‟ジャズ”との出会いが人生を変える! 石塚真一の傑作『BLUE GIANT』

コラム
2017.4.25

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Reader Storeの裏方担当・ミケランジェロ古谷です。今回ご紹介させていただく作品は、“ジャズ”という音楽に惚れ込んだ青年たちの成長を描く石塚真一の大人気コミック『BLUE GIANT』。3月16日に発表された「第20回文化庁メディア芸術祭」マンガ部門大賞を受賞した話題作です。ビッグコミックにて連載中の新シリーズ『BLUE GIANT SUPREME』第1巻発売時には、新宿駅に“カセットテープ”を装飾に使った巨大ポスターが出現。今ノリにノッテいる作品です。

 

書誌情報
『BLUE GIANT(1)』
著者:石塚真一
出版社:小学館
http://ebookstore.sony.jp/item/LT000013339000320780

 

ひたむきにジャズと向き合う主人公の‟熱量”

物語の舞台は宮城県仙台市。主人公の宮本大(みやもと だい)は、バスケ部に所属する普通の高校生です。しかし、彼にはもう1つの意外な顔が――。放課後、彼の生活はジャズ一色に染まるのです。

中学生の頃、友人に誘われたライブで大はジャズにハートを撃ち抜かれました。それ以来、彼は密かに独学でジャズと向き合ってきたのです。そのときの衝撃を胸に抱いたまま……。テナーサックスを手にしてから最初の2年間はまったくの我流。大が“教科書”にしたのは1950~60年代のジャズ全盛期に活躍したモダン・ジャズの巨人たちの名盤でした。そんな彼の練習方法は、河川敷に立って大音量で夕日に向かってサックスを吹き続けること。雨の日には丘のトンネルの中で、同じように吹き続ける。そんな生活を1日も休まずに、ひたすら大は繰り返します。寒い雪の夜でさえ、「人生がオレにチャレンジしてきたぁ!!」という具合で、ただただ吹き続けるのです。辺りに雪が積もって音が吸収されてしまい、さすがにめげそうになるのですが……それでも踏みとどまり、大は粘り強く吹き続ける。

“BLUE GIANT”とは、あまりに高温なために赤を通りこして青く光る青色の巨星。タイトルの通り、大はジャズに関してとにかく熱い高校生なのです。

‟即興演奏”こそ、ジャズの醍醐味!

それにしても、今どきの高校生がジャズに夢中になるなんて、ちょっと珍しいと思いませんか? 大抵の高校生は日頃から耳にするポップスなどの流行りの音楽に夢中になると思います。ジャズの全盛期は50年以上も前ですから、‟ジャズなんて聴いたこともないよ”という若者がいてもなんら不思議はありません。作中でも、ジャズの現状についてはシビアな表現がしばしば用いられています。それだけに、周りに惑わされることなく、自分の信じた音楽にひたすら没頭する大の心の強さが浮き上がってきます。

そもそも他のジャンルと比べて、ジャズは音楽に対する向き合い方がとても特殊なように思います。例えば、それはジャズのライブ盤の多さに現れています。何年何月、どこの会場、演奏したメンバー、その日の何度目の演奏だったか……。ジャズのアルバムには、総じてこのような情報が事細かに記されています。ここから感じられるのは、“その瞬間に生まれた音を聴いてほしい”というプレーヤーからのメッセージです。“ジャズは即興演奏、アドリブだよ”、なんて言いますよね。時にはお客さんの話し声や咳払い、拍手が音源に紛れ込んでいることもあります。たとえノイズが入っていたとしても、とにかく演奏している‟その瞬間に生まれた音”であることがすべて。それこそが、ジャズにとって何よりも優先される価値なのだと思います。例えば、ビル・エヴァンスというジャズピアニストの『Sunday at the Village Vanguard』は、まさにそれを物語った名盤。タイトルに込められた“日曜日にヴィレッジヴァンガード(ニューヨークにあるライブハウス)で演奏した音が最高に良かったんだ。みんな聴いてくれ!”というアーティストの思いが、アルバムの随所からひしひしと伝わってくるのです。ちなみに、このアルバムに収録されている「Alice in Wonderland」(ディズニー映画『不思議の国のアリス』テーマ曲)は僕の大好きな演奏です。他のジャンルに比べて、アルバムの中にかなりの割合でカヴァー曲が入っているのもジャズの特徴。それは、オリジナルの楽曲にこだわらず、‟演奏重視”を掲げているからです。

ジャズといえば、多くの人が“オシャレな大人が聴く静かな音楽”というイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。実際、そんなイメージのような曲もたくさんありますが、大のハートを撃ち抜いたのは“圧倒的な音量と熱量”を持ったジャズでした。全身全霊をかけて各々の楽器をかき鳴らし、新しい音を追求する、予測不可能で“キケン”なセッションです。当然、マンガですから、実際に音が聴こえるはずはありません。でも、大が生まれて初めてジャズライブを体験するシーンは、演奏するジャズマンの表情や汗、身体のひねりなどの細部までが圧倒的な画力で描かれており、まるでオーディエンスとして聴いているかのように、読者にもその‟音”がたしかに響いてくるのです。

そんな描写を目で追いかける僕の脳裏には、セロニアス・モンクのアルバム『Monk's Music』が浮かび上がりました。このアルバムの2曲目に収録されている「Well, You Needn't」という曲は“キケン”と称するに最たるもので、「これで本当にいいの?」と思うような“超個性的”なモンクのピアノ演奏から衝撃のスタートを迎えます。そんなピアノの音がパタッと止まったと思うと、次に耳に入ってくるのは「コルトレーン!コルトレーン!」とメンバーの名を叫ぶモンクの声――。モンクったら、録音中でも平然と叫んでしまうのです。慌てて吹き鳴らすジョン・コルトレーンのサックスに、アート・ブレイキーもドラムスをズダダダダッ!と応戦。曲中の掛け合いはいちかばちかのぶつかり合いの連続で、とにかく‟無茶苦茶”なのです。それは、聴いていて「これ本当に採用テイクなのかな?」と思ってしまうほど。でも、なぜか引き込まれてしまう不思議な魅力に溢れているのです。無茶苦茶な状況で生まれる、その瞬間にしかない‟リアル”な音が、いつの間にか病みつきになってしまうからでしょう。

大の音が‟ひねくれた大人たち”の魂を打つ!

主人公の大は、ジャズを通じてさまざまな世代の人間と関わっていきます。なかでも注目してほしいのが、大よりも何世代も年上のいわゆる“オジサン”たち。かつて大と同じようにジャズに魅せられて夢中になり、気づけば年を重ねていた大人たちの存在です。彼らの多くは、自分の思い通りの人生を歩むことができず、今ではすっかりひねくれ者。でも、ジャズのこととなると、おしげもなく素直な一面をみせるのです。

高校3年生になった大が師と仰ぐことになる由井は、バークリー音楽大学に留学していたほどのジャズの実力者。幼少時代からサックスを吹き続け、ピアノも弾き、ジャズの音楽理論にも精通しています。しかし、本人が目指した“一流”のジャズプレーヤーになることができず、今では仙台でしがない音楽教室の先生をしています。そんな過去を持つ由井は、それはもうとんでもないひねくれもので……。酔っぱらって路上ミュージシャンに「下手くそ」と悪態を吐いて絡むほどの‟嫌な大人”なのです。しかし、荒削りだが魂のこもった大のサックスを聞き、由井は可能性を感じます。素直に大のサックスに惚れてしまうのです。それは由井に限ったことではなく、大が初めて演奏したジャズバーの店長も、サックスのリードを買いに行く楽器屋の店長も、高校の音楽教師も同じで……。みんな、大のサックスとジャズに対する真っ直ぐな姿勢に惚れ込んでしまうのです。

これは僕の勝手な意見なのですが、大人になると他人に対してだけでなく、何事にも惚れにくくなるものですよね。良くも悪くも疑い深くなってしまって、物事を斜めに見てしまいがちになり、惚れる前に冷めてしまうということはないでしょうか。何かに心を震わすというのは、とても体力を使うし、大変なことです。オジサンはじっとしていてもすぐ疲れちゃいますからね……。

本作に登場する大人たちは、一見は‟疲れっぱなしの風情”をしていますが、ジャズや大が絡むとあっという間に燃え上がるのです。もちろん、惚れられる大の才能や人柄も凄いのですが、惚れこむ大人たちの素直さとエネルギーもまた凄いのです。本作は幅広い層から支持されていますが、この辺りに秘密があるのかなと思います。

それにしても、聴く人間をことごとく感動させてしまう宮本大のサックスは、いったいどんな音をしているのでしょうか。大の部屋に貼られた、ジョン・コルトレーンのポスター……。大が奏でるのは、コルトレーンのような‟隙が無く攻撃的な音”なのでしょうか。それとも本人が学園祭で「宮本“ソニー”大」と名乗ったように、超名盤『Saxophone Colossus』のソニー・ロリンズのような‟野太さの中に優しさが溢れる音”なのでしょうか。

主人公の大も教科書にした、作中に登場する数多くのジャズの名盤たち。まだジャズをしっかり聴いたことがないという方は、大の奏でる“音”を想像しながら、在りし日の‟興奮”と‟熱狂”を詰め込んだライブ盤に耳を傾けてみてはいかがでしょうか?

 
©石塚真一/小学館
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