“彼女”に恐怖するか?同調するか?美しきスリラー『エル ELLE』 #野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第三十三回

2017.8.26
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2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP

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TVアニメ『デート・ア・ライブ  DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス  怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。

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黒猫を抱くヒロインのビジュアル、事件、ブラックコメディ。そんな断片的な情報だけしか得られない中で、私が今か今かと公開を楽しみにしていた作品を紹介しよう。ああでも、観る人によっては「怖すぎる!」と思うかもしれないのでご注意を。血の出ない『ゴーン・ガール』(14)といった印象で、女性の隠れた一面を知ってしまうような作品だと私は思っている。その作品とは、ポール・ヴァーホーヴェン監督の約10年振りとなる長編作品『エル ELLE』だ。

ゲーム会社のCEOを務めるミシェルは、ある日自宅で覆面の男に襲われてしまう。その後も、自分を監視しているかのような内容のメールや嫌がらせの動画が送られてくるようになり、ミシェルは元夫、愛人、社員たち周囲の人間を疑いの目で見るようになる。過去のある出来事が原因で警察を頼りたくない彼女は、自ら犯人捜しを始めるが……。

 

ポール・ヴァーホーヴェン監督と原作の危険な組み合わせ

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ポール・ヴァーホーヴェンといえば、その残酷表現やエロティシズムあふれる描写から、「変態監督」との評もある人物。『ロボコップ』(87)で主人公がギャングに銃で蜂の巣にされるシーンや、『氷の微笑』(92)でノーパンのシャロン・ストーンが足を組み替えるシーンなどを、“ヴァーホーヴェン監督らしい”シーンとして挙げる方も多いのではないだろうか。

そんな監督の新作のヒロインは、冒頭でいきなりレイプされてしまうが、通報するどころか何食わぬ顔で後片付けをし始め、帰ってくる息子のために寿司の出前を取る女性なのだ。「普通は警察か、せめて家族とかに助けを求めるだろ!」とツッコミたくなることだろう。これだけでも、ミシェルという女性のただならぬ感じが伝わるはずだ。このヒロインは実はヴァーホーヴェン監督が生み出したキャラクターではない。本作には、フィリップ・ジャン著『Oh...』という原作があるのだ。こちらはミシェルの一人称視点で書かれていて、ショッキングな冒頭のシーンも、彼女視点でしっかりと描かれている。文章で読むだけでも危険な原作を、変態監督が映画化してしまったのだから、これから観ようと思っている方は覚悟が必要かもしれない。

 

ミシェルは“怖い”女なのか?

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そんなアブない女・ミシェルを演じるのは、フランスを代表する女優・イザベル・ユペール。本作に出演するのは無理だと判断する女優が多かった中で、彼女は原作を読んだときからミシェルを演じたいと願っていたという。レイプシーンやベッドシーンがある中で、バストをトップまでさらけ出し、暴力を振るわれる危険なシーンもやってのけ、なおかつミシェルという女性の気高さや強さが前面に見えるのは、彼女の力量があればこそと私は感じる。一方で、強く気高く見えるミシェルは、その内面に沢山の問題を抱えている。

息子との距離感に悩み、男遊びの激しい母親とは喧嘩が絶えず、元夫に恋人が出来たことが気になり、会社の部下には歯向かわれ、親友の夫とは愛人関係を続けている。そして彼女は、それらのストレスを解消するかのように、隣人の男を眺めては自慰に耽るのだ。

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彼女の周囲にはつねに“男”が存在している。だが決して彼女は、男に依存するふにゃふにゃした女ではない。むしろ男を、自分の糧にして生きている。欲しい男はテーブルの下で足を絡め誘惑するし、「ウザい」と思った愛人は切り捨てる。事件をきっかけに、彼女のそうした大胆な側面は、どんどんクローズアップされてくる。それと同時に、犯人はさっさと明かされることとなる。つまり、本作は犯人捜しや単なる復讐がメインではなく、あくまでELLE=“彼女”自身が中心の物語なのだ。だからこそ、クライマックスまでどういったオチが付くのか想像もできなかった。

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私は彼女の人生を追体験するように見入ってしまい、最後の最後で、二度ほど衝撃のシーンを目の当たりにした。それは、タフなのはミシェルではなく、女性という性そのもだと思わされる、そんな衝撃だった。うーん、本作を冷静に楽しめる時点で、私も女として、そっち側の人間なのかもしれない(笑)。そう考えれば、男性視点で観ると、まったく理解できない世界なのだろうか。いや、単純にヴァーホーヴェン監督の描き出すSっ気の強いヒロインを楽しめる作品なのだろうか。好き嫌いは分かれるかもしれないが、美しさと人間の業のようなものが混在した、稀有な面白さがある作品ので、食わず嫌いをしないで観てもらえたらうれしい。

願わくは、元夫に「最も危ない女は君だ」と言われ満足げに微笑んで見せるミシェルに、ヒヤッとしたかゾクッとしたか、男性諸君の感想を聞かせてほしいところだ。

『エル ELLE』は公開中

作品情報

映画『エル ELLE』


 
(2016/フランス/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/131分)
監督:ポール・ヴァーホーヴェン 『氷の微笑』 出演 :イザベル・ユペール 『ピアニスト』
原作:「エル  ELLE」(ハヤカワ文庫) フィリップ・ディジャン 『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』 
原題:ELLE/PG-12
配給:ギャガ
【ストーリー】
新鋭ゲーム会社の社長を務めるミシェルは、一人暮らしの瀟洒な自宅で覆面の男に襲われる。その後も、送り主不明の嫌がらせのメールが届き、誰かが留守中に侵入した形跡が残される。自分の生活リズムを把握しているかのような犯行に、周囲を怪しむミシェル。父親にまつわる過去の衝撃的な事件から、警察に関わりたくない彼女は、自ら犯人を探し始める。だが、次第に明かされていくのは、事件の真相よりも恐ろしいミシェルの本性だった。
公式サイト:http://gaga.ne.jp/elle/

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