天才・アラーキーによる「生と死」への眼差し 『荒木経惟 写狂老人A』展をレポート

2017.7.11
レポート
アート

荒木経惟

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東京オペラシティ アートギャラリーにて『荒木経惟 写狂老人A』(会期:2017年7月8日〜9月3日)が開幕した。老境に入り一層精力的に制作に励んだという浮世絵師・葛飾北斎になぞらえて、自らを「写狂老人」と表現している荒木。本展では、今年77歳を迎えた写真家・アラーキーのいまだ旺盛な制作意欲とほとばしるエネルギーを、1,000点以上の膨大な作品から直に感じ取れる内容となっている。一般公開に先駆けて7月7日に行われた本人が案内するプレス内覧会より、本展の見どころを紹介していこう。

60年代より写真家として活動をスタートさせ、日本を代表する写真家として第一線で活躍し続けている“アラーキー”こと、荒木経惟。妖艶な魅力を放つヌード、人情味あふれる下町風景、飼い猫のチロや亡き妻の美しいポートレイトなどの多彩な表現はもちろん、大胆ともいえる被写体へのアプローチで、常にセンセーショナルを巻き起こしてきた。そして愛する身近な者たちの生と死、近年では癌や右目の視力の喪失など自らの体験を経て、荒木にとって一貫したテーマである「生と死」への眼差しをさらに深化させている。

 

被写体への“愛のある眼差し”が映し出すもの

会場に入ってすぐ、広いスペースの一面に絵巻物のように並ぶのは「大光画」シリーズ。年齢も背景も異なる人妻たちの姿をまっすぐに捉えた最新作だ。本作について荒木は「アタシが思っている写真に今一番近い。これこそ女の裸!」と、はっきりと言い切る。堂々と肉体をさらすあっけらかんとした人妻の姿からは、俗物的な「性」の意味を超越して、力強い生命力と生きることを謳歌する女たちの意気込みさえも伝わってくる。

「大光画」の魅力や撮影秘話を語る、荒木。

続くスペースには、「空百景」、「花百景」が展示されている。

隣り合わせの壁にそれぞれ100点ずつ、空と花を写したモノクローム写真が展示されている。空は葛飾北斎の『富嶽百景』へのオマージュ、花は伊藤若冲の『百花図』に触発された作品だ。また自身がもっとも「手強い」と語る空の風景と、咲いてはやがて朽ち果てる花の姿は、本人にとって悟りの境地に至る2大モチーフであるという。うつろいゆく自然の姿からは独自の死生観や美意識が静かに漂ってくる。

 

夫婦の結婚記念日が記された、私的な写真日記

本展のタイトルにもなっている「写狂老人A日記 2017.7.7」は、約700点にも及ぶ写真が日記のように構成されている。これらは一見、ごく普通の日常風景を切り取ったシリーズに見える。しかし作品に接近してみると、すべての写真には“2017.7.7”の日付が刻印されていることに気づくだろう。

「写狂老人A日記 2017.7.7」には特別な本人の特別な思い入れも。

いったいなぜこの日を選んだのだろうか?

その理由について荒木は「7月7日は結婚記念日だし、(荒木と亡き妻・陽子)は7歳違いだし、別れても7日7日にまた会ってセックスしよう、って。そういう大事な約束の日なの」と。亡き妻・陽子への未だ変わらぬ愛と深いつながりを感じさせる、貴重なエピソードを語ってくれた。

 

新作だけでなく、初期の重要作品の展示も

続いてのコーナーでは、荒木の原点ともいえる初期のスクラップブック「八百屋のおじさん」の第1巻を見ることができる。今回初公開となる本作は、電通に勤めていた頃の荒木が銀座で野菜を売り歩く行商人を撮影したもので、プリント、レイアウトともに本人の手作りによるものなのだという。制作から半世紀を経た今も魅力が色褪せることのない本作は、貴重なオリジナルとともに、複写から制作されたレプリカとスライドショーで楽しむことができる。

初期の重要作「八百屋のおじさん」のオリジナル版

また展覧会の後半では、自作にハサミを入れてコラージュするという試み「切実」を目にすることもできる。「写真というのは真実でも現実でも事実でもなんでもない。切実な真実っていうかさ、つまり“切ない”っていうことなんだよ」という一言に象徴されるように、そこには荒木自身の今の心象風景が広がっている。

コラージュ作品「切実」で見せる荒木の先鋭的な感覚

本展ではこの他にも、海外からの評価も高くアラーキーの代名詞ともなっている着物姿の女性をモチーフにした作品「遊園の女」や、今では絶版となってしまったレアな写真集など、荒木作品の多彩な魅力に触れることができる。

《遊園の女》 2017

また今回の新作は、すべて荒木自身の強いこだわりによって印画紙プリントで展示されているという点も見逃せない。これはインクジェットプリントが主流の今、デジタル一辺倒へ進んでいくことへの危惧、そして時代へのアンチテーゼとも言えるだろう。

自らの才能を認め「生きている間にこの才能をすべて使いきれるか焦っている」と今の心境を語る、天才・アラーキー。本展ではそんな荒木経惟の多才ぶりに触れられるだけでなく、とどまること知らない写真への情熱や探求心を現在進行形で目にすることのできる貴重な機会となっている。荒木にとって特別な数字である「7」に因み本人も齢77歳の喜寿を迎えた今年は、複数の展覧会が各所で開催される、まさに“アラーキーイヤー“であると言えるだろう。ぜひこれを機に、膨大な作品から一貫して見えてくる、荒木の写真の本質に触れてみてほしい。

photo: 野村佐紀子

イベント情報
荒木経惟 写狂老人A

会期 : 2017年7月8日(土)~ 9月3日(日)
会場 : 東京オペラシティ アートギャラリー
開館時間 : 11:00 ~19:00 (金・土は20:00まで/最終入場は閉館の30分前まで)
休館日 : 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月6日[日・全館休館日]
入場料 : 一般1,200(1,000)円/大・高生800(600)円/中学生以下無料
* 同時開催「収蔵品展059 静かなひとびと」、「project N 68 森 洋史」の入場料を含みます。
* 収蔵品展入場券200円(project N を含む / 割引無し)もあり。
*( )内は15名以上の団体料金。
* 障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料。
* 割引の併用および入場料の払い戻しはできません。
お問合せ : 03-5777-8600(ハローダイヤル)
ウェブサイト: http://www.operacity.jp/ag/exh199/