永遠に続く「移動式美術館」が世の中を変える 『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』展レポート

2017.5.25
レポート
アート

〈リトル・レディース・ミュージアム―1961年から現在まで〉2013 より

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東京都写真美術館にて、『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』(会期:2017年5月20日〜7月17日)が開幕した。ダヤニータ・シン(1961~)は、世界で最も活躍の著しい写真家のひとりに数えられ、数々の国際現代美術フェスティバルや国際展に招聘されるなど注目を浴びている。

会場のようす

内覧会で展示解説を行うダヤニータ・シン

ニューデリー生まれのダヤニータは、アーメダバード、ニューヨークで写真を学び、欧米雑誌を中心にフォトジャーナリストとして活躍。セックスワーカーや児童労働、貧困などインドの深刻な社会問題を追いかけ、多くの写真が雑誌に掲載された。

〈私としての私〉より 1999 京都国立近代美術館蔵

しかし、次第に西欧人が求める“エキゾチックで混沌とした貧しいインド”というステレオタイプな写真を撮ることに苦痛を感じるようになり、90年代後半、フォトジャーナリストとしての仕事をすっぱり辞め、アーティストとしてのキャリアをスタートした。

本展では、ダヤニータの初期の代表作から転機となった作品を導入部とし、日本初公開となる移動式の「美術館〈Museum Bhavan〉」を披露。メディアとしての写真の新たな可能性を、美しく詩的に切り開いていく彼女の世界観をとくと堪能したい。

 

常に変化し続ける。永遠に未完成の移動式「美術館」

本展を企画した笠原美智子氏は「ある意味で、ダヤニータ・シンはキュレーター泣かせのアーティストである」と述べている。

通常、美術館で展覧会が始まると、出品作品が変わることは原則的にはない。しかし彼女の場合はそうはいかない。自ら考案した移動式の「美術館」を携え、展示する写真もその組み合わせ方も自由自在に変えてしまうのだ。常に現在進行形で、常に未完成。まさに生きる「美術館」なのである。

「美術館」を自在に動かすダヤニータ

「美術館」の裏側はこのようになっている

「作品が美術館という環境に入ると、まるでその美術館に人質に取られているよう」と語るダヤニータ。彼女の「美術館」には従来の美術館システムに対する批判が込められている。自分は現存している作家なのに、どうしてすべての決定権がキュレーターの手中にあるのか。彼女は写真家として、またアーティストとして直面する問題に対し、作品のコンセプトで応えているのである。

解説は不可能。偶然がもたらす生きる写真集

10以上ある「美術館」の総称〈インドの大きな家の美術館〉の中で最初につくられた移動式美術館のひとつ、それが〈ミュージアム・オブ・チャンス〉である。2つのチーク材構造物から成り、縦252.5㎝×横86.5㎝×幅63cmで、104点の正方形の写真と59点の長方形の写真、全部で163点の作品が収蔵されている。

〈ミュージアム・オブ・チャンス〉2013 

グリッド上に配置された写真が相互に影響しあいながらシークエンス(=連続、順序)をなしている。もちろんその構成はダヤニータによってその都度変わるため、内容を説明することはできない。作品は言葉で語られることを拒否しており、解釈はあくまでも鑑賞者にゆだねられている。

彼女は音をチューニングするように写真の“トーン”をあわせていくが、そこで重視しているのが“チャンス”、つまり偶然性である。同じ写真でもちょっとしたシークエンスの変化でまったく違うものにみえてくる。

会場のようす

同じく〈インドの大きな家の美術館〉のひとつである〈リトル・レディース・ミュージアム-1961年から現在まで〉は、屹然とした女たちの美術館だ。収集されている作品を辿っていくと、何人かの被写体が時を経て繰り返し現れることがわかる。ひとりの女の歴史や感情の変遷、時の経過を垣間見られて趣がある。

「美術館」そのものをじっくり眺めるのもいいが、壁に展示されているダヤニータの初期作品群と同時に見比べつつ鑑賞するのもオススメだ。写真家としてのダヤニータ、アーティストとしてのダヤニータ、またキュレーターとしてのダヤニータと彼女の枠組みを超えた変遷を辿ることで、ブレない彼女の芯の部分に触れることができるだろう。

空間の呪縛から解かれ、「美術館」は旅するように移動する

「美術館」には実にさまざまな形がある。

〈インドの大きな家の美術館〉の最新作である〈ミュージアム・オブ・シェディング〉は建築そのものと言ってもいい。ベッドと机、椅子やスツール、ストレージまで備わり、文字通り美術館の設えである。

写真集『ミュージアム・オブ・チャンス』44冊が収納された2つのトランクによる〈スーツケース・ミュージアム〉というのもある。ダヤニータのアーティストとしての姿勢だけでなく、都市から都市へ作品を携えて移動する彼女の生活までをも伝える軽妙でユーモラスな作品だ。

〈ミュージアム・オブ・シェディング〉2016 とダヤニータ

「美術館」構想の産みの親ともいえる〈セント・ア・レター〉は、布貼りの小箱に小さな7冊の本が入った手の平サイズのギャラリーだ。彼女が友人のために作った小さな写真集から生まれた作品である。友人の分と自分のアーカイブのために「キッチン・ミュージアム」として保存され2007年には30冊を超えていた。

〈セント・ア・レター〉2007

〈セント・ア・レター〉2007

世の中を変える。ダヤニータは真正面から世界と向き合う

ユーナック(=去勢された男性)の実像に迫った〈マイセルフ・モナ・アハメド〉、〈第3の性(ポートフォリオ)〉や、ア-シュラマ(僧院)に暮らす少女たちを収めた〈私としての私(I Am As I Am)〉を見ても明らかなように、ダヤニータの写真は被写体との親密な関係性の上に成り立っている。ゆえに、個々の写真はそれぞれ関係の濃密さを醸し出している。

〈第3の性(ポートフォリオ)〉より 1991-1993 

〈第3の性(ポートフォリオ)〉より 1991-1993 

一方で、彼女は写真をロー・マテリアル(素材・材料)と呼び、膨大な写真をすべて「新作」のための素材とする。写真そのものが放つ個の強さと、写真との冷静な距離感。彼女はそれらの矛盾する状況を、作品の見せ方によって絶妙に同居させる技を身につけた。彼女の写真が地域性と特殊性を保ちながらも、時間と場所を超越する不思議な力を持って立ち現れる理由はここにあるように思う。

〈マイセルフ・モナ・アハメド〉より 1989-2000 

日常に内包する論理ではでぬぐえないはずの不合理な感情。これは彼女の写真集『ゴー・アウェー・クローサー』(2007)というタイトルからもうかがえる。直訳すれば「あっちに行って、でももっと近づいて」といった具合か。のちに彼女は「昔、愛した人について使ったことのある表現」だったと語っている。

ダヤニータはニューヨークでの留学時代について「ICP(国際写真センター)で何を学んだかと言えば、世の中を変えること」と回想している。世の中を変える――。その方法はフォトジャーナリズムから現代アートへと変化はあったものの、彼女を突き動かしている根っこの部分はずっと同じようにみえる。

〈リトル・レディース・ミュージアム―1961年から現在まで〉より 2013 

写真に、社会に、そして世界に真正面から向き合うダヤニータ作品は、美術界の突破口を切り開く強さを十二分にもっている。どのような形で既成概念を壊していくのか、はたまた世の中を変えていくのか、次作も楽しみでならない。

同時に開催されている「いま、ここにいるー平成をスクロールする 春期」もぜひのぞいてみてほしい

 
イベント情報
総合開館20周年記念
ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館


会期:2017年5月20日〜7月17日
会場:東京都写真美術館 2階展示室
住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
電話番号:03-3280-0099
開館時間:10:00〜18:00(木・金〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(7月17日は開館)
料金:一般800円 / 学生700円 / 中高生・65歳以上600円 / 小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
http://www.topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2778.html

 

イベント情報
総合開館20周年記念
TOPコレクション「いま、ここにいる 平成をスクロールする 春期」


会期:2017/05/13(土)~2017/07/09(日)
会場:東京都写真美術館 3階展示室
料金:一般500円 / 学生400円 / 中高生・65歳以上250円 / 小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
http://www.topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2772.html
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