映画『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』ダンサーからダンサーへ伝えられる「心」
オニール八菜、ジョシュア・オファルト Ⓒ DelangeProduction 2016
1661年、ルイ14世によって設立された王立音楽アカデミーを起源とするパリ・オペラ座バレエ学校。パリ・オペラ座バレエ団のダンサーは、356年の歴史と伝統を誇るその学校を卒業した、いわばフランスの舞踊芸術の筆頭ともいえるエリートたちである。
彼等は絢爛豪華なパリ・オペラ座で華やかな衣装をまとって踊る。しかしこの映画『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』には、その華麗な舞台は登場しない。映し出されるのはレッスン着のダンサーたちのリハーサル風景――いわば「パリ・オペラ座」という、未来につながる長い歴史の一つである夢舞台をつくりあげるための舞台裏だ。
Ⓒ DelangeProduction 2016
映像は先頃退団したアニエス・ルテステュやマチュー・ガニオのガルニエ宮リハーサル室での風景や、アマンディーヌ・アルビッソンやジョシュア・オファルト、オニール八菜の舞台稽古などを追う。ナレーションはない。ルテステュのインタビューやリハーサル中に交わされるわずかな言葉とダンサーのコメントで、淡々と映画は進む。
そしてわずかな言葉だからこそ一言が重く、ダンサーの一挙手一投足に目が引かれる。より美しい踊り、その人物を演じようとする表現を目指して日々鍛錬を重ねるダンサー達と、それを指導する、かつてかつてパリ・オペラ座の舞台で踊った教師陣、そしていつかオペラ座のダンサーとして舞台に建つかもしれないオペラ座バレエ学校の生徒たちの姿は、マニュアルでもコンピューターでもない、口伝により「芸」を伝える職人の世界のようだ。
しかしどれだけ「芸」を伝え、技術を教えても、最後は本人の心次第。舞台上ではあれだけ見事な踊りと優美な姿をみせるガニオが、リハーサル中には「怖い」と漏らす。それに対し教師陣は「自分をコントロールして、もっと強くなれ」と告げる。どんなに技術や表現、見せ方を習得しても、気持ちが強くなければ舞台には立てない。さらに「歴史と伝統」という、国がまるごとのしかかるような途方もないプレッシャーもが加わったなかで輝き、踊り、感動的な舞台を見せるダンサーの心の在り様に改めて感服する。指導者たちもまたそうした苦難を乗り越えてきた先達であり、そこで培った経験を、次代に伝えているのだ。
Ⓒ DelangeProduction 2016
監督は『バレエに生きる ~パリ・オペラ座のふたり~』(2011)、『至高のエトワール ~パリ・オペラ座に生きて~』(2013)、『ロパートキナ 孤高の白鳥』(2014)など、数々のバレエ・ドキュメンタリーを撮り続けてきたマレーネ・イヨネスコ。
取り上げられる作品もパリ・オペラ座で初演された『ジゼル』に始まり、『パキータ』、ウェイン・マクレガー『ジェニュス』、ウィリアム・フォーサイス『パ/パーツ』やイリ・キリアン『輝夜姫』など、パリ・オペラ座で初演された古典やコンテンポラリー作品が並ぶ。そして最後に取り上げられるのはバレエ団の黄金時代を築いたルドルフ・ヌレエフ最後の作品『ラ・バヤデール』。その舞台でダンサー達の踊りを見つめるバレエ学校の生徒たちの表情が印象的だ。現在、過去、未来が交錯して万華鏡のような輝きを放ちながらも、確実に未来へと向かう1本のラインが見えるような、そんな気もした。
Ⓒ DelangeProduction 2016
7月22日から東京Bunkamuraル・シネマをはじめ、全国各地で上映される。