まっすぐな瞳が語る普遍的な愛の話 『ムーンライト』#野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第二十三回
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映画『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC
TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
先日の第89回アカデミー賞にて前代未聞のハプニングが起きたのは、映画好きならずとも知っているかもしれない。授賞式のクライマックスで、受賞作が取り違えられて発表されてしまったというのは前例のないこと。ニュースなどでも取り上げられていたため、受賞作のタイトルは印象に残ったことだろう。そんなハプニングから一転、作品賞、脚色賞、助演男優賞の3冠に輝いた作品が、今回ご紹介する『ムーンライト』だ。
映画『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC
マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年・シャロンは、学校では“リトル”といじめられ、麻薬常習者の母親からは愛情を受けられない毎日を過ごしていた。シャロンに優しく接してくれるのは、麻薬ディーラーのフアンと恋人・テレサ、そして男友だちのケヴィンだけ。高校生になっても何も変わらない生活の中、シャロンはケヴィンに対して友だち以上の気持ちを抱くが、誰にも打ち明けられずにいた。
史上初の快挙、その根底にあるもの
映画『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC
本作『ムーンライト』は、脚本を担当したタレル・マクレイニーの半生を投影した作品だという。黒人貧困層の生まれから演劇学校を出て、アカデミー賞にまで登り詰めた彼が描きたかったものとは、一体何だったのだろう。
アカデミー作品賞を獲ったことで日本でも注目を集めた本作だが、様々なメディアで“LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイ、トランスジェンダー、クィア。性的マイノリティのこと)映画で初の作品賞”という取り上げられ方をしていることが多い。実際LGBTQの人物を描いた作品でアカデミー作品賞を受賞したものはなく、昨年はレズビアンの恋を描いた『キャロル』(15)、世界で初めて性別適合手術を受けた人物の伝記映画『リリーのすべて』(15)もノミネートされていたのだが、残念ながら受賞を逃している。今回、“ゲイ”の“黒人”を主人公とした作品が受賞したことは、エポックメイキングな出来事だったはずだ。
近年は日本でも、映画やCMなどを通して、性的マイノリティをもっと身近に感じてもらおうとする試みがうかがえる。とはいえ作品が“LGBTQを扱ったコンテンツ”として取り上げられる時点で、まだこういったテーマが万人に馴染みのあるものではないということを示している。本作もアカデミー賞作品というだけで「社会派で難しい話」と思われてしまいそうなところに、ゲイや黒人、貧困層といった要素がプラスされることで、“自分とは縁遠い話”と敬遠してしまう人も少なくないのではないだろうか。だが観てもらえばきっとわかる。『ムーンライト』はゲイをメインテーマに据えた作品ではないのだ。
シャロンを通して感じる三つの深い愛
ファン役でアカデミー賞助演男優賞に輝いたマハーシャラ・アリ Netflix『ルーク・ケイジ』の敵役・コットンマウスなど活躍著しい (C) 2016 A24 Distribution, LLC
シャロンを演じるのは年代別の三人の役者たち。彼らは皆、同じ“目”でシャロンという人間を表現している。相手を見据える瞳、戸惑い視線を落とす仕草……。その一つひとつがまったく同じなのだ。皆さんはその目を通して、三つの愛を感じることだろう。
一つ目はフアンの愛。父親のような存在のフアンを演じるマハーシャラ・アリの瞳は、優しいことこの上ない。シャロンを見る目はいつも慈愛に満ちていて、シャロンの母のつっけんどんな態度さえ、包み込むような瞳をしていたのがとても印象的だ。
母親ポーラを演じたナオミ・ハリス 『28日後...』のヒロインで注目された (C) 2016 A24 Distribution, LLC
二つ目は、親子の愛。子どもを上手く愛せなかった母親と、愛に飢えていたシャロンが、年月を経て不器用ながらも互いを思いやる姿は、愛ゆえのものだと言えよう。
そして最後は、シャロンのケヴィンへの愛。密かに、しかし一途にあたためていた想い。月明かりの下、二人が互いの心と体に触れ合うシーンは、あまりに初々しく清らかに映った。
映画『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC
これら三つの愛の形はどれもいびつなものだが、何も特別なことではないと私は思う。親子でもすれ違うことはあるし、叶わぬ恋の一つや二つは覚えのあるものだろう。環境や性別や生きる国が違っても、皆同じ。『ムーンライト』は普遍的な愛の話であり、シャロンという男性の人生を追体験して、あなたが何者で在りたいかを問う作品なのだ。
本作を観終ったあと私の心には、海の満ち引きのようにじんわりとした余韻が残っていた。センチな割にあたたかい不思議な感覚だったのだが、言葉で説明するのもナンセンスなので、それがどんなものかは、この作品に触れた皆さんの心に委ねることにしよう。
『ムーンライト』は3月31日(金)、TOHOシネマズシャンテ他にて全国公開。
映画『ムーンライト』
名前はシャロン、あだ名はリトル。内気な性格で、学校ではいじめっ子たちから標的にされる日々。そんなシャロンにとって、同級生のケヴィンだけが唯一の友達だった。高校生になっても何も変わらない日常の中、ある日の夜、月明かりが輝く浜辺で、シャロンとケヴィンは初めてお互いの心に触れることに。
監督・脚本:バリー・ジェンキンス
エグゼクティブプロデューサー:ブラッド・ピット
キャスト:トレバヴァンテ・ローズ、アンドレ・ホーランド、ジャネール・モネイ、アッシュトン・サンダース、アレックス・ヒバート、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、
提供:ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ/朝日新聞社
配給:ファントム・フィルム
原題:MOONLIGHT
(C) 2016 A24 Distribution, LLC