チェリスト 長谷川陽子が語る デビュー30周年記念リサイタルへの想い
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長谷川陽子 (撮影:岡崎雄昌)
日本を代表するチェリストとして人気を誇る長谷川 陽子(はせがわ ようこ)。リサイタル・デビューを果たした高校三年生の頃から30年間にわたって、チェロの新たな地平を切り拓いてきた。内外のオーケストラとの共演をはじめ、第一線のソリストとして演奏を磨く一方で、新しい楽器との共演や楽曲に柔軟な視点から挑み続けてきた。これまでにリリースしたCDは、実に20枚以上。録音の一つひとつに、明確なコンセプトと新しさがある。歌心に溢れ、澄んだ響きのチェロの調べだけではない。NHKの音楽番組「ららら♪クラシック」でみせた温かい人柄は多くのクラシックファンの心を掴んだ。その彼女が、デビュー30周年を記念して来たる12月に≪チェロの個展2017≫と題したリサイタルを行う。記念すべきこのリサイタルに賭ける想いとこれまでの軌跡を訊いた。
やればやるほど、奥が深いチェロの世界
――まずは、デビュー30周年を迎えられてのお気持ちを聞かせてください。
本当に色々なことがありました。やっとここまで来たという気がする一方で、まだここまでかという思いもあります。毎日練習してきたのに、こんなことも知らなかったのかとショックを受けることもあります。やればやるほど、先がある。それだけ奥が深い世界だと実感しています。
――今回のリサイタルには、「豊穣の響き~ショパンとミャスコフスキー」という副題が付けられています。ショパン≪チェロ・ソナタ ト短調≫を選ばれたのは、なぜですか。
ショパンのソナタはピアノパートが難しいので、「ピアニストありき」で選びました。共演する青柳 晋(あおやぎ すすむ)さんは、高校の同級生です。最近になって、共演する機会が増えて嬉しいですね。先だってラフマニノフのチェロ・ソナタで共演した際にも、とても難しいピアノパートを常に澄んだ音色で演奏して下さいました。透明度の高い音色を楽しみにしてほしいですね。
――この作品の聴きどころを教えてください。
ショパンの最晩年に書かれたもので、友人であったチェロ奏者フランショームに捧げた曲です。病床で書いたにも関わらず、エネルギーに満ち溢れている。芸術に対して、こうも火を燃やすことが出来たことは、素晴らしいことだと思います。
――もうひとつのメインは、ミャスコフスキーの≪チェロ・ソナタ第2番 イ短調≫。本邦でミャスコフスキーを聴ける機会は貴重ですね。
こんなにも素敵な曲があることを皆様にご紹介をしたいと思いました。師事していた井上頼豊先生がロシア音楽の大家だったこともあり、私にとってロシア音楽は身近な存在。この曲は、ロストロポーヴィチのために書かれた作品です。神秘的なベールの内側から湧き出てくるようなファンタジーがあったり、燃えさかるようなエネルギーもある。チェロが歌い踊り、爆発することの出来る作品です。
長谷川陽子 (撮影:岡崎雄昌)
――そして、吉松 隆さんの新作≪遠くからの3つの歌≫ですね。どういった経緯で、吉松さんに作品を委嘱することになったのでしょうか。
彼は私が憧れている作曲家です。大河ドラマ「平清盛」で、吉松さんが作曲された「清盛紀行」の音楽を、私が演奏させて頂きました。以来、ずっと曲を書いていただきたいとの想いがあり、30年にわたって頑張ってきた自分へのご褒美だと思って、今回はお願いしました。
――吉松作品の魅力は、どのようなところでしょうか。
どこか懐かしい感じのメロディが特徴的ですが、実はそこに付けられているリズムやハーモニーはとても新しい。そこが魅力ですね。今回は、チェロが朗々と歌える曲をお願いしています。ミャスコフスキーやショパンだけでなく、こちらも楽しみにして頂きたいですね。
――そして、ベートーヴェンの変奏曲と、ポッパーのハンガリアン・ラプソディですね。
ええ。ポッパーの曲が大好きで、デビュー前から弾き続けています。ポッパーは自らがチェリストだったこともあって、チェロの可能性がぎゅっと濃縮されています。
実は、ベートーヴェンのチェロの作品はあまり弾いてきませんでした。しかし、ここ数年で、ベートーヴェンを近くに感じることができるようになってきました。40年目に向けた新しい扉を意識して、一曲目としました。お仕事が終わって、リサイタルに足を運んで下さる方に、この曲でふわっとしたリラックスの時間を届けたいですね。
チェロをツールに人を繋げる
――長谷川さんは、高校生というとても若い時期にデビューされていますね。ご自身の演奏家としてのステップをどのようにお考えですか。
デビューした頃は、学生と駆け出し演奏家という二足の草鞋を履いての活動でした。奨学金を頂いて留学してから、演奏活動に専念するようになりました。帰国後、最初の10年は新しいレパートリーを開拓していく時期でした。常に譜読みをしていた記憶があります。次の20年は、チェロの可能性を広げたいという思いから色々と模索をした時期。今でこそオーソドックスになりましたが、チェロとギターという組み合わせに挑戦したり、≪展覧会の絵≫をチェロとアコーディオンの編曲で演奏したりしました。
――ステージから見える風景も随分と変わってきたのではないでしょうか。
始めは音を出す楽しさだけでしたが、最近では、ブーメランのように戻ってきた音を聴きながら、改めて自分の音を作る楽しさを味わえるようになった気がします。でも、まだまだ。奥が深いですね。
長谷川陽子 (撮影:岡崎雄昌)
――その間、様々な演奏家と共演されてきたのも良い経験だったのではないでしょうか。
そうですね。共演者から学ぶことは、とても多かったです。例えば、千住 真理子さんや仲道 郁代さん。しなやかさや逞しさ、発想の自由さから、演奏家としても女性としても、そしてひとりの人間としても、多くのことを学びました。目標とする背中が常にあったことは幸せでした。私も、後輩にそういう背中を見せなくてはと思っています。
――確かに、最近では後進の指導にも力を注がれていますね。指導の中で大切にされていることは何ですか。
曲についての指導も行いますが、他の曲にも応用できるような指示を与えるように心掛けています。でも、とても優しい先生なんです(笑)。怒らなくてはいけないシーンもありますが…可愛いから甘やかしてしまいます(笑)
――NHK「ららら♪クラシック」で司会を務めている俳優の高橋克典さんにも、指導されていると伺いました。
彼は勘が良く、器用な方で、一を言えば十はやってくれる。小さい頃、ピアノをやっていらしたので楽譜が読めます。ギター以外の弦楽器は初めてだそうですが、音大生を教えるのとは別の楽しさがあります。
――40周年に向けて、今後、チェリストとして目指していきたいことをお聞かせください。
色々な経験を積んでいくなかで、チェロがツールだと思うようになりました。チェロによって人と人を結びつけることが出来るということです。今後も、チェロを通じて、人との繋がりを模索していきたいですね。
――最後に、リサイタルを楽しみにされているお客さまにメッセージをお願いします。
これまでのリサイタルでは、度々、チェロでヴァイオリンの曲を演奏してきましたが、今回は、チェロのオリジナル曲ばかりを揃えました。チェロを熟知した作曲家が晩年に書き上げた2曲。そして、チェロの可能性を広げたいという意気込みで、今を生きる吉松さんの曲を、今を生きる私の演奏で、聴衆の皆様にお届けします。音楽が誕生する瞬間に立ち会っていただけたら嬉しいです。是非、楽しみにしていて下さい。
長谷川陽子 (撮影:岡崎雄昌)
取材・文=大野はな恵 写真撮影=岡崎雄昌
Con Brio~豊穣の響き、ショパンとミャスコフスキー~
■日時:2017年12月2日(土) 18:00
ベートーヴェン:魔笛の「恋人か女房か」の主題による12の変奏曲 へ長調 op.66
ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 op.65
ミャスコフスキー:チェロ・ソナタ第2番 イ短調 op.81
吉松隆:<遠くからの3つの歌>(委嘱新作)
ポッパー:ハンガリアン・ラプソディ op.68
■公式サイト:https://www.japanarts.co.jp/concert/concert_detail.php?id=599