井上ひさしの傑作音楽喜劇『円生と志ん生』に挑む! 大空ゆうひインタビュー
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昭和を代表する噺家、六代目三遊亭円生と五代目古今亭志ん生。2人は戦時中、連れだって満州各地を放浪し、終戦の8月15日を迎えたが、そのままソ連軍によって占領された満州南端の大連市に封じ込められた。この史実をもとに、彼らが人生との戦いを通じて話芸を磨き上げていく様を、虚実を交え趣向を凝らして描いた、井上ひさしの『円生と志ん生』が、こまつ座第119回公演として10年ぶりに上演される。
舞台は、昭和20年夏から22年春までの600日間。占領軍によって閉ざされた港湾都市大連に、いつ祖国へ帰れるのかもわからぬまま封じ込められた実直勤勉な円生と気ままで大酒飲みの志ん生、そして20万人の日本人。その混沌の中で2人は4人の女性たちと関わり、結果的に彼女たちを救っていく姿が描かれていく。
エピソードは5つあり、その中で登場する女性たちをすべて4人の女優が演じ分ける。この戯曲の鍵にもなっている、人生の大きな壁に直面した個性豊かな女性たちの姿から、人と人が関わることでしか生まれない「笑い」の大切さが浮き彫りになる。井上作品ならではの妙味と力のある作品だ。
そんな作品で、次々と役を変えて登場する女優の1人として、こまつ座の舞台に初登場する大空ゆうひ。元宝塚宙組のトップスターで、現在女優として多彩な活躍を続ける大空が、念願だったというこまつ座の舞台初出演への意気込み、井上ひさしの世界の魅力や「笑い」の力、また宝塚出身者として感じることなどを語ってくれた。
言葉の力と、4人の女性が次々と役を変えていく面白さ
──今回の舞台は昭和を代表する噺家、三遊亭円生と古今亭志ん朝を描いたものですが、まず大空さんがこれまで持っていた落語のイメージはどんなものでしたか?
実際に寄席に行ったこともあるのですが、特に1年前くらいから興味が膨らんできていて、もっと色々観たいなと思っています。やはり話術の素晴らしさというものにとても関心がありますし、同じ噺でも、噺家の方によって全く違うものになるのが興味深いです。例えば15分の間、たった1人で観客を惹きつけ続けて最後まで持っていくエネルギーには、芝居と同じものを感じますから、役者としても、吸収できるものがとても多いですね。機会があったらやってみたい、習ってみたいなあ、なんて…(笑)
──では、この舞台にはより心惹かれるものがありますね。
私自身は噺家の役ではないですが、稽古場で落語の世界に多く触れられるでしょうし、声の力、話し方の力というのはとても奥が深いので、自分の台詞にとっても勉強になるだろうと思っています。
──そんな中で、井上ひさしさんの戯曲を読んだ時、まず何を感じましたか?
円生さんと志ん生さんのやりとり自体がまず落語のようですし、言葉のやりとり、言葉の面白さ、更にそこに4人の女性が次々と色々な役で関わってくるという構成がすごく面白いなと思いました。1つの作品でこんなに役が変わっていくことは、なかなかないので、面白そうだということと同時に、難しそうだなとも思いました。
──その様々な役を演じ分けるにあたって、描いているプランなどはありますか?
まだプランと言えるようなものはないのですが、様々な役を演じることを楽しめるところまでは行きたいなと思います。全体を通して、この苦しい時代に生きた女たちの人間臭さや、大地に足をつけて踏ん張っている感じ、踏ん張っているといっても、歯を食いしばっているというのではなくて、こんなに大変な局面に立っていても、粋な会話も交わし、可笑しみをもって生きていく。私にとって今までにない世界観ですし、この舞台で新しい景色が見られたらいいなという目標があります。稽古場ではたくさん苦しむと思いますし、緊張感ある日々にもなると思いますが、念願叶ってこまつ座の舞台に立たせて頂くのですから、楽しまないでどうする!という気持ちもあるので、楽しむための努力を重ねていきたいです。
無駄なものが1つもなくて美しい井上作品
──こまつ座の舞台に立つのが念願だったという言葉がありましたが、井上ひさし作品の魅力をどう感じていますか?
私自身はまだ実際に井上先生の書かれた台詞を自分で発したことがないので、想像の部分もあるのですが、舞台を拝見していていつも感じるのは、演じている皆さんが井上先生の言葉の持つ力に引き上げられる部分が、きっとあるのではないかと。句読点の位置、言葉の並べ方、会話のリズム、それらすべてに井上先生の想いが籠められていて、他愛もない会話が挟まれていながら、実は1つも無駄なものがないという美しさを感じます。ですから、自分が余計なものを入れてはいけないと思いますし、その美しさを大切にしたいです。これだけ多くの人を惹きつけてきた何か、それは自分自身が作品に入って、自分で言葉をしゃべったときにこそ、見出せるのではないかという期待がありますので、それを探っていきたいです。
──この作品の描き方もまさにそうですが、井上作品はどんな困難な中にも必ず笑いがあり、難しいことも易しく語ってくれますね。
そこに、すごく大人の粋を感じますし、おしゃれな伝え方で、カッコいいなと思います。先日、『イヌの仇討』を拝見したのですが、やはり死生観といいますか、命の尊さ、大変な状況の中でも精一杯生きることを、決して重くなく伝えてくださっていて、明日も一生懸命生きようというエネルギーをもらえたので、今回の作品からもそういった力が伝えられたら素敵だなと思います。
──今回の共演者は、『HEADS UP!』で演出家としてご一緒されたラサール石井さんをはじめ、皆さん多彩な方々ですが。
演出家と役者としての関わりだったラサールさんと、初めて役者同士として共演させて頂きます。ほかの皆さんとも「はじめまして」ばかりですが、女性4人はいつもチームで場面を作っていく関係なので、チームワークがとても必要ですから、気持ちを合わせて共に生きられたらいいなと思っています。素敵な方たちばかりなので、私も刺激を受けつつ、皆さんに負けないようにきちんと立っていられるようにしたいです。
──大空さんは宝塚という女性だけの劇団の頂点にいらした方ですから、女優さん同士のコンビネーションは得意なのでは?
それが宝塚を退団してから、どちらかと言うと男優さんが沢山出る作品に多く出ていたので、ここまで女優さんたちとがっちり組んでのお芝居というのは珍しいので、楽しみですし、お互いに良い化学反応を生んでいけるように頑張りたいです。
人間の発する熱と温度のある笑いの力が必要な時代
──大空さんはこれまで、どちらかと言うとシリアスな作品や役柄が多かったように思いますが、「笑い」の大切さや力についてはどう感じられますか?
確かにシリアスな方向性のものに多く出演してきました。シリアスなものや難解なものには、頭を使ったり、衝撃を受ける楽しみがあるのですが、やはり今、色々な意味でストレス社会になっているのを感じますし、ネット社会で種々雑多な情報があふれてもいますよね。その中で、人間の発する熱と笑い、生の温かさ、温度のある笑いって、落語もそうですが、演劇だからこそだと思うんです。目の前で人が発する温度には実は大きな力があるので、その温度のある笑いが、今の時代には本当に必要だと思います。この作品にはまさにその大切なものが詰まっているので、それをきちんと伝えたいと思いますし、観てくださる方々の心が、少しでも温かくなってお帰りになって頂けたらいいなと思います。
──舞台には、同じ演目でもその日その回だけしかない空気がありますね。
舞台はまさしく総合芸術で、お客様が入って初めて完成するわけですから、そこにはお客様の温度があるんですよね。役者たちもそれを肌で感じながら、その温度に呼応して巻き込んでいったり、逆に巻き込まれそうになったりというエネルギーのやりとりが、大変でもありつつ、やはり生の舞台の醍醐味だなと思います。その温度があるから、例えば無表情でいても心では怒っているとか、笑っているけれども泣いているとか、泣きたいから笑いとばしているとか、そういう内面すべてが伝わるので、辛い状況でも笑う、うじうじしていたとしても「うじうじしちゃってさ!」と言ってしまえるような、素敵な温度の空間を皆さんと一緒に作れたらいいですね。
私の中に含まれている宝塚という成分
──そういうライブの中から生まれた空気感は、宝塚時代から経験してきたと思いますが、宝塚歌劇も100周年を超えて、更に多くの注目を集めています。そんな宝塚への思いは今、いかがですか?
先日も宝塚の舞台を観て来たのですが、今こうして私が女優として舞台に立っている中にも、宝塚という成分は絶対に含まれているんですね。特別な時間を過ごさせてもらったと観る度に思いますし、後輩たちにはいつまでも宝塚の美しい精神を引き継いでいって欲しい、卒業生にとっても永遠に誇れる場所であって欲しいと思います。同時にやはり私自身も宝塚の卒業生として、舞台を観た方に、「宝塚ってこの程度なのか」と思われてしまったらとても悔しいので、宝塚の卒業生であることに誇りを持っていたいと思います。
──大空さんは多岐に渡る幅広い作品に出ています。その大空さんを通じて、これまでと違う演劇に触れるお客様もいらっしゃるでしょうね。
私が出なかったらこういう舞台を観る機会がなかったとか、私をきっかけに新しいジャンルの舞台が好きになったとか、そういう言葉をいただくと嬉しいですね。
──そういう意味では、今回のこまつ座への初出演も、関心を持っている方が多いでしょうね。
もちろん井上先生の作品のファンだったり、こまつ座の舞台をお好きな方もいらっしゃると思いますが、初めて触れる方もいらっしゃるので、沢山の方に観て頂ける機会の1つになったらいいなと思います。
──では、改めて意気込みをお願いします。
憧れのこまつ座の舞台に立たせて頂くので、この機会を十分に味わって、新しい景色を見られるように、稽古場では苦しみつつ、素敵な作品になるように頑張りますので、皆さん是非劇場に足をお運びください。
おおぞらゆうひ〇92年宝塚歌劇団に入団。09年に宙組男役トップスターに就任。12年に退団後、13年蜷川幸雄演出『唐版 滝の白糸』で女優としてスタート。以降、舞台や映像作品で活躍しながら、自身が企画・プロデュース・主演を務めた舞台『La Vie』や、音楽ライブを開催するなど多彩な表現活動を展開している。近年の主な舞台作品に『死と乙女』『TABU ―シーラッハ「禁忌」よりー』『HEADS UP!』『SHOW ル・リアン』『冷蔵庫のうえの人生』『磁場』『カントリー~THE COUNTRY~』など。映像作品に『紅白が生まれた日』『誤断』等がある。今年12月から来年3月にかけて『HEADS UP!』再演への出演が控えている。
【取材・文/橘涼香 撮影/竹下力】
演出◇鵜山仁
出演◇大森博史、大空ゆうひ、前田亜季、太田緑ロランス、 池谷のぶえ、ラサール石井
ピアノ演奏◇朴勝哲
●9/8~24◎紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA (東京都)
〈料金〉9,000円 学生割引 5,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉こまつ座 03-3862-5941
●9/30~10/1◎兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール (兵庫県)
●10/8◎ 日立システムズホール仙台 シアターホール (宮城県)
●10/14◎ 川西町フレンドリープラザ(山形県)
〈公演HP〉 http://www.komatsuza.co.jp/program/
★9月11日(月)1:30公演後 樋口陽一(比較憲法学者)― 井上ひさしにとっての笑い ―
★9月14日(木)1:30公演後 大空ゆうひ・前田亜季・太田緑ロランス・池谷のぶえ
★9月17日(日)1:30公演後 大森博史・ラサール石井
★9月21日(木)1:30公演後 雲田はるこ(漫画家)―『昭和元禄落語心中』ができるまで ―
※アフタートークショーは、開催日以外の『円生と志ん生』の
(出演者は都合により変更の可能性がございます。)