中村恩恵×新国立劇場バレエ団 『ベートーヴェン・ソナタ』首藤康之と福岡雄大が音楽家の多面性を描き出す
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中村恩恵 撮影:大河内禎
3月18日(土)、19日(日)に中村恩恵×新国立劇場バレエ団『ベートーヴェン・ソナタ』が上演される。大作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの生涯をテーマに中村恩恵が振り付ける新作で、ベートーヴェンという1人の人物を「ルードヴィヒ」「ベートーヴェン」とし、ダンサーの首藤康之とバレエ団の福岡雄大の2人が音楽家の葛藤や情熱、多面性を描き出すという構成だ。
首藤は新国立劇場では中村と『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』に出演。新国立劇場バレエ団とは初共演となる。オランダやフランスなど海外で様々なキャリアを重ねてきた中村×首藤に新国立劇場バレエ団が加わることでどのような世界が描き出されるのか、バレエファン、ダンスファンなど多方面から大いに注目が集まっている。
今回はリハーサルを終えた中村、首藤、福岡の3人に話を聞いた。
Shakespeare THE SONNETS (2011年) 撮影:鹿摩隆司
■いい緊張感の中で進む『ベートーヴェン・ソナタ』創作の現場
――進行状況はいかがでしょうか。
中村 12月末から創作を始めて、ようやく仕上げに入ってきたという感じでしょうか。首藤さんと福岡さん2人で1人のベートーヴェンという役を演じるのですが、これまではそれぞれ別々にリハーサルを進めてきました。2人が実際に目を合わせ接触する場面は限定されています。入れ替わるように登場するシーンが多いため、個別に創作を進めていました。3月に入って初めてそれらを合わせたところです。
福岡 バレエ団のメンバーはいつも通りリハーサルに当たっています。今回は中村さん、首藤さんという素晴らしい方々と一緒に仕事をする機会で、もちろん緊張はしていますが、それまでもいろいろな振付家の方々と仕事をしていますし、そういう意味では慣れていると思います。振付家の意図を汲んでちゃんと踊るのがモットーなのでそこは変わらないです。
中村さんはすごく優しくて、ふわっと包んでくれる感じなのですが、振付をしているときにはピッと頭から線が出ているような(笑) それが見えるときはこっちも息を潜めています。いい意味で緊張感があります。
――首藤さんは『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』などで中村さんとは何度も組んでおり、すでにお互いよくご存知かと思います。今回の「ベートーヴェン・ソナタ」出演のお話を聞いてどう思いましたか。
首藤 素直に嬉しかったのですが、同時にそれと同じくらいの怖さや不安もありました。確立されたカンパニーの中に僕が入る隙間があるのかなぁ……と。昨年12月から創作に入りましたが、少しずつその不安も時間とともに解消され充実した稽古をしています。でも、ふと鏡を見て新国立のダンサーと僕が並んでいるのが見えると不思議な感じはします。
首藤康之
福岡 僕は『ベートーヴェン・ソナタ』のプロジェクトの話を聞き、実際に配役表を見たときにベートーヴェンを演じさせてもらえるということですごく不思議な感覚だったのが印象に残っています。また新作は何回も踊っていますが久々に新鮮な感じがしています。
■「ルードヴィヒ」「ベートーヴェン」1人の人間が内包する多面性
――この作品はベートーヴェンの2つの側面を描く、ということで「ルードヴィヒ」「ベートーヴェン」という役柄が設定されていますが、2人で1人ということなのでしょうか。
中村 ベートーヴェンの日記を初めて読んだとき、ベートーヴェンが自分自身に「お前は人間であってはならない」と、非常に強い言葉で語っていたんですね。自分に向かって「お前」という強い言い方をしつつ、同時に自身に投げかけることにより、様々な困難あるいは音楽を切り拓き、しっかりと立ち、進んでいった。「私は」というのではなく「お前は」と書くところに非常に興味をそそられたんです。
ベートーヴェン自身の中に客観視するもう一人の自分がいたのではないかと思い、今回は「ルードヴィヒ」「ベートーヴェン」という二つ役柄により一人の人物を表す構成にしました。
またベートーヴェンの祖父や亡くなったすぐ上の兄もルードヴィヒという名前ですから、「ルードヴィヒ」という名は深い意味を持つのではないかと考えました。ベートーヴェン家の中では、「ルートヴィヒ」という名を継承する者が担うべき特別な役割があったのではないでしょうか。一人の自立したアーティストとして自己の人生を歩んでゆく中で、ベートーヴェン家の「ルートヴィヒ」としてのアイデンティティーが「ベートーヴェン」を苦しめたのではないかと思います。
――「お前」と「私」のどちらかが首藤さんで、もう一方が福岡さんということになるのでしょうか。
中村 それは入れ替わるのか、どうなるのか(笑) その辺りが創っている私たち自身にとっても複雑です。ただ一つお話すれば、今回の作品は、死の間際ベートーヴェンが自分の人生の走馬灯を見つめるという形をとっています。その回想のなかで、実際に人生を生きている部分を福岡さんが表わす。死の瞬間に、己を見つめる部分を首藤さんに演じていただく。つまり両方とも「私」なのです。多分それぞれのシーンによって、それぞれの視点によって見え方は変わってくるのではないかと思うのですが。
――今回のこの作品には「ルードヴィヒ」「ベートーヴェン」のほかにも配役があります。ストーリーを追ってくような構成となるのでしょうか。
中村 今回はベートーヴェンの伝記的な部分を軸として作っていきますが、やはり重要なのはベートーヴェンの音楽家人生です。音楽家としての彼の人生の歩みを軸とし、そこに彼の伝記的な側面が関わってくる。振りを創る過程では登場人物の具体的な心情が動きの動機付けとなりますが、作品が構築されてゆくに従い具象性は削ぎ落され、抽象化が進んでゆくと思います。
■「ピアノ・ソナタ」をベースに語られる音楽家の「葛藤」
――曲は全てベートーヴェンでしょうか。また中心となる曲はあるのですか。
中村 プロローグにモーツァルトのレクイエムを配しましたが、2幕11場からなる作品本編は全てベートーヴェンの音楽を用います。
構想を練る段階では、着想の中心に「ピアノ・ソナタ」がありました。ベートーヴェンは人生を通じソナタの様々な側面を探りながらソナタの可能性を大きく膨らませていきました。交響曲や協奏曲、また弦楽四重奏を中心とする室内楽などをもソナタ・ファミリーとして捉える時に、提示部があり、展開部があり、そして再現部に続き見事な大輪の花の咲く終結部がある彼の音楽家人生そのものがソナタ形式を実現しているように思います。ベートーヴェンの人生を彼自身の初期作品から後期作品に乗せて表現していくことにより、作品にもソナタの形が現れてくる様に努めました。
――首藤さん、福岡さんは今までベートーヴェンに対してどのような印象を持っていましたか。また実際に中村さんのイメージを受けて作品を作り始めて、作曲家に対する印象は変わりましたか。
首藤 最初は芸術に人生を捧げた激しく熱い人のように映っていましたが、創作が進むにつれ、人間的な弱さや優しさなどが見えてきて非常に興味深いです。でも創作に向き合う情熱という姿勢にはすごく近いものを感じますし、自分もそうでありたいと思う。そういう部分がリンクして作品に出ればと思います。
福岡 自分はリハーサル開始時には作品の内容をあまり考えないようにしているんです。振り付けられる側が頭でっかちになってもいけないので。ゼロの状態から始め、少し進んだところで改めて本を読んだりします。やっていくうちに深く知るようになり、やはりベートーヴェンは天才だなと。僕にとって興味深い人です。想像ですが、彼は家庭内や人間関係の様々な出来事により、ベートーヴェンという人間や音楽が作られたのではと思います。
福岡雄大(新国立劇場バレエ団プリンシパル)
中村 「葛藤」というのはひとつのキーワードです。ベートーヴェンの音楽の「力」に打たれた経験が、今回の『ベートーヴェン・ソナタ』を創る動機となっています。ベートーヴェンの音楽に触れることにより、新しい「力」を得るということをこれまで何度となく体験して来ました。このような「力」ある音楽を創った人とは一体どのような人なのだろう、という率直な想いからこの作品は生まれました。ものごとをまっすぐに立て直していくような力が、ベートーヴェンの音楽の中にはあると思うのです。まず、そのような「力」ある音楽に触れてダンサーの内面に「新しい力」が生まれる事を願います。そしてその感動が客席にまで伝わることを願います。
■蓄積を次世代に継承。新しい領域を拓く作品に
――中村さんは昨年11月、新国立劇場バレエ団の創作プロジェクト「Dance to The Future 2016 Autumn」公演時にアドヴァイザーで参加されました。メンバーと一緒に並んでいる姿を拝見して、とてもいい雰囲気を感じました。
中村 私がこのような舞踊の仕事にプロフェッショナルとして携わって30年になります。バレエ団員のなかには私が踊り始めた頃、まだ生まれていないような方々が大勢います。しかしスタジオに入れば同じプロ同士。同じ基盤で仕事をしているのですから年齢の開きはあまり気になりません。ですが、世代の違う人達と仕事ができるというのはある意味とても素敵なことです。私自身若い時に、前の世代の人たちから多くのものをいただきました。自分の中に蓄積したそれらのものを今度は次の世代に継承していきたいと思っています。
――最後にお客様に対してメッセージを。
首藤 福岡さんはじめカンパニーのダンサーと仕事ができることは素晴らしいことですし、その一方でやはり様々な葛藤はあります。音楽と舞踊が人々にとって豊かな春歌を与えられるような作品にしたいです。
福岡 ダンサーとしては中村さんが仰ったことを努力してなんとか体現できるよう、がんばるしかないです。今日舞台セットを初めて見てすごくおしゃれだなと思いました。音楽も聴いたことのある曲や、有名な曲などがあり、それを僕たちが踊ることで、有名な曲でも違って聞こえた、というような印象を与えられ、またそれでお客様がよろこんでくれればいいなと思います。あとは振付が難しいから転ばないように(笑)
中村 振付家のキリアン氏は「転んでも構わないから」と常に仰っていました。「ここまでなら安全、と思うのではなく、リスクを持って臨んでみる。木刀ではなく真剣で斬り合っているような瞬間にこそ、観るものと演者は“今”を共に目撃するのだから。見ていてあげるから思い切り力を出し切りなさい。」といつもダンサーを励ましてくれていたんです。ですから転んでも大丈夫。思い切り踊ってください。身体ってそういう瞬間に学ぶんです。そういうぎりぎりの体験が新しい領域を広げていくのでは。
福岡 真剣に頑張ります (笑)
(3月1日収録)
「DANCE to the Future 2016 Autumn」公演で、中村恩恵のアイディアで上演された『即興』 撮影:鹿摩隆司
<中村恩恵>
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。モンテカルロバレエ団を経て、91~99年ネザーランドダンスシアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。00年自作自演ソロ「Dream Window」にて、オランダGolden Theater Prize受賞。01年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・キリアン振付「ブラックバード」上演、ニムラ舞踊賞受賞。07年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07「Waltz」、Kバレエカンパニー「黒い花」を発表する等、多くの作品を創作。また、「The Well-Tempered」、「時の庭」を神奈川県民ホールにて上演。KAAT神奈川芸術劇場「DEDICATED」シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、「WHITE ROOM」(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、「出口なし」(白井晃演出)、「ハムレット」(中村恩恵振付・出演)等初演から参加。首藤との創作活動も積極的に行っている。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、「The Well-Tempered」、「Who is “Us”?」ほかを上演。「Shakespeare THE SONNETS」、「小さな家 UNE PETITE MAISON」(演出・振付・出演)を新国立劇場で発表。新国立劇場バレエ団「DANCE to the Future 2016 Autumn」ではアドヴァイザーとして参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。11年第61回芸術選奨文部科学大臣賞、13年第62回横浜文化賞、15年第31回服部智恵子賞を受賞。http://www.sayatei.com/
<首藤康之>
15歳で東京バレエ団に入団。19歳で「眠れる森の美女」の王子役で主役デビュー。その後「ラ・シルフィード」「白鳥の湖」などの古典作品をはじめ、モーリス・ベジャール振付「春の祭典」「M」「ボレロ」ほか、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアンなどの世界的現代振付家の作品に数多く主演。また、マシュー・ボーン演出・振付「SWAN LAKE」にスワン/王子役で主演、高く評価される。2004年同バレエ団を退団後も、ダンス「アポクリフ」(シディ・ラルビ・シェルカウイ振付/ベルギー王立モネ劇場世界初演)、「鶴」(ウィル.タケット演出・振付)、「Shakespeare THE SONNETS」(中村恩恵振付)、ストレートプレイ「音のいない世界で」(長塚圭史演出)、その他「空白に落ちた男」(小野寺修二演出)、「兵士の物語」(串田和美演出)、「出口なし」(白井晃演出)などに主演。KAA T神奈川芸術劇場では自らプロデュースによるシリーズ『DEDICATED』を上演。海外での活躍も多く、ドイツ・デュッセルドルフにて、ピナ・バウシュが芸術監督を務めたNRW国際ダンスフェスティバル、アイルランドのダブリン国際ダンスフェスティバルなど数多く出演。近年では、「岸辺の旅」(黒沢清監督)、日曜劇場「99.9—刑事専門弁護士—」、渋谷・コクーン歌舞伎 「四谷怪談」に出演するなど表現の場を拡げている。 第62回芸術選奨文部科学大臣賞など受賞多数。http://www.sayatei.com
<福岡雄大>
新国立劇場バレエ団プリンシパル。大阪府出身。7歳からケイ・バレエスタジオにてバレエを始め矢上香織、久留美、恵子に師事。2003年19歳で文化庁在外研修員としてチューリッヒジュニアバレエ団に入団、ソリストとして活躍。05年チューリッヒバレエ団にドゥミソリストとして入団し、07年まで所属。2000年NBA全国バレエコンクール・コンテンポラリー部門第1位、03年神戸全国洋舞コンクール・バレエ男性シニア部門グランプリ、08年ヴァルナ国際バレエコンクール・シニア男性部門第3位、09年ソウル国際舞踊コンクール・ クラシック部門シニア男性の部優勝などがある。09年新国立劇場バレエ団にソリストとして入団。『ドン・キホーテ』、『白鳥の湖』、『くるみ割り人形』、『火の鳥』、バランシン『アポロ』、ビントレー『パゴダの王子』、ダレル『ホフマン物語』ほか数々の作品で主役を踊っている。12年プリンシパルに昇格。11年中川鋭之助賞、13年舞踊批評家協会新人賞受賞。
■公演期間:3/18(土) ・ 19(日)
■会場:新国立劇場 中劇場 (東京都)
■振付:中村恩恵
■音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
■出演:福岡雄大 / 井澤駿 / 本島美和 / 米沢唯 / 小野絢子 / 首藤康之 / ほか
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/dance/performance/33_007946.html