黒木華主演 ティモフェイ・クリャービン演出で、イプセンの『人形の家』に基く『NORA』を上演
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黒木華
2026年7月15日(水)~7月26日(日)(予定)東京芸術劇場 プレイハウスにて、『NORA』が上演されることが決定した。
東京芸術劇場では、2026年度より岡田利規を芸術監督(舞台芸術部門)に迎え、さまざまなラインナップを展開する。その一つとして、古典作品を徹底的に現代に問い直すことに継続的に取り組んでいく、とのこと。26年度は、イプセンの名作『人形の家』を現代のスマホ中心の生活に移して描く『NORA』と、老齢化社会においてとみに注目を浴びるシェイクスピア傑作悲劇『リア王』を相次いで上演する(『リア王』については別記事にて紹介)。
Timofey Kulyabin(ティモフェイ・クリャービン)
『NORA』は、ロシア出身の、ヨーロッパで活躍する若手演出家ティモフェイ・クリャービンの代表作。2019年、全編手話で上演した『三人姉妹』をひっさげ来日し、観客を驚嘆させたクリャービンの演劇的仕掛けが本作でも展開する。
タイトルの『NORA』は傑作古典と名高い『人形の家』(原題:The Doll House 作:ヘンリック・イプセン)の主人公「ノラ」の名前に由来している。1879年ノルウェーで生まれたイプセンの『人形の家』は「父権的な家庭からの脱却」や「女性の自立」を描いた先駆的な作品で、現代のトロフィーワイフ的な扱いを受けるノラがあることをきっかけに夫・ヘルメルの元から離れていく物語。(注…トロフィーワイフ/Trophy wife:社会的、経済的に成功した男性が自らのステータスを誇示するために結婚した若く容姿端麗な女性を指す)
19世紀末の初演から今日まで世界各国で上演されている『人形の家』を大胆に現代風にアレンジした演出で魅せるのはヨーロッパで最も注目を集める演出家のティモフェイ・クリャービン。抒情的でありながら、人間の深奥にぐさりと切りこむシャープな演出は世界中の演劇ファンを虜にしており、彼が演出した『三人姉妹』(作:アントン・チェーホフ)は全編が手話で演じられ、上演されるやいなや注目を集め、ロシアで最も権威ある演劇賞を受賞し、ヨーロッパ各国の芸術祭で大きな話題となりました。 東京芸術劇場は2019年に『三人姉妹』を東京芸術祭にてプレイハウスで上演し、そのストイックな演出は見る側に大きな衝撃と感動を与えた。
今回、すでに各国で大評判である彼の代表作『NORA』を日本人の俳優と共に上演する。“古典”と呼ばれるこの会話劇をクリャービンは大胆にメッセンジャーやフェイスタイムというSNSでテキストを送り合う“今ならでは”のコミュニケーションで表現をすること決めた。セリフの8割は物語の登場人物たちが手元のスマートフォンを用いてやりとりし、登場人物らが打つスマホの画面はリアルタイムで舞台上にあるスクリーンに映し出される。
私たちのスマホに届くメッセージはどういう状況で相手から送られてきたのか。普段は決して見ることが出来ない「相手側の生活」を垣間見た時に、『人形の家』=『NORA』は今を生きる我々の物語だと思うかもしれない。
タイトルロールであり主人公のノラを演じるのはドラマ・舞台・映画とジャンルを問わず活躍する黒木華。2014年に、映画『小さいおうち』で第64回ベルリン国際映画祭・最優秀女優賞(銀熊賞)を日本人歴代最年少(当時23歳)で受賞した。さらに、ノラの人生を翻弄するキャラクターは人気も実力も兼ね揃えた俳優陣が集結した。銀行の頭取にまで上り詰めるも妻をお人形扱いする残念な夫ヘルメルを演じるのは勝地涼、みじめな境遇から抜け出すために足掻くもうまくいかないノラの友人クリスティーンを瀧内公美、さらに、とある秘密を武器にネチネチと執拗にノラを追い詰めるクログスタを鈴木浩介が演じる。
勝地涼
瀧内公美
鈴木浩介
主人公・ノラは弁護士の夫・ヘルメルと仲睦まじく暮らしていた。献身的に家族と夫を支えるノラと「可愛いわが妻」と優しく妻を扱うヘルメルの間には子供もいて、誰から見ても理想的な生活を送っていた。クリスマスイブ、年明けから信託銀行の頭取として着任予定のヘルメルの元に彼の古くからの友人であるクログスタが訪れる。ヘルメルの部下になるはずだったクログスタは、実は周りからの評判が悪く、ヘルメルの頭取就任とともに解雇される運命にあった。代わりにクログスタのポジションに就くのはノラの友人で旦那を失ったクリスティーンだった。
岡田利規芸術監督(舞台芸術部門、2026年4月~) コメント
現在わたしたちの内面・心・魂をなにより映し出しているのは、なんといってもわたしたち自身のスマートフォンの画面。ですから、近代劇の古典中の古典、イプセンの『人形の家』を現代化するために、登場人物たちのスマートフォンを窃視し、画面上のやりとりを見せるという手法を駆使して物語を示していくティモフェイ・クリャービン氏の演出アイデアは、鮮やかであるばかりか、このうえなく真っ当です。古典を、現代を生きる私たちのためのものとして用いる。その最良の例のひとつとなるだろう『NORA』が、みなさまを挑発します。
演出:ティモフェイ・クリャービンに代わり、『NORA』ドラマターグ:ロマン・ドルジャンスキー コメント
演劇の基盤は、俳優が戯曲中のせりふをイントネーションや声のボリューム、表情を変えながら交互にやりとりすることだが、今では急激に古めかしいものになってきている。その答えは簡単で世界が変わっている、もとい、人々がコミュニケーションを取る方法がものすごいスピードで変化しているからである。この15年の間にWhatsApp, Instagram, Viber, TikTok、その他様々なメッセージをやりとりするSNSが表れ、そして発展したことが根本的に関連している。コミュニケーションは今では多くのレベルで、しかも全く違うフォーマットで行うことが出来る。
恐らくこのコミュニケーションツールの発展は個々の国で、それぞれのやり方で広がっていることだけれども、世界的な流行であることは明らかだ。SNSはただのコミュニケーションのツールではなく、世の中の雰囲気を作り上げたり、意図的に操作したり、何かを規制したり、または、政治的な立場を表したりするツールでもある。会話の手段が変わり、言語も変わり、使う言葉も変わった。今は電話をしたり直接会ったりせずに、完全にテキスト上でのやりとりばかりをしている。楽で、双方向のコミュニケーションじゃなく、それゆえに安心だと思うからだ。テキストでのやりとりは日々の生活から切り離せない。
劇場文化は否応なく人生とは切り離せない。だが今日、往々にして劇場が「どんな物語」を上演しているかはさほど重要ではない。最も重要なことは「どんな風」に語られているか、私たちはヘンリック・イプセンによって150年前に書かれたストーリー(『人形の家』)を現代ならではのコミュニケーション言語で上演することを決めた。ヴァーチャルリアリティー(仮想現実)上で繰り広げられる生活は実際の生活と裏表一体で、大抵は完全に一致しなければ、全く相反することもない。最も正確に描かれた「その人の人物画」はスマートフォンの画面に現れる。
■原文
The theatrical matrix in which actors take turns delivering the lines of a play with different intonations, at different volumes, and with different expressions is increasingly beginning to seem archaic today. Simply because the world is changing — and the ways people communicate are changing very fast. Over the past fifteen years, these changes have been primarily connected with the emergence and development of social networks, WhatsApp, Instagram, Viber, TikTok, various messengers, and so on. Communication is now possible on many levels and in completely different forms.
Perhaps this process unfolds differently in different countries, but the global trend is obvious. Social networks have become not only a means of communication, but also organizers, instruments of manipulation, regulators of public mood, and political platforms. Speech is changing, language is changing, vocabulary is changing. Today, we truly text more often than we call or meet in person — it is easier this way, there is no direct contact, and therefore it feels safer. This has become an integral part of everyday life.
Theatre cannot help but respond to life. In general, today in theatre it is not so important what story is being told. What matters most is how it is told. We decided to tell a story written by Henrik Ibsen a century and a half ago in the language of contemporary communication — when life unfolding in virtual reality overlaps with real life and most often does not coincide with it or even contradicts it. And when the most accurate portrait of a person turns out to be the screen of their smartphone.
主演 黒木華 コメント
1879年に書かれた『人形の家』に、現代欠かすことのできないスマホが取り入れられることによって、ノラや他の登場人物達の孤独や葛藤、欲求がより見えてくるのではないかと今からとても楽しみでなりません。
これまでのティモフェイ氏のワークショップを拝見し、これからどのように『NORA』が作り上げられていくのか大変興味深く、面白い作品になるに違いないと感じています。
東京芸術劇場へ観劇によく行きますが、舞台に立つのは2011年の『南へ』以来になるので、久々の広大な空間をしっかりと味わいたいと思います。