『写真家 ソール・ライター展』をレポート NYの片隅で人知れず写真を撮り続けた、伝説の写真家の秘密に迫る
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ソール・ライター《雪》1960年
「ニューヨークが生んだ伝説」と呼ばれる写真家がいたことをご存知だろうか。写真家のソール・ライターは「カラー写真のパイオニア」と称されているが、その代名詞だけでは言い表しきれないものが彼の作品と人生には詰まっている。1950年代からファッション写真の第一線で活躍しながら、1980年代に商業写真から退き、忘れられた存在となった彼が再び脚光を浴びたのは2006年に出版した一冊の写真集がきっかけだった。再発見された伝説の写真家の秘密に迫る日本初の回顧展が、4月29日(土)から6月25日(日)まで渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアムで開催される。一般公開に先駆け行われた内覧会より、写真作品、絵画作品など200点以上の彼の作品が一堂に会す本展の見どころを紹介していこう。
『写真家 ソール・ライター展』展示室入口
ファッション・カメラマンとしての成功
ソール・ライター(1923〜2013)の人生は様々な物語に彩られている。ピッツバーグで生まれたライターは、ユダヤ教聖職者ラビの父親の跡を継ぐため神学校で教育を受けていたが、22歳の時、家と宗教的生活を捨て、画家を志してニューヨークへ向かう。抽象表現画家のリチャード・プセット=ダートと出会い、写真について影響を受けると、やがて写真の才能が注目され『ヴォーグ』、『ハーパーズ・バザー』などのファッション誌のカメラマンとして活躍するようになる。
左《靴の広告》1957年など、ファッション・カメラマン時代の作品
ソール・ライター《トーア、『Harper's Bazaar』》1959年2月
「私が望んだのは、撮影の結果がファッション写真以上の“写真”になることだった」と語ったライターの思いが分かるような、モデルがふっと気を抜いた瞬間を覗き見たような作品や、絵画で培われた色彩感覚や構図を生かした、ライター流のファッション写真を本展でも見ることができる。
ソール・ライター《無題》1965年頃
ソール・ライター《カルメン、『Harper's Bazaar』》1960年頃
天性の色彩感覚が生み出すカラー写真、
83歳で衝撃の世界デビュー
その後、徐々にファッション写真の仕事が減少していき、1981年にスタジオは閉鎖される。ライターは自分のためだけに作品を創造する隠遁生活へ入っていく。毎月の光熱費の支払いに苦労するほどの生活を送っていたライターだったが、83歳の時に転機が訪れる。世界最高峰のアート系出版社として知られるドイツのシュタイデル社に見出され、2006年に出版した写真集『Early Color』がきっかけとなり、カラー写真のパイオニアとして世界の注目を浴びることとなる。
ソール・ライター《足跡》1950年頃
ソール・ライター《床屋》1956年
1940年代から50年代に撮影された、卓逸した色彩感覚と絵画的とも言える構成によって表現された、ニューヨークの風景や人々の日常を捉えた作品は写真界に衝撃を与えた。本展覧会では、そんなライターのカラー写真の代表作が展示される。
左からソール・ライター《赤い傘》1957年、《赤い傘》1955年頃
右上ソール・ライター《フェスティバル》1954年ほか、カラー作品が並ぶ
本展監修者であるニューヨーク国際写真センター(ICP)、アソシエイト・キュレーターのポリーヌ・ヴェルマール氏は「ライターのカラー写真は、新しいスタイルを発見したような衝撃を与えた」と語る。まさにセンセーショナルな世界デビューだったと言えるだろう。
印象派絵画、浮世絵から受けた影響
ライターの写真の魅力はどこからきているのだろう。ライターはボナール、ヴュイヤールなどのナビ派と呼ばれる後期印象派の画家達の作品や、日本の浮世絵を敬愛した。それらの作品に多大な影響を受けながら、彼は独自の写真スタイルを生み出していく。ポリーヌ氏は浮世絵の影響が顕著にわかる作品として《天蓋》を挙げている。4分の3ほどが黒一色に占拠された大胆で目を引く構図は、浮世絵の斬新な構図を思い起こさせる。
ソール・ライター 《天蓋》 1958年 発色現像方式印画 ソール・ライター財団蔵 ⒸSaul Leiter Estate
「雨粒に包まれた窓の方が、私にとっては有名人の写真より面白い」
ライターの天性の色彩センスや独自のスタイルと同様に、彼の作品を魅力的にしているのが、その繊細な視点である。彼は60年余を過ごした、ニューヨークのイースト・ヴィレッジ界隈を撮影し続けた。彼が捉えた日常の中で見過ごされてしまいそうな都会の一瞬のきらめきや、街の人々の静かな感情の揺らぎは、見る者の心を打ち静かな感動を与えてくれる。
左からソール・ライター《パレード》1954年、《ホーン&ハーダート》1959年頃
左からソール・ライター《無題》1950年頃、右上《少年》1950年頃、右下《ジョアンナ》1947年頃
ソール・ライター《そばかす》1958年頃
そんな彼らしい視点で撮影されたヌード写真も本展では多数公開される。被写体は長年のパートナーだったソームズ・バントリーや友人などで、親密感溢れる秘密めいた瞬間が映し出されている。
ソール・ライター《煙草を吸うフェイ》1946年
ライターの新しい魅力、絵画作品も展示
写真家として名声を得た後も「自分自身は画家である」と考え、絵を描き続けたライター。ほとんど日の目を見ることがなかったライターの絵画作品が展示されるのも本展覧会の見どころのひとつだ。ソール・ライター財団の創設者であり、晩年のライターのアシスタントだったマーギット・アーブ氏は「彼は毎日絵を描き、常に筆を手にとっていた。スケッチブックは彼の日記的なようなものだと私は捉えている」と語った。
ソール・ライター《無題》制作年不詳
日記のように描き続けたスケッチブック
展覧会の会期中、Bunkamura ル・シネマでは2012年に制作されたドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』が特別上映予定だ(詳細は公式ホームページに随時掲載)。晩年、高い評価を得てからもライターの生活は変わらなかった。マンハッタンの片隅の古いアパートメントで絵を描き、近所を散歩し写真を撮った。名声には関心を持たず、ただ写真を撮り続けられれば、絵を描き続けられれば満足だった。そんなライターの人生哲学や、純粋に美を探求する姿を映画では見ることができる。本展覧会と共に映画も楽しむことを是非お勧めしたい。より彼の作品が味わい深く迫ってくるはずだ。