「疾走するジジイであり続けたい」蜷川幸雄一周忌・メモリアルプレート除幕式レポート~市村正親らが挨拶
(左から)市村正親・蜷川宏子
演出家の蜷川幸雄が80歳で他界してから1年。芸術監督を務めた彩の国さいたま芸術劇場(さいたま市中央区)では5月15日、功績をたたえる「メモリアルプレート」の除幕式や1周忌法要などがあった。ゆかりの俳優たちや観劇ファンら600人が訪れ、演劇界を駆け抜け大きな足跡を残した巨匠をしのんだ。
銅製のプレートが掲げられたのは、劇場1階の大稽古場を出てすぐのところにあるガレリアの一角。『NINAGAWA・マクベス』の舞台美術の赤い月を背景にした蜷川の肖像写真があった。長女で写真家の蜷川実花が撮影したものだという。その下に小さく記された言葉は「最後まで、枯れずに、過剰で、創造する仕事に冒険的に挑む、疾走するジジイであり続けたい」。いかにも、という一節は、蜷川の著書から家族が選んだ。
プレートの下に設置されたショーケースには、蜷川愛用の品々が納められた。台本や自筆原稿、眼鏡、腕時計、オブジェ……。その中で、この場所を訪れたらぜひ注目してほしいのは、指先で触れたら血が噴き出しそうになるほど、鋭くとがった数十本もの鉛筆だ。妻の宏子にとっても一番の思い出の品だという。「鉛筆が大好きで。どれを見てもとがっていて、そこがすごいなあと。あんなトシになっても闘争的でした」と振り返る。完成形を嫌い、常に新たな表現に追い求め、闘った演出家の心のありようを映すようだ。「鉛筆削り機が5つぐらいはあった」と宏子夫人。時には、自らカッターを握り、削っていたこともあった。そうすることで、感覚も研ぎ澄ませていたのだろうか。
同日午前に催された除幕式では、宏子夫人や俳優の市村正親、埼玉県の飯島寛副知事、埼玉県芸術文化振興財団の竹内文則理事長らが出席した。飯島副知事は、公務で急きょ欠席した上田清司知事の言葉を代読。「私どもは蜷川芸術監督の遺したすばらしい財産をしっかりと守り、発展させていきます」とあいさつした。宏子夫人は「こんなすてきなプレートを、大好きな稽古場の前に。……彼は本当に幸せな人だったなあと思います」としみじみ。そして、「一緒に仕事をしてくれた方々が、彼の精神を引き継いでリレーをしてくれるというのが、ものすごくうれしい」と涙ぐみながら語った。
除幕式
蜷川宏子
6月下旬の香港公演から始まる1周忌追悼公演『NINAGAWA・マクベス』を控える主演の市村は、「-疾走するジジイであり続けたい」という例のプレートの言葉を読み上げた。「この言葉は、今の僕に対する蜷川さんからのダメ出しだと思っています」とユーモラスに話し、笑いを誘ったあと、蜷川との思い出を振り返った。初めて蜷川作品に出演したのは、1999年の『リチャード3世』。市村はこの時、50歳だった。その後、2001年『ハムレット』、2003年『ペリクリーズ』に出た。そして、ラストとなったのが、15年の『NINAGAWA・マクベス』だった。
市村正親
『NINAGAWA・マクベス』出演のきっかけになったエピソードについて市村が明かした。2014年、自身が胃がんを患った際、蜷川からこう声を掛けられたという。「市っちゃん、体に傷を持つと仕事も変わるよ。ぼくも演出が変わってきた。だから、退院したあとの芝居が楽しみだ」。さりげない励ましに、市村はこう返した。「マクベスの『明日また明日』のせりふがうまく言えちゃったりして」。市村でマクベスを、という蜷川の発想は、そこから浮かんだらしいと聞いたという。
市村にとって、二度目の『NINAGAWA・マクベス』の稽古は、間もなく始まる。 「常に蜷川さんの存在が自分の体の中にある」と語る市村は、「稽古場の目の前にプレートができたことで、すっごく力強くなった。いつもここにいてダメ出しをしているなと思うから、(気合いが入って)ハッとなるでしょう」(笑)とおどけてみせた。公演に向けての抱負を質問されると、一転、表情を引き締めて「蜷川さんの魂を心の中にとめて、一緒に行くような気持ちで取り組みたい」と意気込んだ。
午後には、劇場大ホールで1周忌法要が営まれた。祭壇が設けられた舞台には、プレートと同じ肖像写真が遺影として飾られた。関係者によると、蜷川作品でおなじみだった鈴木杏や勝地涼、白石加代子、松本潤らも参列。観劇ファンらも数多く訪れていた。
祭壇を前にする市村正親
また、「彩の国シェイクスピア・シリーズ」などの名舞台を次々と世に送り出した大稽古場には、同日限定でゆかりの大道具や小道具などが所狭しと展示された。巨大な真っ白なオオカミやアクリルの水槽、蓮の花、ろうそくの束……。劇的なシーンを彩った品々は、観劇ファンなら見覚えがあるはずだ。蜷川の命日を示す「2016」「5・12」の電光掲示には、胸が熱くなった。
多くの蜷川演劇で舞台装置を担当してきた中越司
俳優たちに檄を飛ばした、蜷川愛用の机も展示。台本やマグカップ、ペンケースなども置かれていて、すぐにでも熱いけいこが再開されそうな雰囲気。メディア関係者が撮影する傍らで、いとおしそうに眺めていたのは、演出補として蜷川を長らく支えた井上尊晶だ。「舞台美術、すごいボリュームですね」と声を掛けると、「(蜷川さんは)空間を埋め尽くすのがいい、モノに囲まれているのが好きなんだと言ってましたからねえ」と懐かしんだ。井上さんは「蜷川さんからの弾丸が、しっかりと体に残っているんですよ。ただ、怒るだけじゃなくて、そこには愛情があってこそ。傷は痛みを伴うけれど、痕跡をのこしてくれた。だから、少しのことでは揺るがない。その痛みがあるから今があるんだと思う」。
蜷川の演出机。茶碗の可愛い蓋は宮沢りえから贈られたもの
蜷川の演出机と椅子とバッグ。天井から吊るされたネオン管は『カリギュラ』小栗旬らから贈られた誕生日祝
稽古場を出ると、プレートの蜷川の写真が目に入った。蜷川の演劇を私たちがこれからどう引き継ぎ、いかに新たな創造を生み出していくのか。蜷川は見守っている。そう感じながら、劇場を後にした。
取材・文=鳩羽風子 撮影=安藤光夫(祭壇、除幕式を除く)
■演出:蜷川幸雄
■主催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団 ホリプロ
■オフィシャルエアライン:ANA
■イギリス公演共催:国際交流基金
マクベス夫人 田中裕子
バンクォー 辻萬長
マクダフ 大石継太
ダンカン王 瑳川哲朗
魔女1 中村京蔵
老人/シーワード 青山達三
マルカム 竪山隼太(さいたまネクスト・シアター)
魔女2 清家栄一
ロス 間宮啓行
アンガス 手塚秀彰
医者 飯田邦博
貴族 塚本幸男
魔女3 神山大和
侍女 景山仁美
レノックス 堀文明
老女 羽子田洋子
老女 加藤弓美子
暗殺者 堀源起(さいたまネクスト・シアター)
マクダフ夫人 周本絵梨香(さいたまネクスト・シアター)
メンティース・王 手打隆盛(さいたまネクスト・シアター)
ドナルベーン/小シーワード 秋元龍太朗
フリーアンス 市川理矩
シートン 白川大(さいたまネクスト・シアター)
使者 續木淳平(さいたまネクスト・シアター)
ケースネス 鈴木真之介(さいたまネクスト・シアター)
使者 髙橋英希(さいたまネクスト・シアター)
使者 後田真欧
暗殺者2 五味良介
召使い 西村聡
召使い 岡本大地
マクダフ息子 牧純矢(Wキャスト)
マクダフ息子 山崎光(Wキャスト)
■会場&日程:
Grand Theatre, Hong Kong Cultural Centre
(10 Salisbury Road, Tsim Sha Tsui, Kowloon, Hong Kong)
6月23日(金)~25日(日)
◆問合せ先:
・公演について:(852)-2268-7325
・について:(852)-3761-6661
・電話予約(クレジットカード販売):(852)-2111 5999
・インターネット予約:www.urbtix.hk
◆ウェブサイト:www.lcsd.gov.hk/cp
埼玉/彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
◆公演日:7月13日(木)~ 29日(土)
◆前売日:4月22日(土)
◆料金:S席¥12,000- A席¥9,000-
◆問合せ先:ホリプロセンター 03-3490-4949
◆ウェブサイト:http://hpot.jp/
◆公演日:8月5日(土)~6日(日)
ロンドン/Barbican Theatre 10月5日(木)~8日(日)
プリマス/Theatre Royal Plymouth 10月13日(金)~14日(土)