仏教美術史を彩る重要作品を“新解釈”で展示 『祈りのかたち ―仏教美術入門』展をレポート
-
ポスト -
シェア - 送る
『祈りのかたち ―仏教美術入門』が、2017年7月25日(火)〜9月3日(日)まで、出光美術館で開催されている。日本には6世紀に伝わり、現在も多くの人々が信仰する仏教。本展ではほとけに救いを求め祈る気持ちを抱いてきた人々の信仰心を、荘厳な仏画をはじめ端正な経典・仏具を通して知ることができる内容となっている。そこで本展の見どころを内覧会および担当学芸員の解説よりご紹介していきたい。
出光コレクションでも稀少な、貴重な仏像の姿
第1章では仏教に伝わる三つの宝「仏・法・僧」のかたち、仏像・仏画、経典や仏具など世界のさまざまな仏教美術を紹介しながら、それらの美術品が仏教史においてどのような役割を果たしてきたのかを紹介する。
まずこちらで注目したいのは、出光コレクションの仏教美術のなかでも極めて数が少ないという、貴重な仏像たちの姿だ。
中国 唐時代の「金銅仏坐像」
左からアフガニスタンの「仏頭」とパキスタンの「供養礼拝者像」
仏像の元になっているのは今から約2500年前、悟りを開いて仏陀となった釈迦族の王子・ガウタマ・シッダールタ。そのため「ほとけは逞しく高貴な、理想的な男性像をあらわすもの」とされている。しかし理想的な男性像や王子の解釈は万国共通ではなく、国や民族、時代によってもイメージに違いがあるため、各地でさまざまな仏像が誕生することになった。仏像誕生初期の北部インドでは精悍で逞しい男性が、一方シルクロード経由で仏教が伝来した中国では厚手の衣に細身の体が包まれた男性像が好まれるなど、それぞれ微妙に趣が異なるほとけの姿が立ち現れる。
また本章ではこの他にも、信仰には欠かせなかった経典や仏具といった美術品を展示。仏教美術の奥深さに触れることができる秘宝の数々も、ぜひここでしっかりと目に留めておきたい。
伝来初期での中国人の仏教観を読み解く鍵となる「青磁神亭壺」
釈迦の生涯から弟子たちの出家に至るまでを記した、奈良時代の「絵因果経」
経典を守るために製作された「朱漆鎗金火焔宝珠文経帙板」
新解釈によって堂内の様子を再現「真言八祖行状図」
第2章では、中国で唐時代に盛行し、日本には空海と最澄によってもたらされ平安時代前期に黄金期を迎えた、密教の神秘的な世界観に触れることができる。こちらでは密教美術を象徴する両界曼荼羅をはじめ、ヒンドゥー教の神々の影響を想起させる明王図、さらに今回の展覧会の目玉「真言八祖行状図(しんごんはっそぎょうじょうず)」が、この度、新解釈によって紹介されている。
不動明王図をはじめ、曼荼羅の数々が展示されている。
「両界曼荼羅図 双幅」
重要文化財である「真言八祖行状図」は、密教を伝えたインド、中国、日本の八人の祖師の業績が描かれたもの。もともと現在の奈良県の天理市にある、内山永久寺の真言堂の貼付絵として祀られていたのだという。しかしその後、明治の廃仏毀釈で寺外への流出し、八幅の絵が当時どのように配置されていたのか、長いあいだ謎に包まれたままだった。しかし近年になって堂内の配置図がわかる資料が発見されたため、本展で真言堂の配置を復元することが可能になったという。
本展で新たな見方を提示している「真言八祖行状図」
「従来の展示方法だと八幅の絵を便宜上の順番通りに並べても、なぜか図柄がうまく繋がらないという疑問が残っていました。しかし新たにわかった配置に則ると今度はきれいに繋がって、まるで絵巻物のように流麗に見えてくるのです。その方法とは、曼荼羅の金剛界と胎蔵界を象徴する二人のヒーロー(祖師)を左右に分けて配置することでした。これによって従来の並び順とは違った本来の配置がわかり、当時のお堂の設えがイメージできるような、新しい見方を皆さんに提示できるようになったのです」と、本展の担当学芸員である八波浩一氏は語る。
つづく第3章では平安〜鎌倉時代にかけて、とくに篤い信仰を集めた弥勒菩薩と普賢菩薩が描かれた美術品を紹介している。
こちらでは、ほとけの教えを未来永劫護るため、写経して埋葬したという当時の人々の風習をあらわす重要な証拠品「経筒」を目にすることができる。いつの時代も人は心にほとけの姿を描き、功徳を求めてきたのであろう。優雅な社会に生きながらも苦悩からは逃れることのできなかった、平安貴族の切なる想いが美術品を通して訴えかけてくるようであった。
「青銅陽鋳弥勒菩薩図経筒」
「極楽と地獄」に隠された、絵のトリックに魅了される
第4章では当美術館所蔵の「極楽と地獄」を描いた貴重な二つの浄土教の美術をもとに、研究で新たにわかった“絵解き”についても紹介する、非常に興味深い構成となっている。
浄土信仰が盛んになった背景には、平安時代中期に興った末法思想や天台僧・源信による『往生要集』の成立などが挙げられる。相次ぐ戦乱や天変地異が起こるなかで、人々は現世を憂い、極楽浄土への往生を願うようになった。
ここで注目したいのは、冥界の裁判官である十王と地獄の情景を描いた「十王地獄図」である。本作は『往生要集』をもとに描かれたものだが、書の抜粋内容と地獄図の配置には、これまで矛盾点が見られていた。そこで閻魔王に付属する檀荼幢(だんだどう)を絵解きの手がかりに二幅の左右を入れ替え、さらに中央には閻魔王にゆかりのある地蔵菩薩を配置したのだという。
「十王地獄図」でも左右を入れ替え中央に地蔵菩薩を配置することで、当時の堂内の様子を追体験できる
こうした新たな発見と試みによって、『往生要集』が伝える世界観が絵と整合し、これまで不可解であった点が見事に説明できるようになったのだ。
もう一つは「六道十王図」である。こちらも十王と地獄の様子が上下に表現されている。しかし本作では本来横並びの世界ではない、餓鬼・畜生・阿修羅・人道、さらに往生する人物を迎える来迎の場面の横に天道が、数珠つなぎのように描かれているのだ。
「六道十王図」
「仏教において本来それぞれ別世界であるはずの魂の階層が、こうして一つの道のようにつながって描かれるのは、実に日本人らしい発想だと思います。江戸時代の庶民の遊び道具にも、地獄からスタートしてあがりが極楽に設定されている双六があったのですが、それに通ずるものを感じますね。どんな状況にあっても最後には希望を見出すという日本人特有の感性が、仏教美術の世界にもよくあらわれていると言えるでしょう」と、八波氏は語った。
美術館おなじみの仙厓の禅画で、心癒されて
展覧会を締めくくる第5章では、鎌倉時代に伝わった禅宗とその世界を伝える美術を紹介している。
こちらでは日本最初の禅寺として栄西によって開山された九州・博多の聖福寺の住職で出光コレクションでもおなじみの仙厓の禅画、さらに一休ゆかりの床菜菴(しょうさいあん)に伝わった禅の美術を目にすることができる。こちらでは墨の濃淡と流れるような線が美しい禅画や文字から、禅の教えを静かに感じ取ってみたい。
一休宗純ゆかりの床菜菴に伝わる美術もお見逃しなく。
出光コレクションでおなじみの仙厓作品の数々
本展のオリジナルグッズ、極楽浄土を描いた当麻曼荼羅ジグソーパズルはぜひお土産に。
本展では出光美術館が所蔵するバラエティに富んだ仏教美術のコレクションを目にすることができる。またそれだけではなく、研究でわかった事実をもとにこれまでにない斬新な展示方法で、仏教の壮大な宇宙観とめくるめく生死の世界を映し出してくれる。展覧会のタイトルにもあるように、仏教美術入門の手引きとしては最適でありながらも、さらにその先の奥深い魅力へと誘われる構成となっている点にぜひ注目したい。
折しも『往生要集』の成立からちょうど一千年の時を経た今、仏教の世界に一歩踏み込んでみてはいかがだろうか。
※「薩」の字は同館では「くさかんむり、こざと、『産』」の字を使用。
日時:2017年7月25日(火)〜9月3日(日)
会場:出光美術館
開館時間:午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)毎週金曜日は午後7時まで(入館は午後6時30分まで)
休館日:毎週月曜日(ただし月曜日が祝日及び振替休日の場合は開館)
入館料:一般 1000円/高・大生 700円 中学生以下無料(ただし保護者の同伴が必要です)
http://idemitsu-museum.or.jp/exhibition/present/