『篠山紀信 写真展 LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN』をレポート ラブドールたちの怪しく艶めかしい表情を堪能する
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4月29日(土)〜5月14日(日)の期間、東京・松濤のギャラリー「アツコバルー arts drinks talk」にて展覧会『篠山紀信 写真展 LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN』が開催されている。本展は、「ラブドール」を被写体にした同名の写真集の刊行を記念しておこなわれるもので、東京藝術大学大学院を修了したチームが造形した最新モデルの作品を紹介している。かつてないセンセーショナルなテーマの企画展の見どころを探るべく、内覧会に潜入。その全貌と魅力を篠山紀信本人の言葉とともにレポートしていきたい。
“一人の女性を大切に扱うように”
「ラブドール」はかつて「ダッチ・ワイフ」といわれ、もともとは性具として誕生したという歴史をもつ。そんなセクシャルな役割をもった人形が、日本において世界最高水準の技術と芸術性で独自の進化を遂げ、現在のかたちになったのだという。「日本の技術のおかげで、性具がもはやアートの域をも超えて、こんなにも素晴らしく精巧な工芸品に昇華してしまった。これはやっぱりすごいことなんですよ」と、篠山は語る。
改めて進化したラブドールのクオリティに驚嘆する篠山紀信。その上で自身の作品は、表現や撮影のアプローチの面で愛好家のそれとは全く異なると語った。
「ラブドールを偏愛している人たちが撮る写真はライトもしっかり当てて、ダッチワイフだと分かるように撮影しているんです。でも僕の場合は、一人の女性を大切に扱うように愛をもって撮っている。だからライティングもなるべく自然に近い状態で、顔の向きや角度なんかも本当に微妙なところを探りながら、シャッターを切っているんです」
聞けば確かに、篠山の作品からはセットや表情などを作り込んだ雰囲気は感じられない。そのかわりドールたちはただその場所に、そっと佇んでいる。うつむき加減でそっと視線を落とす表情は、果たしてドールなのか、それとも人間なのか? 妙にリアリティがあって、不気味でもあるその姿は、生死の境を見紛うほどに美しい。
「LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN」© Kishin Shinoyama
近未来のイメージをも問いかける、
篠山紀信の今日的なテーマ
死の香りを漂わせながらも、どこか儚げでうっすらと血の通った人間の幻影を見させるラブドールたち。そんな彼女たちが不意に見せる“生”の表情に吸い込まれそうになりながら「この姿に目を奪われ、惑わされてしまう男性がいてもおかしくない」と、ふと思ってしまう。
写真集『LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN』の中には、ラブドールだけでなく本物の女性も登場している。そのことについて篠山は「人形は限りなく人間っぽく、人間は人形っぽく撮ることを意識した」と、撮影を振り返る。
「最近だと人間のなかに人工知能が入ってきて、現実とリアルの世界がどんどん融合している時代でしょう? このラブドールたちは、生きているか死んでいるのか分からない、『虚と実』『過去・現在・未来』が混じるような未来が、もう近い将来に待っているかもしれないという近未来的なイメージをはらんでいる。実におもしろい今日的なテーマでもあると思ったんです」と語った。
一方、人間ではない被写体を撮影するからこその苦労ももちろんあったという。
「ラブドールは一体30kgくらいあって、結構重いんです。だからまず運ぶのが大変だし、人間みたいに『ここに座って、歩いてみて』というふうに簡単にはいかない。だから撮影にはものすごく時間がかかりましたよ。それから人形を動かす時も我々ではできないから、骨組みをつくった専門家に立ち会ってもらって関節を動かしたり。普通に立つこともできないから、どこかに必ずもたれさせてあげたりね」と、一筋縄ではいかない撮影現場でのエピソードも語ってくれた。
「LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN」© Kishin Shinoyama
またロケ舞台については、廃屋やもう使われなくなった映画館など5カ所が選ばれたのだという。どの写真をとってみても空間のもつ無機質で危険な空気感がドールと妙にマッチしており、怪しげなムードをさらに助長している。
そうかと思えば、シャンタルトーマスの下着を贅沢に身に纏い、クリスチャンルブタンの高いヒールで足元を飾るドールたちからはラグジュアリー感が漂う。聞けばこちらはファッションエディターの祐真朋樹がアートディレクションをつとめ、東京藝術大学を修了したアーティストによるメイクアップが施されているのだとか。
不気味な雰囲気が展示会場全体に流れるなか、ふと現実へと引き戻してくれるような作品が存在している点も、本展の見逃せないポイントだ。
「LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN」© Kishin Shinoyama
"黄泉の国"を思わせる、『digi+KISHIN』の映像
一連の作品が並ぶスペースを抜けると、篠山と音楽家の平本正宏が手がけた映像作品『digi+KISHIN』が流れるスペースが続く。こちらでは、怪しげなムードミュージックとともに、水と戯れながら舟に揺れる女体の姿が映し出されている。まるで黄泉の国へと誘われているかのような、奇妙な感覚を味わえる。
内覧会の最後に記者から「展覧会の見どころは?」と問われた篠山はこのように回答した。
「そりゃもう、アツコバルーのあるこの奥渋(※おくしぶ。“奥渋谷”のこと)ですよ。それに、アツコバルー自体もちょっと暗くてなんともいえない密室感があって、他の会場にはない趣があるんですよね。そういう、このエリア・この会場でしか味わえない感覚があるから、これは絶対に足を運んで見なくちゃダメ!」
写真家・篠山紀信によって生命を注入された、怪しく艶めかしいラブドールたち。エロスとタナトスが入り乱れる奥渋きってのディープな空間にどっぷり浸りながら、全身で篠山作品を体感してほしい。
開催期間:4月29日(土)〜5月14日(日)
会場:アツコバルー arts drinks talk
会場時間:11:00-18:00(日・月)14:00-21:00(火〜土)※会期中無休
入場料:¥800(一般) ¥600(学生・障がい者)
※本展には、性的な表現が含まれておりますので、予めご了承の上ご来場ください。
※篠山紀信写真展とオリエント工業40周年記念展の共通