ヤン ジョンウンのリクエストを浦井健治が変幻自在に対応 ~『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場レポート~

2017.9.22
レポート
舞台

『ペール・ギュント』宣伝フォト(撮影:久家靖秀)


韓国演劇界をリードし、2018年2月開催の平昌(ピョンチャン)冬季五輪の開・閉会式の総合演出も担当するなど、国際的な注目を集める鬼才演出家ヤン ジョンウン。その彼が、浦井健治ら日韓のキャストと組んで新たにつくり上げる舞台が『ペール・ギュント』である。2017年12月に東京・世田谷パブリックシアター、兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールで上演される。

この公演に向けて、宣伝等のビジュアルの撮影が、過日都内のスタジオで行われた。ペールのイメージを呼び起こそうとする現場の模様をたっぷりとお伝えする。カメラマンは久家靖秀、デザイナーは有山達也、衣裳プランナーは原まさみ、ヘアメイクプランナーは鎌田直樹という布陣。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より ヤン ジョンウン

『ペール・ギュント』といえば、学校の音楽の授業で耳にした人も多いはず。それは、エドヴァルド・グリーグが作曲した劇音楽『ペール・ギュント』。もともとの戯曲は、1867年にノルウェーの劇作家ヘンリック・イプセンが書いた。

主人公のペール・ギュントは、夢見がちで自由奔放な青年。思うがままにカネや女、地位を追い求めながら、自分探しの旅に出て世界をさすらう。波瀾万丈の一生の物語から、極彩色のイメージをどこか想像していた。だが、撮影スタジオ内に広がっていたのは、それとは真逆の、白と黒の世界だった。

柱に張られていた紙には、「劇中の現実のペール  黒」、「鏡の中の内面のペール 白」。事前にヤンがスタッフとやりとりを重ね、全体のコンセプトから導かれたビジュアルだという。まずは「黒ペール」から撮影が始まった。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より

黒のタンクトップ、黒のかぎ編みのニットに、黒のパンツスタイルと全身黒ずくめの浦井が、白をバックに立つ。晴れやかな笑顔を時折振りまきながら、手を組んだり、片肘をついたり。その様子を、空港から直行してスタジオ入りしたヤンが見守っている。撮影画像が映るパソコン画面をのぞき込み、「もうちょっと前向きな感じで。不良感が出た方がいいね」。ヤンが通訳を介して浦井に声を掛ける。その途端、浦井の表情がガラリと変わった。にこやかだった目に力がみなぎり、挑みかかるような視線をカメラに向ける。

畳みかけるようにヤンが言葉を続ける。

「もうちょっと生意気に。世の中に対して、『オレはペール様だぞ』というような気持ちで」

「世の中に対してもだけれど、自分に対しても言っているんですね」と浦井。

ヤンはうなずきながら「そうそう。もっと堂々と。怖いものなんてないという感じで」。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より ヤン ジョンウン

浦井はかみしめるように「うーん、それはつまり、本当はペール自身が怖いと思っている裏返しなんですね」と返すと、ヤンは嬉しそうに人懐こい笑みを浮かべた。ヤンの言葉を受け止めて、自分自身の考えを深めつつ、ペール像をつかもうとする浦井の真摯な姿勢が見えた瞬間だった。

浦井は翼のように両手を広げたり、横を向いたりと次々とポーズを変えていく。パシャッパシャッ。軽快なシャッター音がリズミカルに響く。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より

「OKです!」 予定時間の10分前に、「黒ペール」の撮影は終了。スタッフの間からは「さすが!」の声が漏れた。

次は、純真無垢な魂を持つペールの内面を象徴する「白ペール」の撮影。少しして、ヘアメイクと衣裳替えをした浦井がスタジオに再び姿を現した。白いシャツに黒いパンツ。髪を耳に掛けている。おろした前髪の一部には、白のエクステが。光の角度によってキラキラと輝き、表情を殺した雰囲気とともに謎めいた印象を放つ。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より

「まるで別人に見える!」 ヤンが驚きの声を上げた。

テスト撮影の後、いよいよ本番。

「真実に直面したイメージで」。ヤンの指示にも熱が入る。アップの表情を撮影すると、浦井自身もパソコンに近づき、入念にチェック。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より

ペールが帽子をかぶるカット。用意されたのは、高さの違う3種類のシルクハットと、チャップリン愛用の丸みを帯びたボーラーハットの計4種類。浦井は帽子を次々とかぶる。果たして選ばれるのはどれか。シルクハットは、折り目正しい紳士のよう。どうしようもない男だけど、どこか憎めないペールにはちょっと似合わないかも。ボーラーは、浦井が斜めにかぶると、愛嬌が出る。案の定、ボーラーハットが選ばれた。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より

「内面的なラインをしっかりと」「まっすぐに死を目の前にした人物」「狂気的な感じ」。

ヤンのさまざまなリクエストに、浦井は黒のジャケットを羽織ったり、脱いだり、パンツのポケットに両手を入れるなどして応えていく。そんな浦井の姿に触発されたのか、ヤンが「深い何かに出合ったようなイメージが今、わいてきた」と話す場面も。スタジオに流れるBGMは、いつの間にかTWICEなどのK-POPに。リズミカルな曲に乗って、撮影も快調に進む。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より

浦井が、帽子をかぶり、ジャケットを片手に持って肩にかけ、左右にゆらゆら動いたところで撮影が終了。スタッフ一同から拍手が起こる。満面の笑みの浦井とヤンが近づき、ガッチリと握手。順調な進み具合で、予定よりも1時間以上早く終わった。

撮影を終えた二人に感想を聞いた。浦井の「黒ペール」、「白ペール」の演じ分けについて、ヤンは「本当に同じ人物が演じているのか疑問を感じるほどに、違う姿を見せてくれるのを見てドキドキ興奮しました」。撮影中のやりとりも「作品のテーマ、ペールという人物をしっかり理解したうえで、撮影に臨んでくれていた。自分が伝えようとしていたペールの内面についても、意見を話すと素晴らしい表情で応えてくれてすごく嬉しかった」と満足そうに話した。浦井も「自分が思っていたことを信頼してくれた。出来上がった画像をすぐチェックして、(良いのを)これ!これ!これ!と選んでくれた。『ペール・ギュント』を何度も上演しているヤンさんのペール愛をすごく感じました」と話した。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より

「黒ペール」と「白ペール」。撮影の間、ヤンが細心の注意を払っていたのは、対照的でありながらも鏡面のように響き合うイメージだ。「全く同じじゃなくても、並べた時に鏡像に映ればいい。構図自体、共鳴しているように思える」とヤン。その言葉から、合わせ鏡が無限に広がっていく様子を思い浮かべた。無彩色の取り合わせの中から、豊かな色彩の作品世界が広がっていくのではないか。そんな予感を覚えた。

『ペール・ギュント』ビジュアル撮影現場より 浦井健治とヤン ジョンウン

取材・文=鳩羽風子  写真撮影=髙村直希

公演情報
『ペール・ギュント』

■原作:ヘンリック・イプセン
■演出:ヤン ジョンウン
■出演:
浦井健治  
趣里、万里紗、莉奈、梅村綾子、辻田暁、岡崎さつき  
浅野雅博、石橋徹郎、碓井将大、古河耕史、いわいのふ健、今津雅晴、チョウ ヨンホ  
キム デジン、イ ファジョン、キム ボムジン、ソ ドンオ  
ユン ダギョン、マルシア
■公式サイト:https://setagaya-pt.jp/performances/201712peergynt.html

 
<東京公演>
■日程:2017/12/6(水)~2017/12/24(日)
■会場:世田谷パブリックシアター (東京都)

 
<兵庫公演>
■日程:2017/12/30(土)~2017/12/31(日)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール (兵庫県)