【動画あり】日本ツアー開幕! 指揮者・佐渡 裕に聞く ケルン放送交響楽団と奏でる不朽の名曲「運命」、「未完成」
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指揮者 佐渡 裕
世界のマエストロ、佐渡 裕。身長187センチという日本人離れした長身を生かしたダイナミックな指揮で、緩急を自在に操る。情熱と魂がほとばしるタクトと圧倒的な存在感。彼が紡ぎだす音楽とその人柄に、多くの人が魅せられている。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を始め、欧州の一流オーケストラに招かれ、数々の名演を残してきた。2015年からはウィーンの名門、トーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督を務めている。世界中を飛び回る多忙な日々にもかかわらず、兵庫県立芸術文化センターを約50万人の年間入場者数を誇る人気ホールへと育て上げ、子どもたちや被災地の人々にも音楽の魅力を伝えてきた。音楽の喜びを人々と分かち合い、誰よりも音楽を愛し、楽しんできたのが佐渡である。
その彼が、今秋、ケルン放送交響楽団を率いて全国8箇所での公演ツアーを行う。ケルン放送交響楽団といえば、東日本大震災直後に日本への祈りを込めて、共に「第九」を演奏した盟友。2014年には、本邦での「第九」ツアーも実現した。そして、今年は、待ちに待ったベートーヴェン「運命」とシューベルト「未完成」。ヨーロッパ屈指の名門オーケストラを相棒にドイツ音楽の神髄を魅せてくれるに違いない。ツアーを前に、佐渡 裕が心境を語った。
佐渡 裕
永遠の名曲に直球勝負で挑む
――ケルン放送交響楽団とは、2010年以来、共演を重ねていますね。全国ツアーに向けてのお気持ちをお聞かせ下さい。
ケルン放送交響楽団との初共演は、2010年のジルベスターコンサートです。シェーンベルクの「ブレットル・リーダー」を始めとするちょっとマニアックな曲目でしたね(笑)。以来、毎年共演する機会に恵まれ、去年の11月にも客演でケルンを訪れました。今回は名曲中の名曲を並べての直球勝負です。やりがいのあるツアーで、僕自身も楽しみにしています。
――長い歳月をかけて、佐渡さんとケルン放送交響楽団は信頼関係をしっかり固めてこられたと思いますが、この楽団の印象はいかがですか。
ドイツには様々なタイプのオーケストラがありますが、ケルン放送交響楽団は機能的で、色々なことに対応できる柔軟性に長けていますね。若手とベテランのバランスも申し分ない。また、名物事務局長が企画するプログラムも意欲的で、聴衆の心を掴んでいます。明確なテーマのなかで、あまり知られていない作曲家の作品にも取り組み、高校生を対象としたコンサートや映像の使用など、新たな試みにも果敢にも挑戦している。本拠地のケルン・フィルハーモニーは、有名なケルン大聖堂からも近い、文化的な地区の一角にあります。
日本人と深い所縁があることも忘れてはいけません。若杉弘さんがかつて首席指揮者を務められましたし、これまでコンサートミストレスに四方恭子さん、オーボエに宮本文昭さん、コントラバスに河原泰則さんといった日本人が数多く活躍しています。
――今回の「運命」と「未完成」は、交響曲のいわば最強のカップリングですよね。プログラムには、これらに「ジークフリート牧歌」が加えられていますが、聴きどころを教えて下さい。
名曲には、必ず名曲たりえる理由があります。「運命」は、ベートーヴェンの中で最も有名な曲だと思いますが、「ジャジャジャジャーン」という出だしのモチーフだけで、第一楽章が終わりまで展開されます。緊張感の極致ですよ。この有名な「ジャジャジャジャーン」は「♪ソソソミー」という二音だけで構成され、とてもシンプルですが、実は、一番重要な根音(和音の基礎となる音)が欠けている。だから、このモチーフだけ聞いただけでは、調性がハ短調か、変ホ長調なのかが分からない。ここに、ベートーヴェンの斬新なアイディアがあります。
この曲はハ短調から始まり、長いトンネルを経て、ハ長調でフィナーレを迎えます。ハ長調は調音記号がない「真っ白」なもので、「裸の姿」とも言える調性です。だから、第四楽章は人間賛歌あるいは勝利の音楽といっていい。第一、第四楽章共に「ド」を中心に作られていますが、緊張の極限と勝利のファンファーレとが、アーチ状に繋がっている。ベートーヴェンが、考えに考え抜いて書いた緻密な作品なのです。
「未完成」は、今回、室内楽的に演奏するつもりです。オーケストラの編成を小さくするのではなく、全ての楽器が聴き合えるような美しさの中で、音楽を作っていきたい。こういうことができるのは、長年にわたって共演を重ねてきた楽団とだからこそ。一人ひとりの能力が把握できているので、格別な「未完成」になるものと確信しています。
オープニングには、ワーグナー「ジークフリート牧歌」をもってきました。この曲はワーグナーが妻コジマに贈った曲として有名ですが、素敵な「花束」を聴衆の皆さんにプレゼントするかのような演奏にしたいと思っています。
佐渡 裕
人に寄り添い、さらなる高みへ――アメリカデビューを控えて
――佐渡さんは、欧州での活動に加えて、子どもたちとの積極的なかかわりや、被災地に赴くなど幅広い活動をされています。こうした活動への情熱はどこから来るのですか。
貝原 前兵庫県知事から兵庫県立芸術文化センターの芸術監督に任命していただきました。阪神淡路大震災からの復興の一助として、音楽や舞台芸術を通じて人々の心を豊かにする劇場を任されたということに、正直、心が揺さぶられました。こうして、僕は自分の40代をそこに捧げた! 今では、年間約50万人の来場者を迎え、約800もの公演が行われています。とても活気に溢れた場所になりました。多方面からの温かい支援を受けて、兵庫は復興を遂げたのです。
東日本や熊本の災害を目にして、自然に何かやりたいと感じましたが、実は、東日本大震災の直後には「音楽家に何ができるのか」と無力感に打ちのめされていたんです。医者、警察官、自衛隊員、消防士、トラック運転手などが、いかに尊い仕事をしているかを実感したから。東北には2011年以来、毎年訪れていますし、熊本には去年の夏から足を運んでいます。傷ついた場所で演奏することを通じて大切なことを学んでいます。こうした場所では、音楽を楽しみに待っている人がいて、自分たちの音で涙を流す方もいる。音楽を届ける経験を重ねて、僕なりに、音楽家としてやれることが見つかってきたと感じています。指揮者には、音程を揃える、テンポや美しいフレーズを作るなど、多くの仕事がありますが、今では、人の悲しみに寄り添ったり、勇気づけたりするのも指揮者、いや音楽家の大切な仕事じゃないでしょうか。
東日本大震災の翌年にあたる2012年の3月11日には、パリのユネスコ本部で日本人有志とスーパー・キッズ・オーケストラ(兵庫県立芸術文化センターの一事業で、佐渡 裕が芸術監督として率いる)がチャリティ演奏会を行いました。これには、日本を応援してくれた海外の方への感謝と、依然、大変な状況にある東北への継続的な支援をお願いする意味が込められていました。演奏会の後半、子ども達とフランスのトッププレイヤーとが一緒になってラヴェルの「ボレロ」を演奏しました。曲が徐々に賑やかに、華やいでいくように、復興もそうなってほしいと願っているからです。
佐渡 裕
――素敵な活動ですね。佐渡さんは、次の一歩をもうお考えなのでしょうか。
兵庫県立芸術文化センターのスローガンは「劇場はみんなの広場」です。本当の意味での「みんなの広場」となるために必要な工夫がもっとできると思っています。そして、いつの日にか、世界から「奇跡のホール」と呼ばれるようにしたいですね。また、兵庫芸術文化センター管弦楽団も結成から12年経った今では、指導に来てくれるトッププレイヤーたちが実力を評価してくれるようになってきました。今後、さらなる可能性を拓いていきたいです。
――ご自身のレパートリーについてのビジョンはいかがですか。
来シーズンはバーンスタインの生誕100周年。彼からの薫陶を受けた身は、忙しくなりそうです。9月には、兵庫でメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」を演奏しますが、これは世界初演をバーンスタインが指揮した大作。約130人からなる巨大オーケストラですから、迫力がありますし、とてつもなく大きなものを作っていく醍醐味があります。
それと、実は、来年1月に、バーンスタインと縁の深かったワシントン・ナショナル交響楽団でアメリカデビューすることが決まっています。バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」に加えて、恩師に指導して頂いたロッシーニ「泥棒かささぎ」とチャイコフスキー「フランチェスカ・ダ・リミニ」も披露します。ドキドキするけれど……楽しみでもありますね(笑)。
佐渡 裕
――最後に、本ツアーを楽しみにされているお客様に、一言お願いします。
「運命」は、冒頭のショッキングな音に始まって勝利のファンファーレに至るまで、4つの楽章があります。一つひとつの楽章は革新的ですが、全体ではしっかりとした交響曲の様式が形作られている。あたかも、美術館で順番に絵画を見ていくような感じですので、ベートーヴェンの魅力を存分に感じてもらえるはずです。「未完成」も抒情的な美しさに満ち溢れた作品ですし、「ジークフリート牧歌」も申し分のない前菜。
ケルンはドイツの一都市ですが、フランスからの影響も息づく街です。ドイツ人のもつ、深くて、組織向き気質は、大人数で奏でるオーケストラに適していますが、そこにフランスからのロマンチックさと明るい色彩感が加わります。ケルン放送交響楽団はこうした充実した響きをもつ魅力的な楽団ですので、是非、名曲をじっくり味わっていただきたいですね。
インタビュー・文=大野はな恵 写真撮影=荒川 潤 動画撮影=登坂義之
指揮:佐渡 裕
演奏:ケルン放送交響楽団(WDR Sinfonieorchester Köln)
ワーグナー:ジークフリート牧歌
シューベルト:交響曲第7番ロ短調 D.759「未完成」
ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
10/21(土)14時 兵庫県 兵庫県立芸術文化センター
10/22(日)15時 大阪府 フェスティバルホール
10/23(月)19時 京都府 京都コンサートホール
10/24(火)18時45分 愛知県 日本特殊陶業市民会館
10/26(木)19時 静岡県 静岡市民文化会館
10/27(金)19時 東京都 すみだトリフォニーホール
10/28(土)14時 群馬県 群馬音楽センター(高崎)
10/29(日)16時 東京都 東京オペラシティコンサートホール