バランスに優れた二本立て 宝塚雪組公演『星逢一夜』『La Esmeralda』レビュー&囲みインタビュー
2015.9.30
レポート
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切ない日本ものの芝居と熱いラテンショーという充実の二本立てが展開する宝塚雪組公演ミュージカル・ノスタルジー『星逢一夜』バイレ・ロマンティコ『La Esmeralda』が、日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(10月11日まで)。
江戸中期の九州の「三日月藩」という架空の小藩を舞台に展開する、日本ものの芝居『星逢一夜』は、これが大劇場デビューとなる上田久美子の作。デビュー作『月雲の皇子』で注目を集め、続く作曲家ブラームスの若き日の恋を描いた傑作『翼ある人びと』で、宝塚期待の若手作家として一躍その名を轟かせた上田の初大劇場作品として、大きな期待を集めての東京公演となった。
物語は徳川吉宗の治世を舞台に、三日月藩藩主の次男坊天野晴興(早霧せいな)が紀之介と名乗っていた少年時代からはじまる。次男坊の気楽さから、城を抜け出しては星の観測に夢中になっていた紀之介は、ある夏の星逢(七夕)の夜、蛍村の少女泉(咲妃みゆ)と、その幼馴染源太(望海風斗)と出会う。この村では過去に起きた一揆により、成年の働き手はことごとく命を絶たれており、みなしごとなっていた泉は始め藩主の息子である紀之介に心を閉ざすが、熊本藩の悪童たちとの争いから起きた子供たちの嘆きを、紀之介が星を観ることで励ましたことをきっかけに、源太を含めた三人は、共に組み上げた星観の櫓で夜毎星探しに興じながら身分を越えた友情を育んでいく。
だが、江戸藩邸に住む紀ノ介の兄である三日月藩嫡子が急死したことで、運命は大きく変転する。紀ノ介は名を晴興と改め、新たな嫡子として江戸に向かうことを余儀なくされ、互いに交わしていた淡い思いも泉に告げられぬまま旅だっていく。
その江戸。晴興は三日月藩の正式な跡取りとしての披露の席で星観の才を表し、将軍徳川吉宗(英真なおき)に御用取次ぎとして取り立てられる。出世街道をひた走っていく晴興には、役職に相応しい後ろ盾として吉宗の姪貴姫(大湖せしる)との縁談も整う。折から帰藩した三日月藩の星逢の夜、晴興は七年ぶりに泉と再会。その美しく成長した姿に激しく心を惹かれ、また泉も晴興に抱き続けていた思いを突き動かされるが、泉は源太との婚礼を目前にしていた。泉の思いを知る源太は、自ら身を引こうとするが、最早あまりに隔たってしまった互いの立場の中で、三人の思いが叶えられる道があろうはずもなかった。
やがて、幕府で政治手腕を発揮し続ける晴興は、強い国を作りたいという吉宗の求めに応じ、享保の改革に着手する。出来高に関わらず、等分の年貢の徴収を求めるこの改革は、民の犠牲を強い、圧政に苦しんだ農民たちの一揆が全国に広がるようになる。その火の手は三日月藩にも及び、晴興は藩主として一揆の首謀者となった源太と、ひいてはその妻泉と対立せざるを得なくなり……。
幼い日に育んだ友情と恋が、成人しても尚生涯の思いとして密かに胸にあるという設定は、宝塚でも『若き日の唄は忘れじ』として上演された藤沢周平の代表作「蝉しぐれ」に共通する美しさと切なさを秘めていて、決して派手ではないながら、宝塚に相応しい趣を持っている。特に星の海からはじまるプロローグの美しさは秀逸で、宝塚の座付作家としての上田の優れた資質を思わせた。同じ身分違いの恋とは言え「蝉しぐれ」とは男女の立場が逆転しているので、これが一般舞台であれば、単純に泉が晴興の側室になる解決策が、時代的にも全く不自然ではなくなるところだろう。だが、宝塚世界ではそれを解決方法としない、晴興、泉、源太の心根が純な美しいものに昇華される利点があり、物語の切なさを倍化させていた。青木朝子、高橋城らによる音楽の美しさも、作品世界をよく支えている。
ただ、プログラムに細々と注釈があるように、史実と異なる設定が散見されていて、それらをどのくらい許容できるかによって作品の評価は分かれそうだ。いっそミュージカル・ノスタルジーではなく、ミュージカル・ファンタジーとするか、或いは「おとぎ草紙」とするなどして、将軍も徳川吉宗ではなく実在しない人物にしてしまえば、これらの問題は簡単に解決したのでは?とも思われるが、謂わば真向勝負を挑んだのが作家の若さであり、心意気なのだろう。その意欲は買えるし、これが大劇場デビュー作なことを合わせれば、水準も十分クリアしているので、上田久美子が期待の新星である事実は揺るぎない。この経験を踏まえ、更なる高みを目指して欲しい。
そんな作家の大劇場デビュー作を支えた早霧せいなの充実ぶりが素晴らしい。元々クリスタルガラスのような硬質な美しさを持った人だが、前作『ルパン三世』で見せた飄々とした軽やかさから一転、本来の個性に合った晴興の、星を愛する純粋な子供時代から、潔さを持ち続けた青年期まで、きちんと筋を通して演じることに成功している。特に幕府の要職に就いてからは、心の内を容易に人に悟らせず、書きこみもさほど多くない寡黙な芝居が続くが、ここをひたひたと耐えたからこそ、終幕で一気に吐かれる心情に涙を誘われる。トップスターとして大劇場では二作目にして、早くも「日本ものの雪組」の伝統を鮮やかに継承していることを印象づけた。
対するヒロイン泉の咲妃みゆの、深い芝居心が作品の格を高めている。この人には演じることに没頭できる憑依型の役者魂を常に感じるが、今回もその資質が生き、出番の度に年齢も立場も異なる泉の変化と心の流れが手に取るように現れる芝居が見事だった。常に愛らしさを失わないのも宝塚のヒロインとしての重要な美質で、早霧とのコンビはまるで絵のようだ。一方、源太の望海風斗は、実直で心根の優しい役柄がよく似合う。大人の個性の人だと思っていたが、少年時代が十二分に愛らしいのは、やはり高い地力故のことだろう。泉への思い、晴興への友情と、楔のように刺さった嫉妬の表出が人間的で、見応えがあった。
他に、専科から特出の英真なおきが要所を締め、子供たちの中では書きこみが多いことも功を奏した彩風咲奈が目を引き付け、彩凪翔の佇まいも良い。全体に雪組がやはり日本ものに長けていることが、子供時代から大人までを演じ分ける役柄の多い作品の力になっていたのが頼もしかった。
そんなしっとりと切ない日本ものの世界観から一転、ラテンの熱気で押して押して押しまくるショー『La Esmeralda』は齋藤吉正の作。ラテンものの作品には傑作の多い宝塚だが、こちらはヨーロッパ・ラテンと銘打ったのが新味で、スペインの闘牛場、リゾート地でのカーレース、伝統の火祭り、時を駈けるナイトクラブ、そしてラテンポップと全体に勢いと共に軽やかさがある。ラテンもの定番の黒塗りメイクも、適度に黒過ぎない褐色の肌に落とし込まれていて、出演者たちの美しさが際立つのも良い。
特に、各場面で雪組のスターたちをあますところなく使い切った座付作家としての目配りが秀逸で、芝居で目に立ったメンバーたちばかりでなく、鳳翔大、蓮城まこと、香綾しずる、月城かなと、永久輝せあ、などの男役陣。また、早花まこ、大湖せしる、沙月愛奈、星乃あんり、ら娘役陣。更にこの公演が退団公演となる透水さらさの美声など、雪組にはこんなにたくさんの人材がいます!と誇るがごとく煌びやかに登場させた展開が実に見事。同時に、トップコンビはもちろん、望海の歌唱力を十分に活かしつつ、彩凪、彩風を押し立てて行こうとする布陣も新鮮で、唯一のミステリアスなシーンで軍服姿の月城の美貌をフィーチャーしてもいて、現在の雪組と同時に、明るい未来にも思いを馳せられる構成が巧みだった。
何より芝居の「静」の魅力とは打って変わった「動」の魅力を、早霧、咲妃以下雪組全員が存分に展開し、バランスの良い充実の二本立て興行となっていることが嬉しい限りだった。
初日を控えた9月4日、通し舞台稽古が行われ、早霧せいなと咲妃みゆが囲み取材に応じて記者の質問に応えた。
その中で見どころを問われた早霧は、雪組全員が総力をあげていかないとできない公演なので、すべてが見どころと力強く言いきり、咲妃も呼応するように、早霧率いる雪組の大劇場二作目の公演で、その漲るエネルギーが見どころですと答え、上々のコンビネーションを披露していた。
また演じる上で大切にしていることを問われて、芝居が慣れにならないよう、日々新鮮な気持ちで演じることを心掛けていると早霧が語れば、子供から大人までの変化を大切にしていると咲妃が語り、それらの心構えから美しく切ない舞台が生まれていることが見て取れた。
途中、好きなシーンを訊かれた早霧が「うーん」と考え「先にどうぞ」と咲妃に譲り、和やかな笑いに場が包まれる一幕もあり、雪組のトップコンビの絵のような美しさが、心にも通じていることが感じられる時間となった。
尚、囲みインタビューの詳細は11月9日発売の「演劇ぶっく」12月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!
【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】