幻の演目『ビンローの封印』(作:唐十郎)を25年ぶりに劇団唐組が上演、演出・久保井研が語る

インタビュー
舞台
2017.4.14
唐組『ビンローの封印』1992年の初演より。写真左側が〈坊〉を演じた唐十郎。中央は久保井研。 ©唐組

唐組『ビンローの封印』1992年の初演より。写真左側が〈坊〉を演じた唐十郎。中央は久保井研。 ©唐組


「唐組が変わりつつあると思ったのが、この作品を選んだ一番の理由です」

アングラ演劇の生きる伝説・唐十郎が座長を務める劇団「唐組」の、春の全国紅テントツアーの季節がやってきた! 今年は恒例の大阪・東京(新宿&池袋)に加えて、長野と山梨でも公演が行われる。しかも1992年の初演以来、まさにそのタイトル通り封印されていた幻の演目『ビンローの封印』を、なんと四半世紀ぶりに再演することに。2012年以来療養中の唐と共に演出を担当しているベテラン劇団員・久保井研の会見が、ツアーの出発地となる大阪で行われた。

『ビンローの封印』は、1991年頃に尖閣諸島周辺で日本のアマダイ(グジ)漁の船がたびたび海賊に襲われたという事件をベースにしつつも、唐が無限大の想像力を駆使して胸躍るような冒険活劇に仕立て上げた作品だ。元漁船の無線技士で、海賊に襲われた際に胸にツバを吐きかけられ、そこが赤く染まったままとなった男・製造(福本雄樹)。その謎のシミの正体を探るうちに、偽ブランドの地下マーケットにたどり着いた彼は、あのツバをかけてきた海賊──ヤン・カウロン(赤松由美)という名の女と再会する…。以下に久保井の話を紹介していく。

久保井研 [撮影]吉永美和子

久保井研 [撮影]吉永美和子

偽ブランドを商うグループ同士の対立が話の中心で、そこに台湾から来た女海賊が、ある偽物を日本まで売りつけに来るという。5年前に座長が倒れて、劇団員で(過去の)唐十郎作品をやっていくという気持ちで始めてからは、割とウェルメイドな作品をチョイスして上演して来ました。その中でも『ビンロー…』は詩的な印象や文学的な味わいよりも、ロマンやダイナミズムにあふれている。お話自体も破天荒で面白いし、登場人物たちの機微や織りなすモノが色濃く味わえる作品です。

25年前の初演の時は「異国の話をモチーフとする場合、まずその地に行ってその地の水を呑んでからじゃないと、説得力のある芝居は作れない」という唐の持論にしたがって、台湾から公演が始まった。その実現の経緯や現地での苦労話については、公演のチラシに久保井が寄せた文章をぜひご一読いただきたいが、この時久保井は、芝居のタイトルにもなっている台湾の嗜好品・檳榔(ビンロー)にハマってしまったとか。

ヤシの木の仲間の青い実で、噛むと苦くて赤い汁が出てきます。これに石灰らしきペーストを入れて一緒に噛むと、急に頭がカーっと熱くなってその後スーッとするんですね。唐さんは一回しかやらなかったんですけど、劇団員は僕も含めて割とハマってしまって、最後は「ビンロー禁止令」とか出されてこっぴどく怒られました(笑)。台湾は観光ビザで行ったので、20日間しか滞在できない上に入場料も取れなかったんですけど、現地の人に「会場の端っこでパンフを売って、それを持ってる人しか入場させない」という悪どい手口を入れ知恵してもらって(笑)。でも真っ赤なテントが公園にひるがえってるだけで興奮しているお客さんがいたり、(テントの)中の倍ぐらいの人たちが外から観ていたりなど、異常な熱狂でした

そんな台湾での大成功を経て、意気揚々と日本公演を開始した唐組だったが、動員は大苦戦を強いられた。というのもこの時期の唐組は、唐が率いた伝説の劇団「状況劇場」OBを中心に、大物ゲストを呼ぶのが恒例となっていたが、この作品で初めて劇団員のみで公演を行った。当時はまだ無名で、実力も未知数の若手俳優しかいなかったわけだから、途端に客足が鈍ったのは容易に想像が付くだろう。

唐組『ビンローの封印』1992年の初演より。左側は元劇団員の伊藤ゲン。右側は現在“役者武者修行中”の稲荷卓央。 ©唐組

唐組『ビンローの封印』1992年の初演より。左側は元劇団員の伊藤ゲン。右側は現在“役者武者修行中”の稲荷卓央。 ©唐組

唐組が始まってから4年間ぐらいは、柄本明さんや麿赤兒さんなどの諸先輩方の力を借りてましたが、「劇団(の役者)だけで1本作るか?」という座長の一声がありまして。でもその頃は最大で(1公演で)900人も入れた事があったのに、この公演では35人なんて回もありました(笑)。あまりの客の入らなさに、やっぱり唐さんが一番ガックリ来てたんじゃないかな。僕は初演では(鉄砲玉の)片脳油(へんのゆ←ボットン便所用の殺虫剤の名前から取ったそう)でしたけど、今回は唐さんが初演でやっていた、闇マーケットのボス〈坊〉を演じます。

また、今回あえてこの作品を選んだことについて「尖閣諸島問題という時事的な意味合いもあるけれど、唐組が新たな時期を迎えたことが大きい」とも言う。

今年は4人の新人が入るなど、劇団員も少しずつ入れ替わりだしまして。また季節が変わりつつあるのかなという意気込みもあって、劇団の一つのエポックとなった作品をチョイスしようと思ったのが、(再演の)一番の理由です。今はプロデュースやユニットの公演がすごく広まってきていますが、紅テントの場合は劇団の形を取って、精神ばかりでなく技術もつないでいかなければならない。一回こっきりで集まった人たちでは公演が難しいので、やはり劇団という形で維持していくことが前提にあります。そういった中で今年の新人は全員が「劇団だから選びました」と言ってたのが不思議な感じがしたし、続けていてよかったんだなあと思いました

25年ぶりの再演について「説明ができなかったり、始末がつかないモノも一杯でてきますけど(笑)、その分にぎやかで楽しい舞台になるんじゃないかと。唐十郎ならではのダイナミックさを味わっていただける、初演とはまったく違う芝居にしたいと思います」と抱負を語った久保井。幕開けから観客の心を一瞬で占拠し、赤いシミならぬきらめくようなモノガタリの欠片を残して去っていく唐十郎の世界に出会うために、今年も──あるいは未経験の人も未知の冒険に出るつもりで、紅テントの空間に飛び込んでみよう。

唐組『ビンローの封印』公演チラシ。唐組と縁の深いKUMA・篠原勝之が原画を担当している。 [宣伝美術]間村俊一

唐組『ビンローの封印』公演チラシ。唐組と縁の深いKUMA・篠原勝之が原画を担当している。 [宣伝美術]間村俊一

公演情報
唐組 第59回公演『ビンローの封印』

■作:唐十郎
■演出:久保井研+唐十郎 
■出演:久保井研、辻孝彦、藤井由紀、赤松由美、岡田悟一、南智章、清水航平、福本雄樹、河井裕一朗、福原由加里/全原徳和、大嶋丈仁、重村大介、熊野晋也
 
〈大阪公演〉
■日程:2017年4月28日(金)~30日(日)
■会場:南天満公園

 
〈東京・新宿公演〉
■日程:2017年5月6日(土)・7日(日)/5月12日(金)~14日(日)/6月3日(土)・4日(日)/6月9日(金)~11日(日)
■会場:花園神社

 
〈東京・池袋公演〉
■日程:2017年5月20日(土)・21日(日)/5月26日(金)~28日(日)
■会場:雑司ヶ谷 鬼子母神

 
〈長野公演〉
■日程:2017年6月17日(土)・18日(日)
■会場:長野市城山公園 ふれあい広場

 
〈山梨公演〉
■日程:2017年6月23日(金)・24日(土)
■会場:甲府市歴史公園 山手御門前

 
■開演時間(全公演共通):19:00~ ※雨天決行
■料金(全公演共通):一般=前売3,500円、当日3,600円 学生=3,000円(前売・当日共)
■公式サイト:http://ameblo.jp/karagumi/

 
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