棚橋弘至 新日本プロレスG1 CLIMAXを戦う“世界一熱い40歳の夏”
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画像は『プロ野球死亡遊戯 そのブログ、凶暴につき』より
棚橋弘至の名勝負に泣いた夜
テレビを観ながら、あれほど泣いたことは後にも先にもない。
最初に断っておくと、自分は道端で戯れる子猫ちゃんたちは完全無視、『はじめてのおつかい』にもイラついてすぐチャンネルを変えるような冷酷な男である。そんな汚れちまった俺が心から感動させられたプロレスの試合が、3年前の夏に兵庫・神戸ワールド記念ホールで行われた棚橋弘至vs柴田勝頼の一戦だ。
若かりし頃、同世代の中邑真輔を含め“新・闘魂三銃士”と呼ばれた彼ら。当然、なんで一括りにされなきゃならねぇんだと価値観の違いでぶつかり合い、柴田は05年1月に新日本プロレスを退団。他団体のリングを経て総合格闘技へと戦いの場所を移す。対照的に棚橋と中邑はその場に残り暗黒期と呼ばれた低迷期も会社を必死に支え、現在まで続く新日本プロレス隆盛への原動力となった。
“新・闘魂三銃士”でただひとり「G1 CLIMAX 27」に出場する棚橋
『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』(棚橋弘至著/飛鳥新社)の中にはこんな一文がある。
「あの頃の新日本プロレスが迷走し、低迷しているのは誰の目にも明らかだった。こういうときは、会社批判をしていた方が楽だ。マスコミやファンと一緒になって会社を批判すれば共感も呼びやすい。『こいつはわかってる。状況を冷静に判断できている』という評価になる。だけど僕は『それを内部の人間がやってしまうのは絶対に違う』と思っていた」
「まるで会社を批判して飛び出した柴田に向けた言葉のようだな……」と深読みしたファンも多いかもしれない。それから10年近く経った神戸の試合で、新日に出戻った柴田が団体のエースになった棚橋と若手レスラーのような感情剥き出しのかまし合いを見せるわけだ。試合前から険悪なムードだった因縁の対決は、もはや意地の張り合いみたいな一進一退の攻防。棚橋の勝利後も、睨み合いが続き緊張感が走るリング。と思ったら、どちらともなく歩み寄り、少しだけ笑い、握手をして抱き合う。いい歳こいた男二人が涙を浮かべながら……。
柴田「これは本音なんだけど、俺がいない間、新日本を守ってくれてありがとう」
棚橋「おかえり」
もうこの瞬間、実況席も観客も涙声だ。自分の卒業式ですら涙ひとつ流さなかった俺もテレビの前で泣いた。20代で別の道を行った彼らが、30代中盤になってリングの上で再会して真正面からぶつかり合うことでお互いを認め合う。「あぁプロレスっていいなあ」と心から思えた瞬間である。同時にこれが再び時計の針が動き出した“新闘魂三銃士”第2幕のハイライトシーンだったようにも思う。
その後、中邑は世界最大手のプロレス団体WWEへ移籍して、いまやアメリカで最も有名な日本人レスラーへと成り上がり、柴田は身を削る名勝負の代償として急性硬膜下血腫の手術を受けリハビリ中。残された棚橋は、2017年の夏に“新・闘魂三銃士”でただひとり世界一過酷とも言われる『G1 CLIMAX 27』に出場している。
新日本プロレスの最大の敵は「レスラーの高齢化」
突然だけど、もはや国内でひとり勝ちとも言われて久しい新日本プロレスの敵はなんだろうか? 当然アメリカのWWE? いや、それよりも切実なのは「年齢」だと思う。忍び寄る老いとの戦い。主力レスラー陣を見ても内藤哲也が35歳、柴田勝頼37歳、後藤洋央紀38歳、真壁刀義44歳、飯伏プロレス研究所から参戦中の飯伏幸太35歳、外国人エースのケニー・オメガは33歳。若いと思っていた現IWGP王者オカダ・カズチカも今年11月で30歳になる。
そして、気が付けばエース棚橋も40歳だ。先日、文春オンライン上での『“100年に一人の逸材”棚橋弘至に100の質問』という企画で「男40歳、現役生活は余力を残して引退か、それとも可能な限り続けるか、どちらでしょうか?」と質問させてもらったら、「余力は残して辞めるほうがカッコいいかなと思ってます」とらしい回答していた100年に一人の逸材。
思えば遠くに来たもんだ。以前、棚橋にインタビューした時、「04年、05年ぐらいはほんと海外に行きたいな、という気持ちがあったんですけど踏みとどまりました。まあ別の人生もあったかもしれないですけど、今こうしてプロレスが盛り上がってきたんで正解でしたね。まあキャリアの半分以上を(プロレスの)立て直しに使っちゃいましたけど」と話してくれたのを思い出す。
恐らく、この「別の人生」というのは、昔の柴田や今の中邑のように己の夢や理想を追究するために会社を辞めるという意味ではないか。中邑も柴田も1度は新日本から出た。けど、棚橋はずっとセルリアンブルーのマットに立ち続けている。そのレスラーとしての全盛期とも言える30代のすべてを新日本プロレスに捧げた男。「マジ感謝……」ファンは当時の棚橋の人生の選択の重さを今になって痛感しているわけだ。
不惑のエース棚橋が背負うもの
時代は変わり、今の新日本プロレスは IWGPヘビー級王者を7度防衛しているオカダ・カズチカが背負っている。それは誰もが認める事実だ。ならば棚橋は何を背負っているのだろう? それはたぶん“新・闘魂三銃士”そのものだと思う。
今、棚橋の背中に時に中邑を、時に療養中の柴田の姿を重ねるファンは少なくないはずだ。不思議なもので、ファイトスタイルもキャラクターもまったく違うのに、「ガンバレ棚橋」は「ガンバレ柴田」にも繋がるこの感情。だって、棚橋のキャリアは“新・闘魂三銃士”の激戦の歴史でもあるのだから。いつの日か、彼らがここに戻って来た時にまた再び戦えるように。そこにエース棚橋が居続ける必要がある。
なんか重いって? そう、プロレスって面倒くさくて最高なんだよ。だって、泣ける映画で全然泣けない俺が号泣しちゃうんだから。いつの時代も、ひとつのドラマが無数に絡み合いリング上で誰も予想だにしなかった形になる。
いよいよ今年も開幕した『G1 CLIMAX 27』。
棚橋弘至、世界一熱い40歳の夏は始まったばかりだ。
2017年7月21日(金) 東京・後楽園ホール