吉田鋼太郎が蜷川幸雄の意志を受け継ぐ! ~彩の国シェイクスピア・シリーズ復活第1弾「アテネのタイモン」関西で会見!
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「アテネのタイモン」合同取材会にて(撮影/石橋法子)
2016年10月、蜷川幸雄からバトンを引き継ぎ、彩の国シェイクスピア・シリーズ2代目芸術監督に就任した吉田鋼太郎。同シリーズは蜷川の発案・演出によりシェイクスピア全37作品を上演するもので、これまで32作品が上演されてきた。今回、33作目にして吉田鋼太郎演出第1弾となる『アテネのタイモン』が上演される。出演には藤原竜也をはじめ、蜷川から薫陶を受けた精鋭が集結する注目の公演だ。就任会見で「蜷川さんから受け継いだ“血”と、僕に流れている“血”の両方を融合させて演出していきたい」と抱負を述べていた吉田鋼太郎。兵庫公演に向けた合同取材会で、改めてシリーズへの思いを語った。
「シェイクスピア劇は600年経った今も古びない、ダイナミックで分かりやすい!」
ーー2代目芸術監督就任への思いからお聞かせください。
僕の場合、蜷川さんが残されたシェイクスピア・シリーズに関する芸術監督なので、劇場の芸術監督というわけではありません。なので、シリーズの演出とちゃんと観客に芝居を届けることが第一義だと思っています。蜷川さんが同シリーズを立ち上げられたことで、地元がいかに活性化していたのかを感じます。いまシリーズが滞って訪れる人が減り、「寂しい」という地元の声も聞こえてきますので、そこは大事ですよね。良い芝居をやって、また埼玉にいっぱいお客さんが来てくれるようにしないといけないなと思います。
吉田鋼太郎
ーー全37作品中、託されたのは本作を含め残り5本です。
蜷川さんは日本ではあまり上演されたことがないような作品を残して、逝ってしまわれた。今回の『アテネのタイモン』もその一つですが、意外と面白いんですよね。次いつ上演するか分からないので、ぜひこの機会に観て頂きたいですね。シェイクスピア作品は悲劇、喜劇、歴史劇と分類されますが、これは『尺には尺を』『終わりよければ全てよし』などと一緒に語られることが多い問題劇です。シェイクスピアが書きたい放題、筆の赴くままに書き殴った感のある作品で、細かい矛盾や疑問もあるのですが、そこを補って余りある非常にダイナミックな作品です。
吉田鋼太郎
ーー吉田さんはタイトルロールのタイモンを演じられます。
彼はギリシャのアテネで土地を治めている貴族。非常にお金持ちで気前が良い。すすめられるままに宝石や絵画を買い、好意で宴会や舞踏会を開く。困っている人にお金を貸したり、時にはあげることも。ついに生活が貧窮していくんですが、まだ「僕には友人という財産が残っている」と思っている。でも、結局友人がお金を貸してくれることはなく、彼は無一文のまま孤立する。前半は非常に華やかに友人、世間に対して好意と善意で付き合っていたのが、後半は恨みと憎しみ、憎悪と呪いだけになって死んでいく。極端な話しなんですよ。
吉田鋼太郎
ーー救いのない作品にも聞こえますが……。
嫌ですよね(笑)。ただ、お客さんがご覧になってどう思うかは、まだ分からない。結局人間は他人に裏切られて絶望と恨みだけを抱えて死んでいく、そのことを提示したい芝居ではないと思っているので。そういう意味で、実験的な作品ですね。
ーータイモンという役柄については?
前半は福の神みたいなひと。優しくて温かくて思いやりがあって、笑顔を絶やさず心底人間が好きなのに、後半は逆に悪魔になる。その2役を演じられるのは俳優としては、やりがいがあります。呪ったり憎んだり、罵倒したりが得意なんです(笑)。反対に、優しかったり相手を思いやったりができない。どうしても嘘臭くなる。目の肥えた観客に「嘘ですね」と言われたら、何も言い返せないですね(笑)。これから年齢を重ねるにつれ、人間としても役者としても、優しく心のきれいな思いやりのあるひとになっていきたい。演技でも出せたら良いなと目標ですね。
吉田鋼太郎
ーー共演の藤原竜也さんには、自らオファーされたそうですね。
今作では哲学者アペマンタスを演じてもらいます。とにかく毒を吐き散らす役で、その様子が普段飲んでいる時の藤原くんにそっくりなんですね(笑)。哲学者といえば聡明で冷静、辛辣なイメージがありますが、それだけでは面白くない。生き方に対して一家言持っていて、それをすごい勢いで喋り散らすという役は、まだ色んなことがおさまっていない藤原くんのような30代半ばの若い人がやった方が、リアリティがあって面白い。生っぽく似合うのではないかなと。彼は蜷川さんのもとでシェイクスピアやギリシャ劇などの古典劇を一緒にやってきた仲間であり、役者としても信頼している。彼がいると心強いという意味では、タイモンの執事フレヴィアス役を演じる、横田栄司くんも同じですね。
吉田鋼太郎
ーー柿澤勇人さんはいかがでしょう。
柿澤くんは『デスノート THE MUSICAL』でご一緒したときに、すごく真っ直ぐなエネルギーを感じました。ちょっと怖いぐらいのパワーがありますよね。今回演じてもらうのがまさに、直情型の猪突猛進な武将アルシバイアディーズ役なので、ぴったりだなと。彼は蜷川さんとシェイクスピア劇をやりたかったのに、実現できなかったことを残念がっていました。
ーー吉田さんが考える、シェイクスピア劇の魅力とは?
普遍的ですよね。600年前の芝居なのに今上演しても、古くない。しかも、感情の火柱がすごく太くダイナミックに描かれているので分かりやすい。自分はこんな行動は起こさないだろうなと思っていても、どこか自分に似ている部分が必ずあるんですね。演じる俳優にとっては台詞量も多く難解で、大声を出さないと成立しないシーンもあって肉体も酷使する。なるべく避けて通りたい作品ではあるんですけど。大変な分、やり終えたあとの達成感やシェイクスピア劇を経験したことによって、成長したのではないかと必ず思えるんですね。優れた戯曲だと思います。
吉田鋼太郎
「蜷川さんの演出が嫌で逃げた自分がいま跡を継いでいる、運命って不思議だなって」
ーー吉田さんは高校生の頃に初めて、蜷川シェイクスピア劇に触れたそうですね。改めて、蜷川さんとのご縁について思うところはありますか。
そうですね。ちょうど蜷川さんが日生劇場で『ロミオとジュリエット』を皮切りに、シェイクスピア劇の演出を始められた頃でした。ただ初めて蜷川さんの演出を受けたのは、シェイクスピアではなく、唐十郎さんの舞台『下谷万年町物語』(81年)です。当時僕が21、22歳のとき。主役を渡辺謙さんがおやりになって、僕はオーディションを受けて100人ぐらいのおかま役の一人。稽古初日におかまの群舞の稽古があって、とにかくアドリブで踊れと。よく分からずにウロウロしてたら、蜷川さんから「そこのお前! ちゃんと踊れ、おかまだ、踊れ踊れ踊れー!」と言われて、もうこれ無理やと。化粧してピンクの長襦袢みたいな衣装を着ている時点で恥ずかしいのに、あんな怖い人のもとでこの先が思いやられる。もういいやと、次の日から稽古に行かなくなった。いまなら喜んでやるんですけどね(笑)。それから40歳で再会するまで、一度もお会いすることはありませんでした。蜷川さんの演出が嫌で逃げた自分が、いま蜷川さんの跡を継いでいる。運命って不思議だなって思いますね。
吉田鋼太郎
ーー40歳から経験した蜷川演出の魅力とは?
『NINAGAWA・マクベス』に代表されるように、あっと驚くような着想、構想ですよね。仏壇を美術セットに取り入れたり、桜の花吹雪などのビジュアルや音楽、すごく美しくダイナミックな世界。観客として観ても本当に素晴らしいなと思います。でも晩年、最終的に大事にされていたのが台詞、言葉なんですね。どんなにビジュアルが美しくても、台詞が聞き取れなければ通じない。言葉がお客様に伝わらないと何の意味もないと。シェイクスピアの場合、朗唱術があれば、ある程度お客様に伝えることができるんですけどそれではダメで。俳優の肉体、個の人生を通過した台詞でなければ、お客様に届けることはできないと、そこは非常にこだわってらっしゃいました。最後の『NINAGAWA・マクベス』の稽古場でも、「とにかくお前たちの言葉でしゃべってくれ」と。シェイクスピアをいかに俳優の言葉として喋るか。非常に難しいことですが、僕が共感する部分もそこですね。
吉田鋼太郎
ーー『アテネのタイモン』の演出も、そこがポイントに?
あとは、論争劇的な様相も示していくことになると思います。皮肉なことに金は見たくないと森に逃げたタイモンは、そこでも大金を拾ってしまう。そこへ、また色んなヤツが集まってくるんです。連中と物凄い論争を交わすので、そこでは目の前で人と人とがきっちりと自分の意見をぶつけ合っている様を見せないとつまらない。きっちり演出していこうと思っています。
吉田鋼太郎
ーーちなみに、蜷川さんが夢に出てこられたことはありますか?
しょっちゅうですね、もう5、6回は出てこられました。大抵機嫌が悪い(笑)。例えば、準備不足で稽古場に行ってなんとか誤魔化して乗りきろうとするのに、やっぱりバレて怒られるとか。リアルな時と同じですね。夢でも怖いです(笑)。
吉田鋼太郎
ーー(笑)。蜷川さんとの会話で印象に残っている言葉は?
生前、蜷川さんと演出や吉田鋼太郎という俳優についてとか、よもや話的なことはしたことがない。そんな雰囲気でもなかったですし、あくまでも稽古場でのコミュニケーションなんですね。ご一緒したのは僕が40歳を過ぎてから晩年の15、16年ぐらい。最後の2、3年はほとんど自分が準備した演技プランに対してダメ出しをもらわなかった。ずっとOKを出してくれていた、恐らくそれが蜷川さんとのコミュニケーションだったのだと思います。また、最後の作品でワンシーンだけ僕に演出を任せてくれたこと、酸素ボンベを付けながら絶対にそんな声は出ないはずなのに、激するときは「違う!」と大声を張っていたあの命がけの演出、そのとき僕が横にいて感じたもの。それらのコミュニケーションが、蜷川さんの“何か”を受け継ぐ糧になっているのではないかと思っています。
吉田鋼太郎
ーー最後にお客様へメッセージを。
シェイクスピアは敷居が高いイメージがあるかもしれない。でも決してそうではない。蜷川さんも、例えば観ていただくきっかけとなるような小栗旬くん、松本潤くんらを起用したり。「一度でも観に来てもらえれば面白さが分かってもらえる」と努力されていた。決して難しいものではなく、むしろ今までの人生で生でこういうものを観る機会があったのだ!と、ドキドキわくわくするような体験です。良いお芝居というのは、一生の宝物になるので、今回もそうなるように努力していきます。藤原竜也くんもたくさん喋っていますので(笑)、蜷川さんファンはもちろん、蜷川作品を観たことがない方も、ぜひ観に来て頂きたいですね。
吉田鋼太郎
取材・文・撮影=石橋法子
■翻訳:松岡和子
■演出:吉田鋼太郎[彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督]
■出演:吉田鋼太郎、藤原竜也、柿澤勇人、横田栄司 ほか
2017年12月15日(金)~29日(金)
■会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2018年1月5日(金)~8日(月・祝)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール