“酸欠少女”さユりが初のアルバムを携えた全国ツアーで見せた決意と覚醒

レポート
音楽
2017.8.26
さユり

さユり

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ミカヅキの航海2017~夜明けの全国ツアー~ 2017.8.11 TSUTAYA O-EAST

“酸欠少女”さユりがこれまで生きてきた証として生み出し、そして自らの歩みを、おそらく初めて肯定してみせた作品が、彼女にとって初のアルバム『ミカヅキの航海』であった。同時に、
「自分がこれまで苦しいことや後悔から作ってきた曲に救われた人がいるっていうことを知って、自分の過去に意味が生まれたんですよね。だから、そんな自分でもいいんじゃないかって思えた」
とリリース時に話してくれたように、かつては自身の苦しみや痛み、外の世界との間に存在する隔たりや違和のはけ口として機能してきた彼女の音楽に、明確に聴き手の存在が刻まれるようになった作品でもある。そんな決定的な変化を映し出したアルバムを引っさげてのツアー、東京公演を観た。当然、ライブにおいても過去のそれとは様相を異にするであろうと想定した上で会場に向かったのだが。いやはや、予想を遥かに上回る姿がそこにあった。

まず会場となった渋谷TSUTAYA O-EASTが2階の立見エリアまでギッシリと埋まっていることで、彼女の歌が飛躍的にその届く範囲を広げている事実を目の当たりにする。定刻を少し過ぎたところでBGMの音量が次第に大きくなっていき、暗転。拍手と歓声、一瞬の静寂のあと、ガスマスク姿のバンドメンバーと、最後にさユりが登場する。透過スクリーン(照明が当たるまで気づかなかったくらい薄いもの)に映像が映し出される2.5次元的な演出の中、ひとたび彼女が歌い出せばその歌声は刺すように鋭かったり、ときおり繊細に震えたりとどこまでも生々しく、そのコントラストに冒頭から一気に深いところまで引き込まれる。

「(会場が)一つの大きな船のようになればいいと思ってます。(中略)自分はどこから来たのか、どこへ向かうのかを頭の片隅に置いて、観てもらえたら嬉しいです」と、冒頭のブロックを終えたところで、ツアータイトルの“航海”に込めた意味合いを絡めながらのあいさつ。追加公演も控えているため、曲目に関する詳細な記述は控えるが、アルバム『ミカヅキの航海』からの楽曲を軸に未音源化曲やシングルのカップリング曲も交えた構成となっていたこの日のライブ。アコギの弦ををひっ叩くような力強いストロークや身体を折り曲げての渾身のプレイなど、過去のライブでも見られた感情の昂りをそのまま表すようなパフォーマンスも目を引いたが、その一方でゆったりとループするビートをバックに訥々と語りかけるように歌を届けていくシーンも見られた。中でも印象的だったのは「流した涙がこの先の未来に繋がるのなら」という願い、祈りと共に歌われた「フラレガイガール」。喪失を歌う曲ながら、その声に宿った優しさとあたたかい響きは何か包容力のようなものすら感じさせてくれて、これまで彼女がみせてきた表情とは一味違う、新たなものだったように思う。

中盤以降は、透過スクリーンに流れる映像やタイポグラフィがより立体的な視覚効果を生み出して観客を楽しませていく。そして、これまでの単独公演では最大のO-EASTのステージにおいても、いつの間にか視線を釘付けにされてしまうくらいに、彼女の佇まいと歌の力は強烈だった。1対1×人数分で訴えかけるような近さを感じさせたかと思えば、目の前の誰に対して歌っているわけでもないようなパーソナルな心の叫びを曲にのせたり、とにかくシンガーとしての表現が多面的になっている。加えて、どうしてもシリアスな空気が支配しがちな彼女のライブにおいてじんわりと場を和ませるMCが用意されていたり、フロアに向けてどこから来たのかを問いかけてそれを拾ったり、フィジカルな楽しみ方を提示したりと、聴き手とのつながりやショーとしての充実度を意識したエンターテイナーとしての一面も顔をのぞかせていた。つまりは、表現においてもライブ全体の流れにおいても、緊張と緩和、起伏がいい具合に織り込まれていたということだ。きっとこれらは全て、彼女の歌が自らのためだけではなくなったという変化によって必然的にもたらされたものであり、彼女がライブ会場で作り上げたい景色自体、これまでとは変わってきているのだろう。

もちろん、彼女がずっと抱えてきた苦悩や隔たりは消え去ったわけではないはず。むしろ、それらは彼女が楽曲を生み出す原動力でもあり、語弊を恐れずいうならある種のアイデンティティともいえる。ただ、過去には「自分はずっと生きる意味はわからなかった、それでも歌うのだ」と言い続けてきた彼女はこの日、最近気づいたこととして「生きる意味、ここにいる意味は最初から与えられたものじゃなくて、自分で作らなきゃいけないんだ」とハッキリ語っていた。デビュー曲「ミカヅキ」で描かれる“欠けた自分”の希求がこれまでとは全く違った色彩で聴こえたことも、能動的に世界と関わっていくことを意識して書き上げたという「平行線」や、ライブやフェスで相対する大勢のオーディエンス一人一人とその瞬間を共有するための曲「十億年」が、ライブの流れの中で重要な箇所で演奏されたことも、おそらく全て「ゆっくり迷いながら一歩づつ進んで」きた彼女がたどり着いた、存在意義への確信によるものだ。

時間にすれば2時間弱。あっという間のようでもあり、とびきり濃密で見応え十分なライブの最後に、さユりは微笑みながらこう言った。
「出会ってくれてありがとう。今日はすごく楽しかったです。……また会いましょう」
アーティストとしてキャリアを重ねていく中での成長と、一人の人間としての成長がもたらした目覚ましい覚醒ぶり。この日のライブ会場にいた誰しもがまた彼女の言葉と歌声に触れたくなったに違いないし、今、何かしら満ち足りない何かを抱えながら日々を送っている方はぜひ彼女と出会ってみてほしい。そう思えるライブだった。どうやら現状、さユりのライブは相当が取りにくいようなんだけれど、それでも。


取材・文=風間大洋

リリース情報
配信限定「十億年」MV
2017年8月23日配信

1stアルバム『ミカヅキの航海』
発売中
《初回生産限定盤A》CD+Blu-ray
《初回生産限定盤B》CD+DVD
《通常盤》CD
<CD収録曲>
1.  ミカヅキ (”ノイタミナ”アニメ「乱歩奇譚Game of Laplace」ED)
2.  平行線 (”ノイタミナ”アニメ&ドラマ「クズの本懐」ED)
3.  十億年 (モード学園CMソング)
4.  ケーキを焼く
5.  フラレガイガール (RADWIMPS・野田洋次郎、楽曲提供&プロデュース)
6.  蜂と見世物(サーカス)
7.  るーららるーらーるららるーらー
8. オッドアイ  (雨のパレード、サウンドプロデュース&演奏曲)
9. それは小さな光のような(”ノイタミナ”アニメ「僕だけがいない街」ED)
10.来世で会おう
11. knot
12. アノニマス (スマホゲーム「消滅都市」コラボソング)
13. 夏
14. birthday song

 

ライブ情報
ミカヅキの航海2017 ~夜明けの全国ツアー編~ 追加公演
9/22(金)赤坂BLITZ
open18:00/start19:00
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