バーンスタインが自分自身を表した大作『ミサ』リハーサル見学レポート

2017.7.6
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バーンスタイン『ミサ』リハーサル風景


バーンスタインが自分自身を表した大作『ミサ』

来年、生誕100年を迎えるレナード・バーンスタイン。ミュージカル・ファンには『ウエスト・サイド・ストーリー』の作曲家として、クラシック音楽愛好家には希代の指揮者として知られる天才音楽家だ。その彼が「この作品は私の全てであり、私の人生だ」と言った曲がある。それが『ミサ』だ。

バーンスタインの『ミサ』は、1971年にワシントンDCの総合文化センター、ケネディ・センターのオープニングのための曲として生まれた。通常のキリスト教のミサ曲をベースにしていながら、シアターピース(舞台作品)と銘打たれた劇場上演の為の音楽である。ベトナム戦争の時代のアメリカにおける強烈な反戦メッセージ、ユダヤ系アメリカ人だったバーンスタイン自身の宗教への葛藤の表現、そして<折衷主義>と言われる、クラシックからポップス、ロック、ブルースなどの様々な要素を持った、強烈なリズムとメロディーに溢れた音楽が特徴だ。使われている言葉は英語が中心となり、ラテン語、ヘブライ語などが混在している。曲のなかには演者が語る部分、また録音を流す部分もある。

バーンスタイン『ミサ』リハーサル風景

初演当時はアメリカの政治、宗教的な権威を真っ向から批判する内容が物議をかもした。それに加えて規模の大きさ、演奏の困難さもあり、『ミサ』はめったに上演されない幻の曲となっていく。しかし近年、内容の普遍性と、バーンスタインの音楽の誰をも虜にする魅力で高い評価を得て、世界的にも上演が増えて来た。

バーンスタイン『ミサ』リハーサル風景

今回はその傑作『ミサ』が大阪のみで上演される。7月14日(金)、15日(土)の2日間、第55回大阪国際フェスティバル2017の一環として、フェスティバルホールで上演されるのだ(日本語字幕付き)。

指揮、演出を手がけるのはこの作品に心から共感する指揮者、井上道義。多才な井上は、公演の総監督、演出、指揮を全て手がける。出演は日本のオペラ界のトップ歌手17人が一堂に会し、それに合唱、児童合唱、バレエが加わり、演奏は創立70周年を迎える大阪フィルハーモニー交響楽団だ。

バーンスタイン『ミサ』リハーサル風景

東京で繰り広げられる音楽リハーサルを見学

大掛かりな新制作とあり、リハーサルは長期計画で進められて来た。6月末には、東京の稽古場でおこなわれているソロ歌手達の音楽リハーサルの見学会があった。音楽リハーサルとはいっても、実際の稽古場ではすでに井上の指導による音楽と演出が一体となった稽古がおこなわれていた。

バーンスタイン『ミサ』リハーサル風景

バーンスタイン自身が「ミサ」の主役であることを演出の焦点に

――今回の上演に向けて、一番お客さんに伝えたいところがあったら教えて下さい。

井上「バーンスタインはこの作品を書いた時に、劇場作品としては非常に多いとも言える、色々な問題を詰め込んでいます。お客さんは一度しか観ないのだから、今回はそれをなるべく整理しよう、一回観ただけで合点が行くようにしよう、ということで頑張っています」「戦争に対しての〈平和を〉というテーマは勿論あるのですが、バーンスタインはショスタコーヴィチと同じように、政治問題や社会問題を扱うためだけに作品を書いた訳ではなかった。自分が書きたい事があったから書いたのです。それは、自分と、社会で思われている自分との相克というのかな、自分が自分をこう思いたいという自分と、社会でこういう風に思われている自分とのずれを書いている。絶対に。そこが面白いし、その命題ならどこの国の人が聴いても、男でも女でも理解出来るでしょう?うん。解る話だと思います」

――今回、主人公的な役回りを持つ司祭役が、バーンスタイン自身である、という演出をなさるとのことですが?

井上「それはきっと、しょうもない演出家は誰でもやるんじゃないかしら(笑)。まあ、僕はこの作品を手がけるのは二度目なので、前回よりももっと正直にやろうと思ったんです。バーンスタインは自分の事を書いたんだな、ということで、それは彼自身も“これは自分自身だ”と言っている訳ですから、それを隠さずそのまま出しているだけなんです」

井上道義

主人公である司祭(この演出ではバーンスタイン自身でもある)役を演じるのはバリトン歌手の大山大輔だ。

『ウエスト・サイド・ストーリー』を思わせるポップな音楽の魅力

大山「この『ミサ』には、バーンスタインを代表する曲である『ウエスト・サイド・ストーリー』などのポップで乗りやすい、カッコいいリズム感が随所にちりばめられています」

ーー司祭役をバーンスタイン役として演じるための役作りは?

大山「僕は、司祭という役は、その役職を生涯かけて全うしていく、人の悩みを受け止め人に教えを説く側、ということで、個人のパーソナリティーを表に出してはいけないような印象を持っていました。でも今回、この作品の中に出て来る司祭はバーンスタイン自身であるという設定になっています。彼の生涯を背景にとらえることによって、司祭という役どころが人間味を帯びてきているのではと感じます。まだ本番まで毎日この作品のことばかり考えてずっとやっていくので、その中で新たに生まれて来る感情があり、舞台もどんどん進化して行くと思います」

大山大輔

この日の稽古場には、公演のミュージック・パートナーである指揮者の佐渡裕も顔を見せていた。佐渡はアメリカのタングルウッドでこの『ミサ』の演奏に接している。

(左から)副指揮を務める角田鋼亮(大阪フィルハーモニー交響楽団・指揮者)、井上道義、佐渡裕

刺激的で攻撃的、そこがバーンスタインらしい

佐渡「バーンスタインの70歳の誕生日の時に、他の方がこの『ミサ』を指揮した機会に立ち会わせて頂き、彼自身と一緒に聴いた思い出があります。非常に演奏回数が少ない珍しい曲です。ミサ曲というのは本来、祈りを捧げて神を讃えるもののはずですが、その題材の中に、こんなにも刺激的で、すごく攻撃的で、でもそれが現実の世界ではないか、という言葉がいっぱい出て来るし、そこがバーンスタインらしいです」「様々な人が色々な問題を抱えて生きて行く今にこそ、タイミングとしては相応しい上演になるんじゃないかな、と思います」

佐渡裕

この日のリハーサルは、ソロ歌手達が歌に演技に活躍するストリート・コーラス(神や主人公の司祭に対して疑問を投げかける普通の人々の役)のアンサンブルを中心におこなわれた。時を経て古さを感じさせ無いどころか、強烈なビート感やポップな曲想は今聴いてもハッとする新鮮に満ちている。ロックやブルースの感覚で書かれた音楽を含むストリート・コーラスは『ミサ』の中でも個性が際立つパートなのだ。電子楽器やドラムスなども使用されている。オペラ界の一流の歌手がずらりと参加している現場で数人に話を聴いた。

ロック歌手を演じるテノールの村上公太

村上「バーンスタインのロックやジャズの要素がある、本当にあの時代のというか、1970年代に流行った色々なジャンルの音楽がふんだんに入っています。普段のオペラとは違う表現を挑戦してやっていきたいです」

村上公太

ソプラノの小川里美、時代によって読み方や共感する部分は変わって来る

小川「私は今回、皆さんとアンサンブルで歌うストリート・コーラスと、「終わりのなき世界」というメゾソプラノのアリアを一曲歌います。」

バーンスタインの曲の魅力については、

小川「私はバーンスタインの楽曲で一番印象に残っているのはオペラ『キャンディード』。ミラノのスカラ座でロバート・カーセン演出の舞台を観て、その時にものすごく衝撃を受けました。一つのストーリーの中に、色々な要素が詰まっている。文化的なものであったり、宗教観、倫理観に関するものであったり。時代によって読み方が変わって来たり、また共感する部分が変わって来たりするという意味において、すごく普遍性があると思ったんです。お稽古を重ねてどういう仕上がりになるのかが私自身も楽しみですし、お客様には特に自信を持ってお勧め出来るものに仕上がると思います」

小川里美

『ミサ』には司祭につぐ重要な役柄として、ボーイソプラノが登場する。今回選ばれた中学一年生、込山直樹は兵庫県在住なので、東京でのリハーサルには参加していなかった。もちろん大阪でも数多くのリハーサルが行われているのである。この公演にはまた、現在若くしてウィーン国立歌劇場等で活躍しているカウンターテナー(ソプラノの声で歌うテノール歌手)の藤木大地も出演している。

カウンターテナー藤木大地とバーンスタインの音楽

藤木「私はカウンターテナーなんですけれども、今回は実はソプラノのアリア「サンキュー(ありがとう)」という曲を歌うことになっています。本来はソプラノのアリアなのでちょっと音が高いのですが頑張って歌います。」「私は結構、自分のリサイタルでもバーンスタインの曲を歌う事があるんです。例えばこの『ミサ』の中の「シンプル・ソング」も歌いますし、『チチェスター詩編』という曲があり、これはヘブライ語なんですが、それも歌います。バーンスタインの曲はとてもリズミカルなのに、その中にレガートの面白さがあり、それに『ミサ』には英語とラテン語とヘブライ語が混じっている、本当に色々な物がミックスされている面白さがあると思います」

藤木大地

最後に、二年前に指揮の井上道義が演劇の野田秀樹とコンビを組んで上演したモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』で鮮烈なスザンナ役を演じたソプラノの小林沙羅に話を聞いた。

ミュージカルが好き! ソプラノの小林沙羅

小林「私はもともとミュージカルが好きで歌を始めた部分もあるので、例えば『ウエスト・サイド・ストーリー』は何度も何度も観ています。今回やはりその『ウエスト・サイド・ストーリー』で知っていた音楽とすごく似ている部分があったりとか、「あ、こういうの知っている!」という発見があって、そこが面白いです」「前回の『フィガロの結婚』の時は野田さんが演出でしたが、今回は演出も全部マエストロ(井上)なので、全体的にマエストロのやりたいことが本当に実現出来る空間になると思います。だからかなり力が入っていると思いますね」

小林沙羅

リハーサルは長時間続くので、前半の一部だけの見学である。ソロ歌手達のリハーサルであるから、この曲の大きな魅力である合唱やバレエの部分は想像するしかない。しかし、ストリート・コーラスによる迫力のアンサンブル、そしてバリトンの久保和範、メゾソプラノの森山京子、テノールの村上公太、ソプラノの小川里美、カウンターテナーの藤木大地、そして司祭役を務める大山大輔などが歌う素晴らしいソロの場面を聴き、公演への期待は大きく膨らんだ。

バーンスタイン『ミサ』リハーサル風景

指揮と演出の井上道義は、音楽的な指導はもちろんだが、演技に関してもどんどん説明していく。例えば町の不良達のような演技を自分でやってみせたり、指揮台と歌手達の間を精力的に動き回り、その合間には衣裳のチェックまで指示を出していた。

バーンスタイン『ミサ』リハーサル風景

バーンスタインの『ミサ』公演、真のバーンスタインを知る機会がまもなく訪れる。

コメント&稽古風景の動画もご覧ください↓

 
 
 
 
 
 
 

取材・文=井内美香  写真撮影=鈴木久美子  ビデオ撮影=大野要介

公演情報
第55回大阪国際フェスティバル2017
大阪フィルハーモニー交響楽団創立70周年記念
バーンスタイン『ミサ』(新制作/原語上演・日本語字幕付き) 

■日時:
2017年7月14日(金)19:00開演
2017年7月15日(土)14:00開演
■会場:フェスティバルホール

 
■総監督・指揮・演出/井上道義
■照明/足立恒
■美術/倉重光則
■振付/堀内充
■音響/山中洋一
■副指揮/角田鋼亮
■合唱指揮/福島章恭
■児童合唱指揮/大谷圭介.
■舞台監督/堀井基宏

 
■キャスト/大山大輔、込山直樹、小川里美、小林沙羅、鷲尾麻衣、野田千恵子、幣真千子、森山京子、後藤万有美、藤木大地、古橋郷平、鈴木俊介、又吉秀樹、村上公太、加耒 徹、久保和範、与那城 敬、ジョン・ハオ
■管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
■合唱:大阪フィルハーモニー合唱団
■児童合唱:キッズコールOSAKA
■バレエ:堀内充バレエプロジェクト/大阪芸術大学舞台芸術学科舞踊コース
■助演:孫高宏、三坂賢二郎(兵庫県立ピッコロ劇団)

 
■ミュージック・パートナー/佐渡裕 ※出演いたしません
 
■料金/S 9,500円 A 8,500円 B 7,000円 BOX 15,000円 バルコニーBOX 19,000円(2席セット・電話予約のみ) 学生席 1,000円
■問い合わせ/フェスティバルホール 06-6231-2221

 
■主催:朝日新聞文化財団、朝日新聞社、大阪国際フェスティバル協会、公益社団法人大阪フィルハーモニー協会、フェスティバルホール
■協賛:朝日放送、関電工、京阪ホールディングス、コクヨ、高砂熱学工業、竹中工務店、凸版印刷、西原衛生工業所
■協力:大阪芸術大学、兵庫県立ピッコロ劇団

Music by Leonard Bernstein, libretto from the liturgy of the Roman Mass, with additional texts by Stephen Schwartz and the composer