頂けたらいいですね。今という時代を考えた時に、この取り組みは意義のあるものだと思います。
加藤昌則
――今年は幅広い小品が取り上げられています。プログラムの組む上でどのようなことを大切にされたのでしょうか。
今回は、楽器に対する卓越した知識をもつブリテンの本領が発揮された曲を集めました。
一番やりたかったのは、最初の《5つのワルツ》。ブリテンが子供だった頃に作曲されたもので、モーツァルトのメヌエットのような2曲目と、イギリスの民謡調の作品、5曲目を演奏します。彼は生涯の中で、たくさんのフォークソングを編曲しました。独自の世界をもちつつも、歌の本質が失われていない編曲で、彼がイギリス人としてのアイデンティティを大切にしていたことが、よくわかります。僕は、彼の原点がもしかしたらこの《5つのワルツ》にあるのかも知れないと思い、オープニングに持ってきました。
プログラムの最後には、彼が編曲したフォークソング《夏の名残のバラ》をもってきました。この2曲を額縁のようにして、中には小品を散りばめ、ブリテンの生涯を感じてもらえる構成になっています。
――そのほかの小品についても、紹介していただけますか。
組曲《休日の日記》はあまり有名ではありませんが、ブリテンの音楽観が溢れていて、是非、紹介したかった。無伴奏チェロ組曲は、ロストロポーヴィチに触発された晩年の作品です。そして、ブリテンの生涯のパートナーであった歌手ピーター・ピアーズは外せないですから歌曲も入れました。出演者の鈴木准さんから、ブリテンとピアーズが初めて共演した曲として《ミケランジェロの7つのソネット》を提案して頂きました。
オーボエのための作品《2つの昆虫の小品》は、聴いただけで昆虫の姿が目に浮かぶような曲です。楽器の特質をよく知っているブリテンならでは。音から想像される世界を、聴き手の皆さんにも体験をしていただけたら嬉しいです。
――今回は人気アーティスト5人によるコンサートですね。演奏家としてもご活躍の加藤さんには、楽器奏者と共演の経験も豊富だと思います。今回出演される方々の魅力をどのように感じていますか。
ピアノの三浦友理枝さんは、イギリスで研鑽を積まれました。フレキシブルで、視野が広くて、音楽が窮屈ではない、とても好きなピアニストです。チェロの辻本玲さんは、以前、僕の曲を演奏してくれましたが、現代曲に対するアプローチが卓越していると感じさせられました。彼がブリテンを演奏したらどうなるのかという個人的な興味がありました。実は、彼自身もブリテンをやりたかったそうです。オーボエの荒絵理子さんは難しい曲を楽しそうに弾く。その姿は、傍らから見ていてとても気持ちよく、いつか共演できたら……と考えていました。テノールの鈴木准さんは、大学時代からの付き合いですが、自らブリテンを研究している数少ないブリテン歌手のひとりです。
加藤昌則
■トークを通じて、新しい発見を届けたい
――加藤さんのコンサートでは、お話や解説が聞けるのも楽しみですね。こうした企画をなさってきたのはどういうお気持ちからでしょうか。
残念ながら、現在、多くの人にとってクラシック音楽は縁遠い存在になっています。その理由の一つは、クラシック音楽の良さが気づかれなくなっていったからではないでしょうか。「良さが分からないならしょうがない」というのもありますが、クラシック音楽が好きな人間としては、良さを分かって欲しいと思っています。「意味が分からない」という声を耳にしましたので、分かるところを提示しなくてはいけない。それが最初です。少しでも「わかった」と感じて、演奏会に行ってよかったと思って欲しいです。
――なるほど。今回のコンサートでもトークを挟む予定ですか。
今日、お話しているようなことを話すつもりです。ブリテンがすごく好きな方と、僕が面白いと感じるところとは違うかもしれない。それでも、僕の話を聞いて、ブリテンって、そういうところが面白いのかと新しい発見をして頂きたいですね。
――今年は「ベンジャミン・ブリテンの世界」の1年目ですが、5年間の構想はいかがですか。
今年は、ブリテンという作曲家がいて、彼の音楽を通じて「こんなイマジネーションもできるんだ」ということを伝える年になります。そして、感じたことを、年月を経るごとに深めていただければと思います。
2年目は弦楽四重奏中心とした室内楽、3年目はカンティクルという声楽曲を取り上げる予定です。そして、4年目はオーケストラ作品の《春の交響曲》をやります。また、可能ならば《青少年のための管弦楽入門》もやりたいですね。この曲は、いわゆる楽器の紹介として軽く扱われがちですが、ブリテンの楽器に対する知識と扱い方がよく表れています。ですから、「この楽器を、こう使ったからすごい」という解説を一言さらに付け加えることで、ブリテンの凄さが一層引き立つのではないかと思っています。そして、最後の年はオペラをやりたいですね。
――最後に、公演を楽しみにされているお客様にメッセージを頂けますか。
音楽の再生技術がどんなに発達しようとも、クラシック音楽の本当の魅力は、生で聴かなければ分からないと思っています。演奏会に来た人たちと同じ空気と空間を共有する。そのことでしか味わえないものがあります。
少しでも興味があれば、まずは足を運んで頂きたいですね。今回の出演者は、皆、僕の好きな人たちですし、そんな人間が集まって、大好きな作曲家ブリテンの作品を演奏するんです。とても素敵な空間になると思います。是非、そこを味わって頂きたいですし、ブリテン好きになって頂けたら嬉しいですね。また、「クラシック音楽の演奏会は楽しいものなんだなぁ」と体感していただけたらと思います。来て頂いて、損はさせません(笑)。
加藤昌則
取材・文・写真=大野はな恵
■日時・会場
2017.3.26 [日] 15:00開演(14:30開場)
上野学園 石橋メモリアルホール
■出演
企画・構成・お話:加藤昌則
チェロ:辻本 玲
オーボエ:荒 絵理子
テノール:鈴木 准
ピアノ:加藤昌則、三浦友理枝
■曲目
ブリテン:
《5つのワルツ》 より【ピアノ:加藤昌則】
第2番 素速く、ウィットを持って
第5番 変奏曲:静かに、そしてシンプルに
組曲 《休日の日記》 op.5 より【ピアノ:三浦友理枝】
第2曲 出帆
第3曲 移動遊園地
無伴奏チェロ組曲 第1番 op.72 より VI. 無窮動と第4の歌 【チェロ:辻本玲】
パン、フェートン、バッカス、アレトゥーサ
2つの昆虫の小品 【ピアノ:加藤昌則、オーボエ:荒絵理子】
1. バッタ
2. スズメバチ
《ミケランジェロの7つのソネット》 op.22 【テノール:鈴木准、ピアノ:加藤昌則】
夏の名残のバラ
■公式サイト:http://www.tokyo-harusai.com/program/page_4047.html