橋爪功×井上芳雄、二人の俳優が生む心理ゲーム『謎の変奏曲』が開幕!~ゲネプロレポート
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『謎の変奏曲』
橋爪功と井上芳雄による2時間半の心理ゲーム『謎の変奏曲』(原作:エリック=エマニュエル・シュミット、翻訳:岩切正一郎、演出:森新太郎)が9月14日(木)に開幕した。約600席の世田谷パブリックシアターをたった二人で揺り動かす、非常にスリリングな会話劇だ。パリでの初演から20年、世界各国で上演され多くの人に愛されている。ご覧になった方はきっとその理由がわかるだろう。緻密な脚本のうえに立ち上がる役者のやりとりは、時におかしく、切なく、苦しい。逆転し続ける二人の立場と真実に、息つく暇もない。本作は東京公演を皮切りに、大阪、新潟、福岡にて上演されていく。今回は初日前日に立ち会ったゲネプロ(総通し稽古)をレポートする。
二人の男が出会うのはノルウェー沖の孤島。島でたった一人で暮らしでいるノーベル賞作家のズノルコ(橋爪)のもとへ、地方新聞の記者ラルセン(井上)が独占インタビューにやってくる。ズノルコの最新恋愛小説について聞くためだが、小説に登場する女についてラルセンは「モデルはいるんですか」「愛についてどう思いますか」と控えめながらも意味ありげな質問を投げ掛けていく。「いったいこいつは何を考えている?」と互いに腹を探り、主導権を奪い合うように会話を続ける。
『謎の変奏曲』
『謎の変奏曲』
二人の男がそれぞれ魅力的だ。橋爪演じるズノルコは、屈折した人間嫌い。ラルセンが家の門につくなり銃をぶっぱなし「お客になるか死体になるか、お好きな方をどうぞ」。さらには「ジャーナリストなんて虫酸の走る代物だ」と、自分でインタビューのために呼び寄せておいて、むちゃくちゃな横暴である。
『謎の変奏曲』
そんな男が最新恋愛小説『心に秘めた愛』にこめた思いを明らかにするうち、弱さ、滑稽さ、可愛らしさ、それゆえに小説で大成したのだろう孤独とこだわりと創造力が浮かび上がる。橋爪は、一人の人間のなかにそれらの矛盾を同居させ、ムカつくし滑稽だけれど才能があり女が愛してしまう男、という複雑な人物を存在させた。「ハッ、ハー!」という笑い方ひとつにも、卑屈さと自信、不安と横柄さという矛盾した感情が感じられるのだ。さらに密室会話劇という視覚的に変化がない舞台の向こうに、ズノルコの人生に起こったはずのいろんな瞬間が鮮やかに見えてくるのは、橋爪の演技が見せる深みだ。
『謎の変奏曲』
対する井上は稽古が始まる前に「相手が橋爪功さんだということにビビってますけども(笑)」とコメントしているが、自身の役者としての魅力を存分に発揮している。はじめは人がよく小心者で凡庸な青年……かと思いきや、ふと見せる攻めの姿勢やかすかな陰りが、不安感をあおる。ズノルコにさまざまな質問を重ねていくことでズノルコの心を引きずり出していく様子は、役者・井上芳雄が、大ベテラン橋爪功のさまざまな顔を引き出しているかのようだ。そしてズノルコに呼応するように、ラルセンも少しずつその人間性を見せていく。声も感情もまっすぐに出す井上の引力はそのままに、ラルセンがどのような思いでズノルコの元へ来たのか…時々垣間見える暗がりを覗き込みたくなる。さらに「ラルセンはこれまでどんな気持ちで日々を過ごしていた人なのだろう」と、過去の彼の心をも知りたくなるほど、いつの間にか魅了されてしまっている。
『謎の変奏曲』
役者二人がお互いの見えない部分を引き出していくには、緻密な脚本をベースにした繊細な演技が必要だ。丁々発止のやりとり、緊迫したやりとり、そのなかに冗談が混ざったり、信頼し合ったかと思えば探りを入れたりと、心理ゲームは終わらない。二人の立場が逆転すれば、同じセリフも真逆の意味で聞こえる。森新太郎の演出はさりげなく丁寧に、会話からうまれるドラマをかき立てていく。観客は二人に惹かれていくほどに、共に苦しんだり、ふとクスリと笑いを漏らしたりしてしまう。
『謎の変奏曲』
美術と照明が、二人の微妙な心の動きをより繊細に見せる。舞台上手の壁一面の本棚とその前に並んだ酒瓶は、作家ズノルコの心を守る城壁のようだ。また注意していないと気づかないほどゆっくりと移り変わる、窓の明かりや空の色が、舞台の空気を変えていく。緊迫した空間だが、役者たちの喋り口と岩切正一郎の新訳が軽快で小気味良い。(ちなみに今作にあたっての新訳では、ズノルコの恋愛小説のタイトルは『心に秘めた愛』だが、過去の日本上演では『未完の愛』と訳されていた。)劇中、実在の曲「ENIGMA VARIATIONS(エニグマ変奏曲/劇中では、謎の変奏曲)」の調べに載せて、二人の関係は変化していく。
『謎の変奏曲』
やがてエレーヌというひとりの女性の存在が会話にのぼる。どうやらエレーヌこそがズノルコの恋愛小説のモデルらしいが、二人の会話が進むほど、見え隠れする女の像がぐにゃぐにゃと形を変える。男二人と女エレーヌはいったいどういう人間で何を考えているのか。三人の人物像を掴もうと目をこらすうちに、観客は、今作のキャッチコピー『その謎<愛>は決して解けない——』という迷路にはまっていく。
『謎の変奏曲』
解けない謎<愛>とは何なのか。ラルセンの「愛についてどう思いますか?」という問いに、ズノルコは「愛は嫌いだ」「愛から学ぶものは何もない」と吐き捨てる。観客は、二人が恋愛や男女について話すたび、「これが本当の愛?」「いやこっちが本物の愛かも?」と認識を塗り替えられる。尻尾を掴んだようでなかなかその実体を把握できず迷ううち、二人に会話により秘められた謎と真実が明らかになっていく。愛とは……物語の最後、胸に残ったこの感情こそが“愛”かもしれない。
ゲネプロ終了後は、拍手が鳴り止まなかった。役者が礼をして舞台上からいなくなっても、取材陣からの拍手が終わらないのは少し珍しい光景だ。そして休憩中も終演後も、スタッフの方たちが「役者さんたちが演技しやすい環境にあるか」「作品の感想はどうだったか」と細やかに気を配っているのが伝わってくる。橋爪が稽古前のコメントで「井上(芳雄)と森(新太郎)とスタッフでどんなものが生み出せるのか」と述べているが、まさに多くの人間がこの作品を支えている。だからこそ舞台の上に立つ二人に出会った私たちは、俳優の向こう側にある「愛とは」という大きな問いを、実感を得て持ち帰ることができるのだろう。
『謎の変奏曲』
『謎の変奏曲』は15分休憩込みの2時間30分。9月24日(日)まで東京・世田谷パブリックシアターにて上演ののち、大阪、新潟、福岡にて公演する。
取材・文・撮影=河野桃子
■翻訳:岩切正一郎
■演出:森新太郎
■出演:橋爪功、 井上芳雄
<東京公演>
■会場:世田谷パブリックシアター
■公演期間:9月14日(木)~9月24日(日) 15回公演
※9月18日(月・祝)夜公演は貸切
■
・車椅子スペースのご案内(定員あり・要予約)
料金:一般料金(車椅子スペースが該当するエリア)より10%割引(付添者は1名まで無料)
申込:ご希望日の前日19時までに03-5432-1515(世田谷パブリックシアター
・託児サービスのご案内(定員あり・要予約)
料金:2,000円 対象:生後6ヶ月以上9歳未満(障害のあるお子様についてはご相談ください)
申込:ご希望日の3日前の正午までに03-5432-1526(世田谷パブリックシアター)へ
■問い合わせ:
※月~土 10:00-12:00 、 13:00-18:00
■
■主催・製作:テレビ朝日/企画・制作:インプレッション
■公式HP:http://www.nazono.jp/
<大阪公演>
■会場:サンケイホールブリーゼ
■公演期間:9月30日(土)~10月1日(日)
■問い合わせ:ブリーゼ
<新潟公演>
■会場:りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場
■公演期間:10月3日(火)
■問い合わせ:りゅーとぴあ
<福岡公演>
■会場:大野城まどかぴあ
■公演期間:10月7日(土)~10月8日(日)
■問い合わせ:ピクニック