『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』愛され続ける名作の持つパワーに震撼
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2017年3月10日(金)、映画『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』が日本公開された。
1989年9月20日、ロンドン・ウエストエンドで初演されたミュージカル「ミス・サイゴン」。この映画は誕生から25周年を迎えた2014年9月に、ロンドンで特別上演・収録された記念版だ。日本では今年2017年が初上演から25年周年に当たることから、今回の上演となった。四半世紀という長い間愛され続ける作品の力、そして製作スタッフたちの作品への愛情がひしひしと感じられる『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』の第3部には、初代出演者が登場するスペシャルセレモニーもある。この作品のファンはもちろん、まだ見たことのないひとも楽しめるだろう。
■時代が変わっても心を打つ「普遍」のテーマ
実を言えば筆者はこの「ミス・サイゴン」を25年振りに鑑賞した。この作品が日本で初めて上演された初演の舞台を見た時は当時の年齢的なものや、自分の考え方など諸所の理由から、その魅力を理解するには至らなかったのだ。当時の自分の心を打たなかった「ミス・サイゴン」は、しかし大絶賛とともにロングランを繰り返す作品となっていく。「これはやはり魅力がある作品だったのだろうか」と、街頭ポスターなどを目にするたびに、その魅力が何であるのか気になっていた。そのなんたるかを今回この25周年記念映画を通して、感じられたのである。
それはどんなに時代が変化しても変わらない「普遍性」というのだろうか。
ご存知の通り、この「ミス・サイゴン」の舞台はベトナム戦争、1970年代の話である。東西冷戦の時代、資本主義と社会主義という強大な力がぶつかり合う中で翻弄される小さな国のなかで人々が抱く「愛されたい、愛したい」というキムの当たり前の、ささやかな願い。強大な国の正義を信じつつも、その実態に疑問を感じ心を病む小さな個・クリスが、疲れ果てた国で出会う。
『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』キム(エバ・ノブルザダ)
この作品が発表されたのは1989年9月。その2カ月後の11月にベルリンの壁が崩れ、東西冷戦に終止符が打たれた時代である。日本では昭和が終わり平成となった年。世界はこの年に一つの時代が終わり、新たな時代に入っていったのだ。この作品をつくったマッキントッシュをはじめとするアーティストたちの時代への嗅覚もさることながら、その年にこの作品が上演された巡り合わせは運命的なものさえ感じる。
そして、それからさらに25年。巨大な対立が消えても世の中は今だ揺れ動き続けている。世の中が狭くなると同時に、民族細分化などマクロ化に進み、様々な主義主張が世界を包み、価値観はより一層多様化する。もちろんそれは当然だし、当たり前のことではあるが、一方で混沌の体をなし、確たる心より所の姿がいっそう見えづらくなってきているようにも思える。
そうしたなかで人々が求めるのは、やはりキムやクリスが求めたささやかな愛情、小さな幸せ、希望であったりするのだろう。石膏像のようなホーチミン像も、皮を剥げば木組みのハリボテのような自由の女神も虚構でしかない。多くの人々が本当に求めるささやかな願いは、どんなに時代が変わっても同じなのではなかろうか。だからこの作品は愛され続けるのだと、今回25年ぶりにこの作品と対峙して、改めて思わせられるのだ。
『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』
かたくなに守り通した希望、愛は打ち砕かれることもある。すぐ手の届く愛情に包まれたときに、そこに身を埋めたくもなるだろう。
ささやかな希望や望み、愛情を信じ続けても、しかしその望んだとおりの道と答えにたどり着くわけではない。そこで道を断ち切るのか、生き続ける道はなかったのかとやはり思いはすれども、そうして冷たく躯となる命が「歴史」であり「時代」であり、その延長に「現在」があるのだと、この「ミス・サイゴン」を見て、思わせられもするのである。
そうして作られたミュージカルは、またたくさんのこの作品を愛する出演者たちに支えられていたことも、この映画を通してひしひしと伝わってくる。第3部のスペシャル・フィナーレに登場するオリジナル・キャスト、ジョナサン・プライス(エンジニア役)、レア・サロンガ(キム役)、サイモン・ボウマン(クリス役)らが舞台で歌う姿には作品に対する愛情が満ち溢れ、目頭が熱くなる思いだ。出演者が誇りを持ち、一つの時代を駆け抜けた登場人物たちを愛して演じ続けてきたこの作品は、だからこそ時代を越え語り継がれ、そしてこれからも生き続けて行くに違いない。
『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』
TOHOシネマズ 名古屋ベイシティ 050-6868-5005 3/10(金)~ 14:40~終17:55
TOHOシネマズ梅田 050-6868-5022 3/10(金)~ 19:45~終23:05
福岡中洲大洋 092-291-4058 3/11(土)~ 12:45/19:00~終22:07
札幌シネマフロンティア 011-209-5400 5/27(土)~上映予定
エンジニア:ジョン・ジョン・ブリオネス
キム:エバ・ノブルザダ
クリス:アリスター・ブラマー
エレン:タムシン・キャロル
ジョン:ヒュー・メイナード
トゥイ:ホン・グァンホ
ジジ:レイチェル・アン・ゴー
ゲスト出演:
ジョナサン・プライス
レア・サロンガ
サイモン・ボウマン
製作:キャメロン・マッキントッシュ
脚本:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
歌詞:アラン・ブーブリル/リチャード・モルトビー・ジュニア
追加歌詞:マイケル・マーラー
音楽:クロード=ミッシェル・シェーンベルク
監督:ブレット・サリヴァン
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