いでたつひろインタビュー 吉澤嘉代子の妄想を具現化した、新作『屋根裏獣』の世界を際立たせる鉛筆画
吉澤嘉代子『屋根裏獣』
音楽ジャケットのアートワークを担当するクリエイターを取り上げる連載企画『アートとミュージックが出会う場所』。第四回目はアーティスト・イラストレーターのいでたつひろ氏に登場してもらった。
2014年のメジャーデビュー以来、妄想系個性派シンガーソングライターとして耳目を集めてきた吉澤嘉代子。アルバム初期三部作の集大成となる『屋根裏獣』のジャケットを描いたいでたつひろは、作家として各地で個展を開くほか、イラストレーターとしてTシャツのデザインや書籍の装丁も手がけている。幼少時に吉澤が屋根裏部屋で妄想したキケンな物語を10編の歌にしたという今作。いでの絵が描かれたジャケットには、どのようなコンセプトが込められているのか。
いでたつひろ
――いでさんは過去にもいくつかのCDジャケットを手がけていますが、今回はどのような経緯で吉澤さんのアルバムを担当することになったのですか?
吉澤さんのMVなどのクリエイティブを手がけているデザイン会社と、以前仕事でご一緒したことがありまして。僕のことをよく知っている担当者から、今回の『屋根裏獣』と僕のテイストが合うんじゃないか、ということでお声がけいただきました。
――制作はどのように進めていきましたか。
吉澤さんご本人とお会いしたときに、今作のイメージの元になっている写真、屋根裏の一室から光が漏れている写真なんですが、それを見せてもらいました。それからアルバムのコンセプトや具体的なイメージを聞いて、すり合わせていきました。
――その1枚の写真がジャケットの元になったと。
実際の構図は違うんですけど、それが吉澤さんのイメージの大元です。ただ、メインで描かれている建物のイメージを合わせるのに時間がかかりましたね。吉澤さんのご実家は工場で、その工場の上には小屋のような部屋があったそうです。彼女はそこを屋根裏部屋のように使って幼少期を過ごしてきたとのことなので、僕はそこから着想を得ました。工場のような大きな建物の上に小屋を描いて、そこから光が周囲に広がっていく様子の絵を描いたんです。
制作過程で使用されたラフ画など
――吉澤さんの出身地である川口は鋳物工場が多くあるので、その辺の原風景が反映されているようですね。
まあ、最初に出した僕の絵は建物が吉澤さんのイメージと合わなかったようで、参考資料としてドイツの古城と日本の西洋建築の写真が送られてきまして。そこから、数回のやり取りを経て、城というよりも西洋の住宅のようなデザインになりました。吉澤さんの地元に旧田中家住宅という西洋式の家屋があるんですが、それのイメージも取り入れつつ、瓦を屋根に変えたりして日本的な要素も取り入れました。
――“屋根裏の獣”という、少し物騒なアルバムタイトルも興味深いです。
ここでいう獣とは、獣のように凶暴な吉澤さんの妄想のことみたいです。アルバムの曲は、吉澤さんが幼少期を過ごした屋根裏での妄想が紡がれた曲だと伺いました。
――なるほど。ちなみに、今回の絵はどんな画材描かれたのでしょう?
鉛筆を使いました。だいたい、2HからHBまでを使い分けてますね。以前は普通に鉛筆削りで削ってましたが、地元の写真屋さんに紙やすりで芯を削る方法を教えてもらって、よりシャープな線が描けるようになりました。昔の写真屋はフィルムを顕微鏡で見ながら鉛筆で髪の毛を黒くしたり、顔に陰影を付けたりしてたそうです。
――いでさんのバックボーンとなった、好きな絵描きやイラストレーター、ミュージシャンを教えてください。
好きな漫画家は水木しげるで、好きなミュージシャンは細野晴臣さんですね。
――水木しげる好きというのは本作からもなんとなく伝わりますが、細野晴臣というのは意外ですね。どの辺の作品がお好きなのですか?
70年代にリリースされたエキゾチックな一連のアルバム、特に『はらいそ(注:1)』という作品です。僕は数年で作風を大きく変えるタイプで、鉛筆の細密画は2~3年前まで使っていた技法なんですが、この『はらいそ』というアルバムの世界観から大きな影響を受けてますね。「はらいそ」という言葉はパラダイスの意味なんですが、僕の鉛筆の点描画は異国に理想郷を求めるような、ありそうでない風景なんだけど郷愁を誘うような、そういったテイストのものが多いです。
――数年で作風を変えるのはなぜですか。
ひとつの画材だけを使っていると、だんだん慣れてきてしまうんです。どういう風に描けるのか事前にわかってしまい、面白くなくなる。そうすると、不慣れな画材で一から描いてみたいという気持ちが出てくるんです。それが2~3年くらいの周期で回ってくる。でも、過去に身につけた技法はいつでも使えるように蓄積しておいて、要望があったらいつでもその絵が描けるようにしていますね。
今は水彩絵の具、青みがかったグレーの単色だけで花の絵を描いてます。水彩に移ったのは時間との勝負を意識したかったから。時間をかけずに一気に描き上げることに挑戦したかったんです。最初は一気に描けるんですが、どうも自分の性というか……1つの描き方を続けていくうちにだんだん描き込みが細かくなっていく(笑)。
――点描画のように描き込んでしまうわけですね。
そうなんです。花びら1枚1枚丁寧に下描きして、グラデーションで塗るようになってしまう。だからまた違うものを描こうかなと思い始めているところです。今度は抽象的なものを描きたいですね。水彩で花を始めたときの感覚に戻って、パパッと描けるようなものを探してます。でもまた、抽象画を描いているうちに細部まで描き込むようになってしまいそうですけど(笑)。
――抽象画とは意外ですね! 好きな抽象画の作家はいますか。
少し前に日本でも個展をやったサイ・トゥオンブリー(注:2)ですね。
――具体的にどこに惹かれるのでしょう?
「なぜ、それをよしとできたのか」という点ですね。円のように線をぐるぐる繰り返し描いた作品があるけど、仮に自分がそれを描いたとしても、自分ではそれを作品とすることに納得がいかないと思うんですよ。でも、サイ・トゥオンブリーはそれを作品として発表するし、それが成立している。技術的なスゴさを打ち出すこともなく、作品のコンセプトなどでの理論武装もせずに、あそこまでシンプルなドローイングを世に出せるのは、純粋にスゴいなと思うし、惹かれるし、不思議に思います。
――では、最後に『屋根裏獣』を手に取る方へメッセージをお願いします。
発売されたら平置きされると思うんですが、白黒だから目立たないかも知れません。でも、そこでジャケ買いのような感覚で手にとってもらえたらと思います。吉澤さんの音楽を聴く前に、気になってもらえると嬉しいですね。アルバムのジャケットって、個人的にとても好きなんですよ。正方形で見やすくて、そこに描かれた自分の絵にデザイナーの手も加わりますから。原画で見るのと印刷物で見るのとではぜんぜん違うし、それも醍醐味。今回のアルバムジャケットも、多くの方に気に入っていただけたら嬉しいですね。
(注:1)細野晴臣&イエロー・マジック・バンドが1978年にリリースしたアルバム。同様のコンセプトで作られた「トロピカル3部作」の1枚として知られる。
(注:2)1928年生まれのアメリカの抽象画家。写真や彫刻作品も手がける。2015年には原美術館、16年にはDIC川村記念美術館で展覧会が開かれた。
1984年生まれ。東京を拠点に2009年から絵描きとして活動開始。
点描画をはじめ、鉛筆を使ったモノクロの絵を中心に作品を発表している。
書籍装丁、雑誌、看板、Tシャツ、CDジャケット、内装など様々なものにその独特な世界観を描き出す。
公式サイト:http://factory1994.com/creators/ide/index.html
吉澤嘉代子『屋根裏獣』
【初回限定盤】(CD+DVD) CRCP-40497 ¥3,241+税
【通常盤】(CD) CRCP-40498 ¥2,778+税
2.人魚
3.カフェテリア
4.ねえ中学生
5.屋根裏
6.えらばれし子供たちの密話
7.地獄タクシー
8.麻婆
9.ぶらんこ乗り
10.一角獣
アボカド feat.伊澤一葉 (live at 東京キネマ倶楽部 2016.10.16)
東京絶景 feat.曽我部恵一 (live at 東京キネマ倶楽部 2016.10.16)
※「吉澤嘉代子とうつくしい人たちツアー」より収録。