英国ロイヤル・オペラハウス 2016/17シネマシーズン『イル・トロヴァトーレ』スリリングなドラマと4人の歌手の熱演

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2017.3.3
イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA


英国ロイヤル・オペラハウス 2016/17シネマシーズン、3月3日からの上映はヴェルディのオペラ『イル・トロヴァトーレ』だ。1853年、ローマで初演された悲劇を現代舞台に読み替えた舞台である。シンプルだが重厚感あふれる舞台に4人の歌手による熱演が繰り広げられ、見応えのあるスリリングな、そしていつまでも低く響く余韻を残す重厚なドラマだ。

 

■シンプルだからこそ伝わる臨場感

ストーリーの主軸となるのは恋人同士であるレオノーラ(ソプラノ/リアンナ・ハルトゥニアン)と吟遊詩人<イル・トロヴァトーレ>のマンリーコ(テノール/グレゴリー・クンデ)、レオノーラに思いを寄せマンリーコを憎むルーナ伯爵(バリトン/ヴィタリー・ビリー)の三角関係だ。そしてマンリーコの母アズチェーナ(メゾソプラノ/アニタ・ラチヴェリシュヴィリ)はルーナ伯爵の一族に恨みを抱く。アズチェーナはかつて自分の母親を先代伯爵に殺されたからだ。

ストーリーが進むにつれ、アズチェーナの息子マンリーコとルーナ伯爵の関係が明らかにされていく一方で、レオノーラは伯爵に自身を差し出しマンリーコの危機を救おうとする悲痛な、現在の物語が展開し、物語は一気にクライマックスへとうねるように進んでいく。

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

本来の物語は16世紀のスペイン・アラゴンを舞台に、騎士、吟遊詩人、魔女裁判、ジプシーといったモチーフに男女の愛憎劇を絡めたものだ。それを今作はバイエルン州立歌劇場などでも舞台演出を手掛けるディヴィッド(ダヴィッド)・ベッシュが、物語はそのままに、舞台を現代に読み替えた新演出で上演している。

舞台の色彩はモノトーン。立ち枯れたような木々に咲く白い花々はモダンなデザインと見受けられる一方、いかにも模造の紙の花という雰囲気もあり、世のはかなさ、虚ろさを感じさせる。権力者の側にあるルーナ伯爵は力の象徴であろうか、戦車を持つ軍人。そして対する民衆・ジプシー側は古ぼけた車や荷車。純白のドレスに身を包んだレオノーラに、黒いドレスに髪を振り乱したアズチェーナ……と、舞台上のモチーフと色彩のコントラストが物語世界をくっきりと表している。無駄をそぎ落としたシンプルな舞台だからこそ、炎の赤い色彩とともに絡み合う愛憎がより鮮明に、迫力を持って伝わってくるのだ。

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

■4人の歌手たちの胸に迫る熱演

この「イル・トロヴァトーレ」は等しく力量のある4人の歌手が揃わなければならないと言われるオペラで、今作も4人の歌手の熱演が存分に堪能できる。

ヴィタリー・ビリーの力強い不遜な雰囲気を漂わせるルーナ伯爵、リアンナ・ハルトゥニアンの清らかで愛に一途なレオノーラ、恋人への愛と母親への愛を抱くグレゴリー・クンデ。そして母親を目の前で殺された恨みと苦しみに囚われるアズチェーナのアニタ・ラチヴェリシュヴィリ。

それぞれに力量があり、どれが欠けても、突出しても成り立たないこの舞台の中で、しかしやはりラチヴェリシュヴィリ演じるアズチェーナはやはり心に残る。苦しみと恨みを抱く傍ら、息子マンリーコに愛情を注ぐアズチェーナの存在感は舞台に現れた瞬間から目を引き、舞台にいなくてもどこかにその影が潜んでいるような存在感だ。ヴェルディ自身が当初は物語の主人公をアズチェーナにしようと思っていただけあるのも、なるほどと頷ける。

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

まさに4人の主人公がいるような、そんな個性豊かな登場人物たちが紡ぐ物語世界はやはり“濃厚”だ。そしてこの物語の顛末は……劇場でご覧いただくとして、このラストシーンには台詞共々、またもう一度振り出しに戻り改めて物語を辿ってみたいと思わせるものがあるのだ。「イル・トロヴァトーレ」はローマで初演されて以来、悲劇であるにも関わらず爆発的なヒットを呼ぶ人気作となったが、ひょっとしたらこの「また最初から見たくなる」感覚もまた人気の理由の一つだったのだろうか。

演出共々実に“攻めた”ものとなっており、古典作品とどう共に生きるか、そんなことも考えさせられる作品だ。有名な「鍛冶屋の合唱」も聴きごたえあり迫力満点である。ぜひ一度ご覧いただきたい。

イル・トロヴァトーレ © ROH. PHOTO BY CLIVE BARDA

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上映情報
英国ロイヤル・オペラハウス 2016/17シーズン/『イル・トロヴァトーレ』

■上映会場&期間:
北海道    札幌シネマフロンティア    2017/3/11(土) ~2017/3/17(金)
宮城    MOVIX仙台    2017/3/11(土) ~2017/3/17(金)
東京    TOHOシネマズ日本橋    2017/3/3(金) ~2017/3/9(木)
東京    TOHOシネマズ六本木ヒルズ    2017/3/3(金) ~2017/3/9(木)
千葉    TOHOシネマズ流山おおたかの森    2017/3/3(金) ~2017/3/9(木)
神奈川    TOHOシネマズららぽーと横浜    2017/3/3(金) ~2017/3/9(木)
愛知    TOHOシネマズ名古屋ベイシティ    2017/3/3(金) ~2017/3/9(木)
大阪    大阪ステーションシティシネマ    2017/3/3(金) ~2017/3/9(木)
神戸    TOHOシネマズ西宮OS    2017/3/3(金) ~2017/3/9(木)
福岡    中洲大洋映画劇場    2017/3/4(土) ~2017/3/10(金)


■演出:デイヴィッド・ベッシュ
指揮リチャード・ファーンズ
出演リアンナ・ハルトゥニアン(レオノーラ)/グレゴリー・クンデ(マンリーコ)/アニタ・ラチヴェリシュヴィリ(アズチェーナ)/ヴィタリー・ビリー(ルーナ伯爵)
公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh
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