『横尾忠則 HANGA JUNGLE』展をレポート 様々な生命が共生するジャングルのごとく、無数の版画があらわす横尾の宇宙観
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4月22日(土)〜6月18日(日)にかけて、町田市立国際版画美術館で開催されている『横尾忠則 HANGA JUNGLE』展。新作を含む全版画に相当する約230点と、これまでポスターと見なされてきた約20点を合わせ、約250点ものバリエーション豊かな作品の数々が一堂に会する。日本文化をリードするデザイナーが、描き出す“HANGA”の世界とは。今回はその魅力の全貌に迫るべく、展覧会の見どころをポイントで紹介していきたい。
版画制作の原点が垣間見えるプロローグ
エントランス近くで出迎えてくれるのは、1969年第6回パリ青年ビエンナーレでの受賞作、『責場』シリーズ。青竹に吊るされた女性を紙面の上下に蛍光色の色面で塗り重ねて表した3枚1組の版画は、春画を思わせる和のエロティシズムがほの暗い闇のなかで生々しく浮かび上がる。さっそく横尾流“HANGA”の斬新な世界観に、目を見開かされるような衝撃を覚える。初期の作品でありながら手法がすでに確立されているようにも見え、ここから縦横無尽に広がってゆくクリエイティブな才能の萌芽がはっきりと感じられる。
『責場』シリーズ
ぐるりと回りこんだスペースには、かのアンディ・ウォホールを彷彿とさせる作品が。しかしよく見ると、6枚の透明のアクリル板が等間隔にあけられ重なり合うようにして展示されていることに気づく。つまりこれは、横尾独自のユニークな見せ方であり手法なのだ。写真とシルクスクリーンの手法を組み合わせた本作は、アラン・ドロンやジェーン・バーキンらが出演した映画『太陽が知っている』に登場する葬列のシーンのスチル写真をもとにしているという。アンニュイな表情を浮かべるバーキンがトーンの明るい艶やかな画のなかによみがえって、葬列から想起されるモノトーンのイメージから別次元へとワープしたかのうよう。
『葬列』シリーズ
センセーショナルを巻き起こした、壮大な宇宙観
発表時にマスコミでも話題を集めたという『聖シャンバラ』シリーズは、あらゆる想像力を掻き立てられる刺激的な作品群だ。タイトルの「シャンバラ」は、地球内部の空洞に存在するとされるアガルタ王国の首都の名称だそうだが、インドから受けたインスピレーションが作品のソースになっていると本人は語る。座禅を組むインドの神をはじめ、何かを暗示しているような幾何学模様、斬新な色づかいなどからは「すべて計算し尽くされたシンメトリーな構図なのでは?」と、ついつい深読みをしてしまう。現実世界と見えない世界とのあいだを常に行き来する時限装置としてのポスターといった雰囲気もあり、横尾忠則の壮大な宇宙観に圧倒される。
『聖シャンバラ』シリーズ
家族の肖像とそこに見え隠れするもの
続いて「あっ!」と目に留まったのは、横尾忠則自身、夫人、2人の子どもをモティーフに制作された4点組の版画『Family』だ。ずいぶんと前に雑誌の中で見たことがあったが、このようなシルクスクリーン作品で見ると、また一味違ったインパクトと新鮮な感動を覚える。家族の一人一人がそれぞれに圧倒的な個性とエネルギーを放っており、4人で一つ、横尾家という運命共同体なのだということを改めて認識させられる。本人が物心がついて以来、ずっと好きであったというベースの「赤」という色も、生命が滾っている感があり、芸術一家の化学反応による底力を感じさせる。
『Family』シリーズ
家族の肖像の近くには、夫人をモデルにしたデッサン『Yasue』シリーズが。こちらはちょうど、横尾忠則がピカソの作品に衝撃を受け1980年に「画家宣言」をした直後に描かれたものだ。横尾にとって夫人が格好のスケッチの対象であり、同時に他ならぬミューズであったことが伺える。アーティストとして一つの重要な転換期を迎えたこの時期の作品は、小気味よく軽やかなタッチが印象的で、新境地のみずみずしさと躍動感を感じさせてくれる。
『Yasue』シリーズ
静的でありながら、力強い作品群
1984年〜86年の作品群が並ぶ「肉体と自然」のコーナーでは、横尾作品のなかでも色が少ない作品が並んでおり、一見すると静かな印象を受ける。しかし1点1点の作品とじっくりと対峙しているうちに、それが錯覚であったことに気づかされるのだ。たとえば墨一色で描かれた『Lisa Lion in Kobe』は、女性ボディビルダーのリサ・ライオンの裸のパフォーマンスの肉体美をモティーフにした版画だが、黒く縁取られた輪郭線には木版ならではの力強さと猛々しさがある。プリミティヴなエネルギーが一気に呼び覚まされたような感覚を覚えた。
左『Satomi&Yasuhiko in Kamakura』、右『Lisa Lion in Kobe』
名画や神話のミューズが現代によみがえらせる、
横尾流の大胆なアプローチ
1986年以降の作品を集めたゾーンは、サイズ的にも手法的にもある種の限界への挑戦が感じられる空間となっている。横尾作品のなかでも最大級といわれているこれらの作品に共通するのは、美術史上の名画が引用されているということ。どこかで見覚えのある西洋絵画のミューズとの思いがけない邂逅は、クラシカルな美術好きにも新鮮な驚きと発見をもたらしてくれるだろう。ドミニク・アングルの代表作『泉』をモティーフにした作品をはじめ、横尾自身がとくに傾倒していたというキリコとピカビアをテーマにした作品、『メトロポリス神話』シリーズなど、敬愛する巨匠へのオマージュ的な意味を超えて、既成概念を打ち破ろうとする覚悟や遊び心さえ感じられる。この時期の作品には、版画と絵画、シルクスクリーン、コラージュ、さらにダダ的な偶発性など多彩な手法と色彩が混在する。そのダイナミズムと爆発的なエネルギーに、ただただ圧倒されるだろう。
左『Roger and AngelicaⅠ』、右『Roger and AngelicaⅡ』
『メトロポリス神話』シリーズ
壁一面に大きく展示される『W onderland』シリーズ
デザイナーとしての原点回帰が伺える、貴重な一幕
「HANGA? ポスター? 版画?」のゾーンは、土方巽、寺山修司ら「アングラ」と呼ばれるカウンター・カルチャーの騎手たちの舞台ポスター制作に熱中していた当時の様子が伺える、とても貴重な一幕だ。コマーシャルを意識したポスターには、たった一枚のなかにも演劇、音楽、文学、絵画など、あらゆるエッセンスが惜しみなく集結している。そしてそこからは、横尾自身が「仕事は版画であれ、イラストであれ、絵画であれ、広い意味ですべてデザインに包括されていると考えていい」と語っているように、キャリアの出発点であるデザインが、横尾の発想の源や行動の基盤になっていることが見てとれる。ポップアートのあっけらかんとした明るさとアングラの俗っぽさ、さらに総天然色のシルクスクリーンが、“デザイン”という宇宙のなかに、丸ごとすっぽりと収まっているのである。
写真家・細江英公が撮影した写真を使用した版画群
左二点は唐十郎が主催する劇団状況劇場のための作品群
自身を描いた『Tadanori Yokoo』本作は1965年作だが発表当時、鮮烈な印象で話題を呼んだ
本展では、横尾忠則という一人のアーティストのなかから溢れ出る表現の幅の広さや手法の多彩さを通じて、意識と無意識を横断し続けるような摩訶不思議な横尾の宇宙観を堪能できる。そして同時に、本人の脳内をひそかに“のぞき見”させられているようなゾクゾク感も味えよう。多種多様な生態系がうごめくジャングルのように、“横尾曼荼羅”が炸裂している唯一無二の異次元ワールドだ。本人いわく「もう二度としません!」と断言する約250点の作品展示は、ファンならずともその世界観にどっぷりと浸れること必至。ぜひお見逃しないよう、多くの方にご覧いただきたい。
会期:2017年4月22日(土)~6月18日(日)
会場:町田市立国際版画美術館 企画展示室
休館日:月曜日
会場時間:
平日 10:00~17:00 (入場は16:30まで)
土・日・祝日 10:00~17:30 (入場は17:00まで)
観覧料:一般 800(600)円、大学・高校生・65歳以上 400(300)円、中学生以下は無料
*()内は20名以上の団体料金
*4月22日(展覧会初日)は無料
*身体障がい者手帳、愛の手帳(療育手帳)または精神障がい者
保健福祉手帳をご持参の方と付き添いの方1名は半額
主催:町田市立国際版画美術館、東京新聞
公式サイト:http://hanga-museum.jp/exhibition/schedule/2017-333
巡回:横尾忠則現代美術館(兵庫県神戸市)
2017年9月9日(土)~12月24日(日)