「ペール・ギュントは私たちの中にいる」浦井健治&ヤン ジョンウン『ペール・ギュント』インタビュー

インタビュー
舞台
2017.9.22
浦井健治、ヤン ジョンウン (撮影:髙村直希)

浦井健治、ヤン ジョンウン (撮影:髙村直希)


日韓文化交流企画『ペール・ギュント』(原作:ヘンリック・イプセン)が世田谷パブリックシアターと兵庫県立芸術文化センターの共同主催・企画制作により、2017年12月、東京と兵庫で上演される。演出を手掛けるのは国際的に活躍する韓国演劇界の旗手、ヤン・ジョンウン。2018年平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックの開・閉会式の総合演出を担当することでも注目を集めている。そしてペール役は数々の舞台で賞に輝くなど、波に乗る浦井健治がつとめる。初めてタッグを組む二人に、日韓合作への抱負や作品にかける思い、見どころなどを聞いた。

『ペール・ギュント』あらすじ
ペール・ギュント(浦井健治)は夢見がちな青年。彼の将来を案じる母オーセ(マルシア)をよそに自由奔放な日々を過ごしている。ペールの無垢な魂に惹かれたソールヴェイ(趣里)と結ばれるが、「遠回りをしろ」という闇からの声に導かれるように、海を越え世界を彷徨う。何度も財産を築き、また一文無しになる波瀾万丈の冒険の果てに、やっと故郷を目指すが……。本当の幸せ、真の自分をどこまでも追い求める、150年経った今も古びない壮大な「自分探し」の物語。
 
『ペール・ギュント』公式宣伝写真 (撮影:久家靖秀)

『ペール・ギュント』公式宣伝写真 (撮影:久家靖秀)

『ペール・ギュント』は「上演に向かない、読むための戯曲だ」と、書いた本人であるイプセン自身が語っていたほど手ごわい作品だ。舞台はノルウェーやモロッコ、エジプトと飛んで場面転換も多く、登場人物もノルウェー伝承の妖精トロルやら死神めいたボタン職人まで出てきて多種多様。ペールの年齢も青年から老年期までと幅広い。この難しい作品に、ヤンは芸術監督を務める劇団ヨヘンジャ(旅行者)で2009年に韓国で初演して以来、2012年、2013年と国内外で再演を重ねて、高い評価を得てきた。今回はその韓国版とは違い、演出、音楽、美術、照明、衣裳、ヘアメイクなどを一新し全て日本人スタッフが担当する。日本人キャストも、昨年7月にワークショップを兼ねたオーディションを実施して、計150人から10人以上を選び、日韓文化交流企画版として新たに創造する。

「この作品は無限です」(浦井)

--ヤンさんはこれまで『ペール・ギュント』を幾度も上演してきましたね。並々ならぬ思い入れを感じます。最初にこの戯曲を手掛けたいと思ったきっかけは何ですか。

ヤン それは二つあります。一つ目は、自分が幼いときから、母が繰り返しかけていた曲が、グリーグ作曲の(組曲『ペール・ギュント』の中の1曲である)『ソールヴェイの歌』だったんです。母が一番好きな曲でした。また、私が演劇の道を歩む話を母にしたときに、「いつかイプセンの『ペール・ギュント』を上演してほしい」と母は思ったそうなんです。その後、私も知らないうちに、『ソールヴェイの歌』を何回も聴いていました。そういった運命的な無意識が作用したのかもしれません。

--もう一つは?

ヤン ある日突然、直観的にこの作品をやりたいと思いたったのです。この作品ほどワントップの俳優が、登場人物の人生に集中して表現する作品はほかにはない。一人称の視点で全世界を旅して回る。それまでにはなかった作品だと思います。

--ではタイトルロールを演じる浦井さんにお伺いします。この戯曲についてどう思いますか。

浦井 『ペール・ギュント』は、上演舞台やイプセンの戯曲、グリーグの音楽を通じて、魅了されている方がたくさんいます。しかも、いろいろな感想、見方があります。僕にとって一番印象的なのは、その答えが一つではないということです。そこにものすごく魅力を感じます。

--確かに、戯曲には本当に多彩なイメージが盛り込まれていて、『人生いろいろ』という感じですね。

浦井 この作品って、無限だと思うんです。 どこに魅力を見いだすのか。そこからいろいろなことが見えてくる。

浦井健治

浦井健治

--ヤンさんと浦井さん。おふたりの出会いは、浦井さんが出演された舞台『トロイラスとクレシダ』が東京公演の後に兵庫で上演された2015年夏だったと伺っています。お互いが抱いている印象について教えてください。

浦井 ヤンさんとお会いするのは、今日で4回目なんです。ヤンさんのすてきな笑顔と、演劇にかけるエネルギーにすごく共感します。そして尊敬しています。プレイヤーとしてついていきたい、一緒に作品を作りたい、と自然に思わせてくれる人。だから、『ペール・ギュント』という作品で一緒に船旅に出ようと思ってくださったことが、僕にはとても嬉しかったし、光栄でした。ヤンさんは、平昌冬季オリンピックの開・閉会式で総合演出を任され、背負うものがたくさんあるにもかかわらず、今回の日韓合作のキャスティングも、丁寧にひとりひとりとダイレクトに会って決められました。どんな時でも真実を見極めたいと思いながら、好奇心豊かに歩んでいらっしゃる人だからなのだと思います。

ヤン ビジュアル撮影の際、私が「もっと堂々と。怖いものはないという感じで」と浦井さんに言ったところ、彼は「ペールが不安を抱えている裏返しですね」と、パッと返してくれました。核心は何か、演出家が求めているところを素早く察知してくれる。大変理解力のある俳優だと思いました。

--戯曲を読んで、ペールって女好きだし、調子いいし、テキトーだし、どうしようもない男だなと率直に思いました。でも、憎みきれない。不思議な魅力の持ち主だと感じました。おふたりは、ペールについてどう思いますか?

ヤン ペールはその瞬間その瞬間で最善を尽くしていたと思います。逃げ回るそれぞれの瞬間でさえも。演劇は「現存」といいますね。二度と訪れない、過ぎ去ってしまうと終わってしまう。その瞬間をお客さんと一緒に体験する遊びが演劇。その瞬間に、自分が最善を尽くしたことを楽しむ。(劇中に登場するノルウェー伝承の妖精)トロルもそうじゃないでしょうか。「自分に満足しろ」というせりふがありますからね。ペールも、ボタン職人ややせた男に会ったり、(ペールを魅惑する若い女性の)アニトラから身ぐるみをはがされる瞬間でさえも、自分の存在を実感し、生きていることに満足していると思います。

浦井 僕自身もペールのような女たらしだと思われたらどうしよう(笑)。どれだけ女性を捨てていくんだ!?と。

--そこは似たくないですよね(笑)。

浦井 でも、ペールって意外とちゃんと考えていると思うんです。考えが浅はかなだけで(笑)。人間って、一つのことを多方面から考える生き物じゃないですか。答えはこうかなと思って話しているうちに、答えが変わっちゃうとか。そんな感じで、入り口から出口までの過程が、ペールは一つ一つ違うけれど、どのシーンもペールにとって本当にかけがえのない経験なんです。自分も一つ一つの経験が財産だと思っているので、そういう貪欲なところはペールと似ているのかもしれないです。

ヤン ペールは表面的にはほら吹きでうそつきで、どこか特別の人間のように見えますが、決してそうではない。ペール的な要素は、平凡な日常を送り、平凡な人生を生きる大半の観客の皆さんが、それぞれの心の中に持っていると思います。ペール・ギュントはまさに私たち自身であると感じてもらえるようにしたい。そのために、浦井さんならではのペール・ギュントを、ファンタジーの手法で描いていきたいと考えています。

ヤン ジョンウン

ヤン ジョンウン

--浦井さんならではのペール・ギュントとは?

ヤン 主人公がかっこいいと、見る人も感情移入して見る傾向がありますよね。ペール・ギュントも、かっこいい浦井さんが演じることで皆さんが感情移入すると思います。それによって、実際にはダメダメ男であるペールの内面にあるものは、私たちが持っているものとさほど違わないものなのだなと、思ってもらえるのではと期待しています。

浦井さんの持っている才能を深く掘り下げてペールを演じてもらいたいのです。そうすると、見た目の良さだとか、世間でいうかっこよさを越える役者としての魅力も感じてもらえると思うんです。それが韓国版とは違うところです。今回は、美術も衣裳も韓国版と大幅に変わるので、全く新しい『ペール・ギュント』になると思います。

「日韓の違いからではなく、同じであることからスタートしたい」(ヤン)

--ヤンさんは日韓共同制作の舞台『焼肉ドラゴン』で共同演出(作・共同演出:鄭義信)をされた経験もありますが、今回の日韓文化交流企画への意気込みは。また、日本と韓国の役者で違う点はあると思いますか?

ヤン 根本的なところで、日本と韓国の役者の違いは感じませんね。ただ、国や文化の違いから、お互いに違いを作りあげてきたところはある。では、実際はどうか。あるかもしれないし、ないのかもしれない。ただ、今回の作品に関しては、違いからではなく、同じであることからスタートする作業になればいいと願っています。

浦井 今回の『ペール・ギュント』は日本語と韓国語が飛び交う舞台になるかもしれません。そういう作品に関わるのは初めてなので、どんな化学変化が起こるのかが楽しみです。でも稽古場では、異文化の壁を越えて、きっと普通にディスカッションできる感じになると思います。僕はミュージカル『エリザベート』を一緒にやった韓国出身のパク・トンハさんと親しくなって、韓国語を少し勉強したこともあるんですよ。

浦井健治

浦井健治

--ヤンさんと浦井さんが「どんな舞台が好きか」と話していたら、たまたま同じ作品が上がったそうですね。

浦井 世田谷パブリックシアターで上演された深津絵里さん出演の舞台『春琴』です。暗闇の中で黒という色がどんなに色鮮やかなのか、どんなに雄弁なのか。そうしたことを感じました。ヤンさんも、ああいう舞台が好きだと。だから、世田谷パブリックシアターでやりたかったと聞き、僕が言うのもおこがましいですが、すごく感覚が似ているなあと思いました。 今回の20周年記念公演での時間と体験は、僕の人生の中でもとりわけ大切なものになると思っているので、『ペール・ギュント』とじっくり向き合っていきたいです。

--ヤンさんは、『ペール・ギュント』のほかにも、平昌冬季五輪の開・閉会式の総合演出の準備も抱え、大忙しのはず。スケジュールはどのようにやり繰りしているのですか?

ヤン 世田谷パブリックシアターの制作側のスケジュールの組み方がすごくうまいんです(笑)。五輪の仕事が忙しくて、『ペール・ギュント』の方がサボり気味になると、間髪入れずにメールが届くんですよ。『ペール・ギュント』から逃げられない構造になっているんです(笑)。それはとても幸せなことではあるんですけどね。すっかり忘れて一気に仕上げようとすると大変ですが、ちょうどタイミングよくメールが入ってくるものだから、少しずつうまく進められるのです。

--演出のアイデアは、どのようなときに閃くんですか?

ヤン いろいろな人に出会ったり、今みたいに一緒にインタビューを受けていろいろ話をしたり、スタッフからいろいろな意見を聞いたりする中で、アイデアやインスピレーションが浮かびます。それから、インスピレーションなどを引き出すために、わざと様々な経験に挑戦するんです。アイデアに役立つ素材を常に探しています。例えば、クラブに行くとか、全く異なるジャンルのアーティストと会って会話をするとか。新しいことへの関心、興味を持つ努力を続けています。しかし何よりも、台本にきちんと目を通して、まっすぐに向かい合うときが、最も多くのアイデアが湧いてきます。

ヤン ジョンウン

ヤン ジョンウン

 --思わず、24時間稼働の全身センサーを想像しました。浦井さんは演技のアイデアについていかがですか。

浦井 僕は常にリラックスしています(笑)。役者は使われる立場なので、そのときそのときで演出家の方からインスピレーションをいただきながらアウトプットしていくわけですが、役者としての素地を豊かにするためのインプットをどうするかは考えていますね。漫画を読む、ゲームをする、買い物をする……。要は普通の人であること。女優の中嶋朋子さんから教えてもらったのが、「人に届く芝居をするには人であれ」。普通に生活をしていないと、普通の人は演じられないと。日常の暮らしがいかに大切か、それをちゃんと普段からインプットできるかどうか、ですね。

--最後に読者の方にメッセージをお願いします。

浦井 日韓合作という大きな意味と、皆さんがこれだけ大切にしてきた『ペール・ギュント』という作品を、このメンバーでワークショップを含めて時間をかけて作っていけることに感謝しています。僕自身は、出会うべくして『ペール・ギュント』と出会わせていただいたと思っていますので、意味のある時間を過ごしていきたいです。そして、お客さまと一緒に色彩豊かな旅に出かけていきたいです。また、人生の中で「愛ってこんなにすばらしいんだ」と思える作品にしていきたい。ヤンさんというすばらしい船頭のもと、きっと歌も歌いながら、楽しい船旅に繰り出していきたいですね。是非とも劇場に足を運んでいただけたらと思います。

ヤン これまで見たことのない作品になるのじゃないかと思います。日韓の俳優が一緒に演じるというのもありますが、『ペール・ギュント』自体がほかの作品と比べて非常に変わっているからです。多くの観客は、タイトルロールに特に高い関心を持って、熱狂しますよね。この作品ほど、強烈なタイトルロールはない。それを浦井さんに演じていただく。すてきな俳優が新しい作品を作っていくことになると思います。音楽(国広和毅)も、既にいくつか作っていただいたんですけど、すごく面白いものになりそうです。このユニークな作品を是非、多くの方々に見ていただきたいです。

取材・文=鳩羽風子  写真撮影=髙村直希

ヤン ジョンウン(演出) プロフィール
1968年生まれ。韓国の劇団旅行者(ヨヘンジャ)芸術監督。ソウル芸術大学 公演学部演劇専攻 教授。ソウル芸術大学文芸創作科卒業後、94年から2年間、スペイン、日本、インドなどで多国籍の俳優たちとともに活動。96年韓国に戻り、翌年劇団旅行者を旗揚げ。2001年に発表した『椅子』(イヨネスコ作)で一躍脚光を浴びる。以後、伝統と現代を融合し、身体、言語、イメージを多彩に空間に織りなす独自の実験的な演出は常に反響を呼び、世界の演劇界の次代を担うリーダーと言われている。なお韓国演劇史上初めて、脚色・演出した『夏の夜の夢』が06年イギリスのバービカン・センター、12年ロンドン・オリンピック記念公演としてシェイクスピア・グローブ座へ招聘されるなど、海外でも活躍。韓国文化観光部長官賞など受賞多数。18年の平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックの開・閉会式の総合演出を務める。

 
浦井健治 プロフィール
2000年『仮面ライダークウガ』で俳優デビュー。その後、舞台へも活動の場を広げ、04年『エリザベート』ルドルフ皇太子役に抜擢され、以降、ミュージカル、ストレートプレイ、映像作品と幅広いジャンルで活躍。菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞最優秀男優賞、芸術選奨文部科学大臣演劇部門新人賞など数々の演劇賞を受賞。世田谷パブリックシアター『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』『トロイラスとクレシダ』のほか、『アルジャーノンに花束を』『ヘンリー六世』三部作、『ベッジ・パードン』『リチャード三世』『MIWA』『デスノート THE MUSICAL』『あわれ彼女は娼婦』『王家の紋章』『ヘンリー四世』などに出演している。
 
公演情報
『ペール・ギュント』

■原作:ヘンリック・イプセン
■上演台本・演出:ヤン ジョンウン
■出演:
浦井健治  
趣里、万里紗、莉奈、梅村綾子、辻田暁、岡崎さつき  
浅野雅博、石橋徹郎、碓井将大、古河耕史、いわいのふ健、今津雅晴、チョウ ヨンホ  
キム デジン、イ ファジョン、キム ボムジン、ソ ドンオ  
ユン ダギョン、マルシア
■公式サイト:https://setagaya-pt.jp/performances/201712peergynt.html

 
<東京公演>
■日程:2017/12/6(水)~2017/12/24(日)
■会場:世田谷パブリックシアター (東京都)

 
<兵庫公演>
■日程:2017/12/30(土)~2017/12/31(日)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール (兵庫県)

一般発売 2017/9/24(日)10:00~

 
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